第2章:コルテン=コラ外郭防衛戦4

 「各中隊は戦闘配置につきました。」

 「相手の動きは?」

 「依然大きな変化はありません。密集隊形で低速で進軍し、じりじりと包囲網を狭めようとしています。」

 「まるで古代のファランクスだな。攻め入る隙がない。」

 コルテン=コラ城郭前方はイバン少佐率いる歩兵大隊が布陣している。

 今回の主力部隊となるイバンの歩兵。


 「イバン少佐でなくてはできない部隊運用だ。」

 クーゼがいくら自分に卓越した戦術眼があるとしても、多くの戦を戦い抜いた兵士を率いるのは相応の傷と戦歴を経た勇者でなくてはならない。

 イバンはクーゼも尊敬する謹厳な軍人だった。

 彼は、クーゼの指示に黙して従い、城郭の中央にて大仰に布陣してみせた。

 その兵力は3000人。

 防衛兵力の殆どを占めている。

 対して、イバンの正面において、アライエは最大の陣を敷いている。


 ガーラ型1万体とタンク型3000体。

 アライエはこれを3個群体に分割し、イバン率いる大隊の正面と左翼、右翼に布陣している。

 戦いの前半において、おそらく一番の激戦地となるだろう。

 圧倒的な対抗勢力だ。正面から戦えば、イバンはひとたまりもない。


 唯一の恩恵は地の利だ。

 イバン大隊の左翼には州を縦断するように大きな川が流れているため、両軍はその川を境に戦力を展開できない状態だった。

 だからこそ、イバン大隊を完全包囲する陣形をアライエは採れなかった。

 イチョウ型の半包囲陣形でアライエは緩やかに進軍を始めた。

 対するイバン大隊は座して状況の変化を待った。


 部隊配置の状況をシュアンから聞いたクーゼは観測モニターを注視する。

 「シュアン、群体から異常な電力数値は計測しているか?」

 「いいえ。電力は極めて安定した数値で各群体で供給運動を行っています。ベルクフリートで電力補充が完了したんでしょうね。」

 PC端末を見ながら、シュアンは答えた。


 目立った変化はない。

 指令をおくる役割のアライエには高密度のシナプス結合による電力が発生するはずであり、異常数値が計測されるはずであるが、AAIと観測班によるデータ分析によれば異常の「い」の字もない。


 「作戦はこのまま続行で良いですね。少佐。」

 シュアンの問いに黙して頷くクーゼ。 


 「そのまま、敵の注意をイバン少佐に引きつけさせるように。」

 クーゼの言葉にシュアンは頷き、PC端末にて観測を続けた。

 作戦はひとまず想定通りの流れを見せている。


 次なる一手はハーディーに託された。

 クーゼはコルテン=コラ27階の展望室から安津の荒野を眺める。

 遠目で見れば、その街は今も尚、美しさが絶えない。

 陽の光は街へ祝福の威光をもたらしている。

 川の清流は光を反射し、玲瓏と輝く宝石を流しているようにも見えた。


 だが、街の各所にある家は無残に崩れ、所々で煙を上げている。

 確実にこの街は破壊されている。

 そして、今、自分がこの街にさらなる破壊をもたらすことになるかもしれない。

 クーゼはこの選択が最悪の選択であることは分かっていた。

 だが、後戻りは決してしない。

 最悪であるが故に、アライエの鋭鋒をくじく最後の手段になりうるのだから。



 クーゼは川の向こう側を眺めた。ハーディーが待機している場所だ。

 自警団のリーダーとして安津州における彼のカリスマ性には驚いた。

 彼がいなければ、一体どれだけの犠牲が出ていたか想像できない。


 「アライエの群体は規定のポイントに到着。」サムザが伝令を申し伝えた。

 イバンの正面にて対抗するアライエが早速急速な進軍を開始したのだ。

 イバンはこれに戦車中隊を前面に配置し、強固な守りを敷いた。

 しかし、時間を経て、消耗戦に持ち込まれてしまえば、戦車中隊は全滅し、歩兵に危険が及ぶ。


 クーゼは悟る。タイミングは今だ。「ハーディーに通信を。」


♦︎

 ハーディーはイバンの陣地さらに左側。

 川を隔てた住宅街の最中に密かに待機していた。

 ハーディーが率いる兵士数は500人程度。

 殆どがこの戦いのために兵役を志願した安津の避難民と自警団で構成されている。いわば義勇兵。私服を着ている者。軍から軽量コンバットスーツを借り受けた者。その様相は様々であったが、彼らの思いはひとつであった。


