第2章:コルテン=コラ外郭防衛戦6

 観測の結果は、「異常なし」の連続。

 有視界観測によっても、アライエの親玉は見つからない。


 クーゼは内心焦りを覚える。

 もしかしたら、俺の仮説は間違っていたのではないか。

 親玉なんて本当はいないのではないか。 

 戦局はじりじりと不利な方へ傾きつつあった。

 レナータ率いる機動歩兵小隊は依然として、アライエ戦陣の内部にて孤軍奮闘している。

 状況報告はない。

 苦戦の末、それどころではないのだろう。


 主力部隊を支えるイバン率いる歩兵大隊でもアライエの戦列と支援砲撃を前に、重戦車を用いた防御陣形をとることでなんとか対応している。

 しかし、この均衡もいつ崩れるかは分からない。


 「綱渡りな状況は変わらないな。」クーゼは滴る汗を拭いた。

 「少佐。報告です。」シュアンが司令室に現れた。

 「吉報か凶報か。」


 彼女は迷いなく、「凶報です。」と答えた。


 「最右翼における山脈を超えようと、アライエの増援が進群を始めました。」


 いよいよアライエは本格的な包囲殲滅を仕掛ける気だ。

 「数は、2万体ほどです。」


 山脈には観測兵を5人程度配置しただけで、防御戦力など用意していない。

 山脈を越えたとき、そこから2kmほど西側へ行けばコルテン=コラにたどり着く。

 つまり、山脈をアライエに乗り越えられたとき、勝敗は決する。


 ここで策を使うべきか。

 クーゼは逡巡した。出し惜しみをしている状況ではない。


 クーゼは伝令に次の行動を促した。


「作戦は最終段階に移行する。文字通り、この作戦の成否が我々の生死に関わるだろう。」

 息を張って、クーゼはそう言った。同時に「まあ、死んでしまったら、俺を恨んでくれ。ビールの一杯でもごちそうするよ。」と言ってかすかに笑った。


 「でも、死後の世界にビールがある保証はない。できれば、生きてここを抜けだして、酒を飲もう。」

 「では、例のドローンは手筈どおりに作動させますね。」

 サムザがクーゼに確認した。


「ああ。頼む。同時に観測班には撤退命令を。」クーゼは答えた。


 クーゼの命令から5分後、指令本部から1体のホバー式ドローンが動き出した。

 そのドローンは工事現場の資材運搬用に用いられるもので、移動性には優れているが何ら戦闘能力を有さない。

 ドローンは外郭の最右翼にそびえ立つ、活火山の山脈めがけて進んだ。


 山脈に到着するや、小刻みに位置を調整し始めた。

 まるで、行き場所をなくして、あてもなくさまよう子供のように行ったり来たり。

 その山脈の向こう側では今もアライエの大群が迫る。


 「位置情報、もう少しクリアにならないんですか。これじゃあ、運次第としか言えませんよ。」

 司令室にて、シュアンは口をとがらせて不平を述べた。


 「とにかく、慎重に位置を計るんだ。相手に姿を見せるときは、電磁砲が打ち込まれるときだ。」

 クーゼはドローンから発せられたビーコンを見守りながら、答えた。


 「分かってます。」シュアンは真剣な表情でドローンの操作を続ける。


 「あった。ここです。ここにあります。大容量のマグマがこの地下を流れています!」シュアンは感嘆の表情で叫んだ。


 「本当にやるんですね。クーゼ少佐。」

 「ああ。頼む。これしか道はないのだから。」

 「分かりました。では。」

 シュアンはそう言うとコントローラのスティックを前面に押し出した。

 3km先にいた作業用ドローンは操作者の指令に忠実に、そのまま山脈を越えて進んだ。進む先には奴らがいる。


アライエのタンク型の大群めがけてドローンは進んだ。

タンク型の双眸は突っ込むドローンを捉えた。

 アライエがこのとき何を思ったのかは分からない。


 彼らの捕食対象はあくまで人間。

 ドローンをアライエが襲う理由など本来ないはずだ。

 だが、タンク型1体はドローンめがけて荷電粒子砲の砲塔を構えたのだ。

 邪魔だからか、はたまた伏兵の合図、罠だと思ったからか。

 

