第2章:コルテン=コラ外郭防衛戦3
「芸術的な程に鮮やかな包囲戦術だ。敵さんは本気で俺たちをぶっ殺す気構えだな。」
「あいつらに気も構えもありませんよ。あるのは殺戮本能だけです。」
イバンが作戦指令室でアライエのレーダー観測データに目を通す。
傍らにはサムザ少尉。
サムザはこのコルテン=コラで合流を果たした。
通信機器を無造作に取り付けた仮設の作戦司令室がコルテン=コラ27階の遮音展望会議室に設置された。
ここで、クーゼは司令官として指示を送ることになる。
司令官の第1候補は実はクーゼでなく、イバン少佐であった。
イバンは部隊指揮官としての経歴は折り紙付き、まさに歴戦の猛者だ。
しかし、この決定に当たってイバンは司令官の座をクーゼに譲った。
「自警団からの求心力はクーゼにある。この戦いは彼らにとって聖戦だ。彼らの士気が鍵を握るだろう。故に、ハーディーと信頼関係を得たお前が適任であると判断した。お前が司令官だ。クーゼ。」
イバンはそう言って、クーゼの肩を叩いた。
クーゼは言葉の意味を理解し、司令官席に座した。
「私はクーゼ・ヘーゲモニウス少佐。この作戦の総指揮を任された司令官である。これからは、私の指示が絶対だ。だが、君たちの命までも私の所有物というわけではない。私の命令に不信感を持ったなら、いつでもその銃で私の頭を撃ち抜いてくれて構わない。」
クーゼが司令室で放った前口上は驚くべき内容だった。
「ああ、必要とあらばそうしよう。だが忘れるな。クーゼ。お前が死ぬまで俺たちはお前に付いていくと決めた。最悪、地獄まで道連れだ。」ハーディーが笑いながら答えた。
「では、作戦内容を説明しよう。」
クーゼは切れの良い調子で話を進める。
司令室前方には大型のスクリーン。映し出されたのは安津の地形図と赤と青で色つけされたいくつかの目印だ。
「これは、今回の戦場図だ。レーダー観測と偵察部隊報告により得たデータで作った。赤をアライエの位置としている。対する青は我が軍の想定配置だ。」
一同は息を飲む。状況は明らかだった。
芸術的な包囲戦術。イバンが言った言葉を思い出す。
コルテン=コラ外郭とその周辺の山岳地域。
その周囲を半円状を描いて、アライエは包囲しているのだ。
そして、アライエの群体は1群ごとに500~1000もの個体数で構成されている。
ガーラ型とタンク型の比率は群によって様々だが、コルテン=コラの熱探知走査によれば、より前線にガーラ型が配置され、タンク型は後続にその比率が高い。
白兵戦部隊による斥候と、長距離砲による支援射撃。
近代戦争における定石とも呼べる戦術体系を宇宙生物は既に会得している。
そして保有する戦闘力・火力は人間を圧倒的に凌駕するわけだ。
突破口はあるのか。誰もが絶望を感じた。クーゼは話を進める。
「この陣形を見て分かることは何だと思う?」
クーゼはサムザに対して問いを投げた。
サムザは神妙に答えた。
「敵は相当に頭がいいでしょうね。我々が迂回挟撃を仕掛けられないように、包囲殲滅体勢をとることで動きを封じようとしている。そして、我々を殺戮するために約4万体規模の大群体を惜しみなく用意するその大盤振る舞いな戦略判断は正しいとしか言いようがないです。」
サムザの答えにクーゼは首肯する。
「そうだ、奴らは正しいし、相当に頭がいい。対する我々は殆どが戦闘の素人で、兵力は最大でも5000人程度。」身もふたもない話だ。
「4万の規模の群体。制御系や電力供給は相当な規模になると見ることができる。それに、重要なのは指揮系統だ。あれだけの大群であれば、全てを規則的に操作するには莫大な情報伝達と電力を有する機関が必要だ。」
クーゼは間髪入れずに話を続ける。
「これは俺の仮説だが、奴らにも兵隊に指示を出す総大将がいる。