 「安津を再興するための結び目。」

 ハーディーの言葉は、既に多くの避難民の心を揺らし、彼らに結束をもたらした。

 「旦那。俺たちはいつになったら動けるんですか。」

 自警団幹部のひとりがハーディーに尋ねた。


 「クーゼが待機と言っている間はここで待機だ。アライエに気付かれることはあってはならねえ。物音ひとつ立てるなよ。」

 幹部はしびれを切らしていた。

 1時間前に布陣を完了してから、用を足す以外に行動することを禁止されているのだ。

 活気だった義勇兵は気持ちの吐け口が何処にもないことに苛立ち始めていた。


 ハーディーもその点は理解していた。

 だが、ハーディーは信じた。クーゼの作戦で勝てるという自信があった。


 「俺たちをおとりに使うのか。」

 2時間前の作戦会議にて、ハーディーがそう言ったとき、クーゼは「おとりじゃない。切り札だ。」と答えた。


 切り札であれば、戦線から離れた場所に俺たちを置く意味があるのか。

 ハーディーは思う。

 しかし、クーゼはあえてハーディーに作戦の詳細を説明しなかった。

 説明できなかったのだ。

 「奇襲には情報秘匿が必要だ。」そうとだけ言ってクーゼはハーディーに出動命令を出したのだ。


 ハーディーは持参したウィスキーボトルに手を伸ばそうとする。

 が、その手はぴたりと止まった。

 川の向こう側で爆音がしたからだ。

 アライエの砲撃か、戦車部隊の砲撃か。

 耳を劈く雷鳴のような音が3回響いた。

 とにかく、戦いが始まったことは分かった。


 しかし、クーゼからの出陣命令は未だ来ていない。

 「旦那、クーゼ少佐に催促を入れますか。」

 幹部が隣でささやく。

 時機を逃すことは命取りだ。

 今のハーディーの布陣であれば、イバン大隊が壊滅する前に側面を攻撃することができる。

 そうなれば、アライエの意表を突くことは確実だ。


 だが、ハーディーは「待てと言ったはずだ。下がれ。」とだけ言い、幹部を腕で制止した。


 「信じるしかない。クーゼを。」


 そのとき、伝令兵が大慌てでハーディーの元へ駆け寄る。

 伝令兵はこう述べた。「出動命令です。」

 伝令の言葉を聞いた義勇兵は総出で陣地から躍り出た。

 そして、伝令兵は続けてこう述べた。

 「すぐに出陣し、河川敷にて布陣せよとの命令です。」

 その命令にハーディーは驚く。


 「待て。河川敷に布陣だと。川を渡らなければ、助けに向かえないが。」


 「ええ。ですが、クーゼ少佐の指示は河川敷の布陣。つかず離れずの距離で敵を挑発せよとのことです。」その指令を理解したハーディー。

 彼は不意に笑い、つぶやく。


「なるほどな、クーゼ。数百倍の敵を相手に挑発とは、分不相応もいいとこだ。だが、俺はお前を信じるぞ。」

 そう言って、ハーディーは全体に激しく号令する。


 「俺たちの聖戦が始まる。宇宙生物を故郷の外に追い返す時だ。俺に続け!!」


♦︎

 「後は、ハーディーが我々の命令に従ってくれるかどうかですね。少佐。」

 「彼はやるさ。適任だったから任せた。」クーゼはサムザの問いにそう答えた。


 「なぜそう言い切れるのです?彼ら義勇兵は血気盛んな連中が多いですし、独善的に行動する可能性もあるでしょう。」


 「だが、ハーディーの命令であれば彼らは必ず従う。」

 「この作戦ではね。川の向こう側に置いた予備戦力の行動が戦局を左右する。だから、俺の命令に必ず従ってくれる人間を選んだんだよ。それはハーディー以外いない。」

 サムザはクーゼの観察眼の卓越さに驚いた。

 イバンやレナータは職業軍人である。

 クーゼが司令官とあらば、彼らは部下として命令を忠実に実行するだろう。

 それは確かだ。

 だが、クーゼは見落とさなかった。