 ともかく、そのタンク型は目の前300mの距離に位置していたドローンめがけて、荷電粒子砲を放った。

 耳を劈く発射音とともに、山の中腹が焼けた。

 ドローンは荷電粒子砲により貫かれ、木っ端みじんに砕け散った。


 勢いを余すことなく荷電粒子砲の光の矢は山脈の中腹を初速と劣らぬ速度で貫いた。辺りの木々は衝撃で飛び散ったり、火災を起こしたりしていた。


 光の矢は山を貫いた。


 山脈からは巨人が目覚めるような異様な轟音が響いた。


 「当たりました!クーゼ少佐。」

 シュアンの言葉は、クーゼの考えた作戦の最終段階成功を意味した。

 クーゼは歯を食いしばって、観測モニターを眺めた。


 山脈でこれから起こることにクーゼは正面から目撃する義務があると思った。


 異変は即座に起きた。

 山脈の頂上。

 火口からオレンジ色の火柱が轟音とともに上がったのだ。

 それから、山脈そのものが砕けた。

 爆発により地表は吹っ飛ばされ、中からオレンジ色の蜜が吹き出た。

 だが、それは蜜ではない。

 真実は地中深くに眠っていたマグマそのものだ。

 マグマは唸りを上げて天空へと登り、地表へと流れ出た。


 突然の出来事に、アライエの群体は硬直した。

 火山から拭き上げた火柱はさらに勢いを増した。

 天に昇る飛龍のように、その光は安津を照らした。

 同時に、上空にはおびただしく灰色の雲が広がった。


 「活火山噴火の誘発に成功しました。」司令室は歓喜と響めきに沸いた。


♦︎


 2時間前。軍議にて。


 「現実的な作戦を考えてくれ。」


 クーゼの突拍子もない提案についてイバンが反論した。

 クーゼの秘策はまさに奇策と呼ぶに等しい、常人ではなし得ない絵空事だった。


 「核融合炉に内蔵された重水素で核爆発を起し、火山の噴火を誘発させる。」 

 それが戦局を大きく覆すための切り札であると、クーゼは言った。


 ハーディーは悩ましげな表情を浮かべている。


 「難点は重水素の運搬と起爆方法だろう。クーゼ、そこはどうするつもりだ。」

 「ハーディー。A12ゲートが通るあの地下通路。州の全域にわたって張り巡らせているのか。」

 思わぬ質問にハーディーは慌てて答えた。


 「ああ、通っている。潰れてなければの話だが。」

 「コルテン=コラ地下シェルターから山脈の鉱山基地までは3本の地下通路がある。そこは未だアライエは侵入していないはずだ。」

 ハーディーの見立ての通り、安津には王国時代に密かに建造されたいくつもの地下通路がある。

 自警団はそれを利用して、州の警護や避難活動の支援を行った。

 ハーディーはクーゼの思惑に気づく。


 「そうか。地下通路でなら、運べるかもしれない。」

 イバンは深く頷いた。


「後はローソン条件をどうするんだ、クーゼ。」


 ローソン条件。それは核融合が成り立つための最も重要な条件である。


 核融合が起こるとき、炉心は極めて高温で高圧状態でなければならない。

 そして、その高温高圧状態を1秒間維持する。

 これが、核融合に必要な最低限の条件だ。


 イバンはその点について、クーゼの見解を求めた。

 「コルテン=コラ地下にある核融合炉には専用の炉心加圧装置がある。高密度の維持にはそれを使おう。」

 「であれば、温度はどうする。」

 「そこは極めて難しい問題だ。マグマの温度は最大でも5000度程度。核融合反応には最低でも1万度を要する。」


 「レーザーユニットをそのまま使ってしまってはどうですか。」

 シュアンが発言した。


 「照射装置は大きすぎる。地下通路を通ることはできないよ。」

 マグマ以上の高温など、用意できるはずもないと。一同は沈黙した。


 「俺たちに無理なら、他からもらうことができるかもしれない。」

 クーゼは思い立ったように呟いて、考えを巡らす。


 「古代の東洋神話で聞いたことがある。多くの矢を得るために、物資に乏しい小国がなにをしたか。」


 「小国は藁を敷いた船を敵国に進めた。敵国は大量の矢をその船に浴びせた。敵の襲撃なのだから、当然の対応だろう。すると、不思議なことに小国は矢を大量に得ることができたというわけだ。」

 思わずハーディーは笑った。

 今日の戦いを古代神話になぞらえようとする軍人がいたとは思わなかった。


 「荷電粒子砲。それが我々にとっての矢だ。」

 一同はクーゼの宣言に息を飲んだ。


♦︎


 1万度に及ぶ温度の高エネルギーを帯びた荷電粒子砲は、山の地中に運搬した重水素へと届いた。

 急激な温度上昇とマグマの上昇に伴う圧力上昇により、エネルギーは光速に乗じて放出された。

 核爆発である。


 聞いたこともない音がした。爆弾でない。雷でもない。それは破滅の音と呼ぶにふさわしかった。

 吹き上げたマグマは地上を満たした。

 近くに布陣したアライエはその多くが溶岩濁流のえじきとなった。

 それから、黄金の大河が生まれた。

 大河はアライエの行く手を阻み、行動を封印した。


 上空の灰色の雲はアライエの頭上を覆っていたが、程なくして黒い雨を降らせる。

 黒い雨はアライエを濡らした。

 緩やかで優しい水。アライエの金属表皮はたとえ放射能を帯びた水だろうと、さしたる影響はないようだった。 


 その刹那。


 ドゴン!!


 金属表皮が砕け散る音。

 一体のアライエが潰れた。

 数刻して、同じ拉げた音をして、もう1体のアライエが潰れた。

 雨だけではなかったのだ。地面に降り注いでいたのは。


 それは弾道を描く岩石群。

 火山弾がアライエの頭上に降り注いでいた。


 まるで、巨人の砲兵の一斉射撃が行われたかのように、黒い火山弾は大きな弧を描いて、宇宙生物の群体へと降りそそぐ。


 クーゼは火山があらぬ方向から不自然な噴火の炎を上げている光景を見た。

 街を殺した、大地を殺した瞬間だった。

 手には自然と力がこもるのを感じた。途端に胸が締め付けられた。


 「少佐。機動歩兵が危険です。」シュアンが叱咤するように、言った。


 戦いはまだ終わっていない。クーゼは息を整える。

 シュアンの言葉通り、アライエの大群に包囲された機動歩兵は親玉も見つからないまま、行き場を亡くしていた。

 核爆発による噴火で最右翼におけるアライエの大群2万程度は総崩れになった。

 組織的な行動はもはや期待できない。

 だが、勝負を決したわけではない。

 左翼では、機動歩兵が孤軍奮闘している。アライエの親玉を探して。


 「司令塔はまだ見つからないか。」

 「はい。反応依然としてありません。」シュアンの返答は変わらなかった。


 クーゼの見立てとして、アライエの通常の作戦行動で、司令塔個体における思考過程が観測できないならば、考えられる仮説がある。


 それは、「委任戦術」。

 いわゆるドクトリンを用いた戦術だ。


 司令官は大まかな作戦計画を定め、攻撃目標・勝利条件を明確化。

 追従する兵隊は各自、命令された目標を達成するために各々の現場判断が尊重される。

 ドクトリンが適用される間は、アライエの司令塔はさして目立った指示を飛ばすことはないのだろう。だから、異常な電気信号も見られない。

 となれば、アライエの司令塔には独自にドクトリンの範囲を超えた緊急命令を出させるほかない。

 そのためには危急的な状況に奴らを追い込むしかない。


 「核爆発でもなお、平然を装うかね。奴らは。」ややあきれ顔でクーゼはつぶやく。


 これだけの大規模な攻勢をしかけてもなお、司令塔の反応は見られない。

 つまり、ドクトリンは平常適用され、今起きていること全ては奴らの想定内というわけだ。

 このままでは機動歩兵達の体力も底を尽きる。


 「あと、5分です。」シュアンは言った。

 それは、機動歩兵のバッテリーの残り稼働時間を示す。

 つまり、5分以内に、親玉が見つからなければ、この戦いは敗北する。


 クーゼは苦虫を噛む表情を浮かべた。

 しかし、打てる手は全て打った。彼に託された選択肢は極端に少なかった。


 端から本部の支援が期待できない環境下でクーゼは何倍もの力を持つ相手と戦った。そして、ここまでやったのだ。

彼にもう打つべき選択肢はなにもなかった。もう、神に祈るしかない。


 それから、司令室は半ば静寂に包まれた。

 状況はサーマルセンサーとレーダーを表示したモニターを見れば一目瞭然。

 じりじりと後退していく歩兵の前線。

 夥しい数のアライエに囲まれながらも、果敢にドッグファイトを繰り広げる機動歩兵達の僅かな命の光。


 そのとき、司令室に警報が響いた。キーキーと耳障りな警報がクーゼの瞳を起こした。


 「コルテン=コラに敵襲です。これは。アライエの奇襲部隊!ガーラ型100体とタンク型10体が急速接近します。」

 どよめきにも似た観測班の報告は司令室に残る士官達を震撼させた。

 ついに、アライエは動きだした。

 反転攻勢に出たというべきか。

 奴らはこの機にコルテン=コラに急接近し、勝負を決めに来たのだ。


 このままでは、機動歩兵のバッテリー稼働限界である5分を待たずして、我々は死ぬ。クーゼはそう思った。


 だが、ここには何百人もの避難民がいる。守る義務がある。避難民の多くはクーゼを信じてここにいるのだ。

 戦慄した伝令兵の報告に続いて、シュアンがクーゼを呼び止めた。

 実に恐る恐る彼女はクーゼに尋ねたのだ。「クーゼ少佐。反応がありました。」


 クーゼは耳を疑った。そして、もう一度シュアンは言う。

 「親玉の反応がありました!」


 光が見えた。奇跡とも言うべきタイミングで。


 つまり、自分たちだけではなかったのだ。

 アライエは先の機動歩兵の突破攻撃と核爆発による噴火によって、確実に追い詰められていた。

 だから、奇襲作戦という賭けに彼らは臨んだ。

 アライエはドクトリンを上書きした。


 彼らの目論んだ委任戦術はここに破られた。

 アライエの親玉は独自の指令を飛ばした。


 クーゼは無線機に檄を飛ばす。

 「レナータ!親玉が見つかった!」


 その刹那。

 コルテン=コラに最接近したタンク型アライエは電波送信が集中する27階めがけて荷電粒子砲を放った。

 クーゼらが座す作戦司令室めがけて、光の無慈悲な矢は放たれた。

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