 現状はあくまで、「権限」がクーゼにあるからこそ、軍人は従うのだ。


 上官が命令すれば死ぬことさえ厭わない、と軍国主義者は唱うが、それは嘘だ。

 軍人は自らの命の危険と、上官に対する精神的信頼を比較し、前者が勝ったとき、戦時上の緊急措置として司令官を殺すことがある。

 クーゼはこの戦いで勝つ必要があった。

 勝つことにこだわった。

 そのためには、まずはこの局面を確実に進める必要があった。


 だから、絶対的な精神的信頼を得たハーディーにこの仕事を任せたのだ。

 「敵の動きが変わった。」サムザは咄嗟に言った。観測データの変化だ。


 「イバン大隊左翼に侵攻しているアライエの動きが止まりました。」


 狙った事象が起きた。


 「イバン少佐はしばらく、微速で後退。相手のファランクスに風穴を開けるまで粘ろう。」

 クーゼは安堵した。

 やはり、アライエはバカじゃない。そして、ハーディーはやってくれた。


 「これって一体どういうことです。」

 シュアンは端末を眺めながら、深く考えている。

 クーゼの思考を辿ろうとした。


 「アライエは川の向こう側に居るハーディーの義勇兵団を確認した。だが彼らはなぜか攻撃してこない。理由を考える。この場合考えられうる可能性は2つだ。何だと思う。」


 「そうですね。1つは待ち伏せの可能性。アライエが十分に我が陣地に浸透してきたタイミングで義勇兵がアライエの後背や側面を突くという可能性です。」


 「もうひとつは?」


 「ブラフの可能性。義勇兵はあくまでアライエの動きを阻害するための虚仮威し(こけおどし)に過ぎないということですか。」


 「その通りだ。では、2つの可能性を考慮して、アライエにとって一番安全な行動は?」


 シュアンはさらに思考の海に沈み込む。

 思いを巡らせる。

 その先に、一縷の考えが生まれた。

 「動かないという選択をとります。」


 「なぜだ。」クーゼはすかさず問いかける。

 「進軍を続けた場合、挟撃されるリスクがある。止まった場合は、動きを封じられることになる。だけど、いずれにせよ、目の前にあるアライエは現状の半分程度の群体だけでもこの戦局を対応できます。勝つタイミングが遅れることはあっても、大局として負けることは決して無いのです。だったら、被害を出す可能性の低い選択肢「止まる」を選ぶはずです。」


 「進軍を止めることで、アライエにデメリットがあるはずでは。」

 「考えられるのは戦力の分散。進軍を止められたとしても、中央・右翼の群体は依然として進み続ける。左翼の群体を除いても8000体以上のアライエが進軍するんです。左翼が止まったところで、戦略に影響なんて殆どありません。戦力の分散はたいしたデメリットになりません。」


 シュアンの回答を聞き終えたクーゼは満足げな表情を浮かべ、人差し指を立てた。


 「1分間だ。1分間だけ、奴らは動きを止める。ハーディーの義勇兵たちの戦力が無視できる程度のものだと判定したら、奴らはハーディーを無視し、即座に進軍を再開させるだろう。その1分間、中央の進軍と左翼の停滞によって生まれる僅かな間隙。戦列の真ん中に空く小さい穴。」


 「それがこの戦いで勝利できる唯一の突破口だ。」


 シュアンとサムザは固唾を飲んだ。

 展望室からアライエの蠢く陰が見える。

 たった30人程度で構成された機動歩兵小隊はあの地獄の中をひたすら突き進むのだ。

 今は見守るしかできない。

 ハーディーの陽動作戦が功を奏し、見事にもアライエの隊列に隙間を作った。


 その穴をクーゼは見逃さなかった。


 ここから先は、機動歩兵の戦場となる。

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