クーゼの言葉にシュアンは息を飲んだ。彼女は反射的に答えた。
「いや、それはありません。彼らは共同意識を作り出すことで、群体化を可能とします。彼らに人間を超える情緒的かつ有機的な知能は一個体には用意されていません。彼らひとつひとつは蟻のようなもの。その単調な思考プロセスをシナプスのように各個体がつなぎ合わせることで、思考が可能になると言われていますし、解剖結果もその仮説に準拠するものでした。」
シュアンは冷や汗が滴るのを感じた。彼女は必死にクーゼの突拍子もない仮説に異論を唱える。
彼らに人間レベルの知能があるなどという事実は到底認めることができない。彼らは殺戮マシーンのようなものだ。
彼らは人を殺す以外のことを何ら思考しないし、彼らに高レベルな思考領域はない。
だからこそ、あんな酷く惨たらしい殺人を犯すことができる。
倫理観という高レベルの思考プロセスが用意されていない何よりの証左のはずだ。
「シュアン。君が情報総局でその実験データを目にしたのはいつのことだ。」
「えと、1週間くらい前ですね。」シュアンの返答を聞くクーゼ。
腕を組んで考え込む。
「全てのアライエを解剖したのか。その実験では。」
シュアンは答えることができなかった。
「俺が今まで考えていたことを少し話そう。アライエはなぜ地球を侵略しに来たのかという「永遠命題」だ。」
クーゼは呼吸を整え、思考を巡らせた。
「今は哲学の話をしている場合じゃないわ。」
レナータがしびれを切らしたように、発言した。
「哲学的かもしれない。だが、これは実践論だ。」クーゼは答える。
「永遠命題」。
それはアライエが侵攻してからしばらくして、研究者団体や軍上層部の中で言われるようになった呼称だ。
要は「永遠に答えが出ない命題」ということ。
故に、その命題について議論することは時間の無駄とされている。
その議論をこの切迫した状況で問うクーゼ。
含意があることは明白なようだ。
「とりあえず、言ってみてくれ。アライエはなぜ地球に来たんだと思う?」
クーゼはシュアンを見た。
答えろという合図。シュアンは一瞬たじろいだが、クーゼの名状しがたい気迫に押されないよう背一杯思考を巡らせた。
シュアンは「新しい住処を見つけるため。」と答えた。
クーゼはそれはなぜかとさらに質問。
シュアンは答えを苦し紛れに考えた。
「母星の食料や環境が破壊されたから。」と答えた。
続いて、クーゼはレナータを指名した。
レナータは10秒ほど黙ってから、「思考しない生き物なら、そうだな。暇つぶしのためとか。」と答えた。
クーゼは思わぬ回答に微笑を浮かべた。
クーゼは例によって、「それはなぜ」と質問したので、レナータはやや不機嫌な表情でこれにも「暇だったから」と答えた。
クーゼは2人の意見を聞くとふむふむと頷き、「以上だ。」とだけ言った。
「答えになってねえよ。クーゼ。」ハーディーはつっこみを入れる。
「地球に攻めるという行動ひとつ取っても、アライエは複雑な思考をしているはずなんだ。母星に食料がなくなったということは、アライエが何らかの理由で生存競争を母星内で起こしたかもしれない。生存競争は進化・増殖の過程で起こる軋轢だ。はたまた、暇つぶしと考えるならば、暇をつぶすことによる快楽性を奴らは認識している。快楽という感情は優越関係や価値基準、文明の発展に大きく影響する。それは、より合理社会を築くために必要不可欠の思考だ。もっと楽をしたい。もっと楽しみたいという思考は人間社会では、科学技術の発展に大きく貢献した。」
「たしかに、兵隊となるべきアライエ。ガーラ型やタンク型には複雑なシナプス結合はないだろう。でも、情報総局で解剖したアライエの生体は、アライエの全ての個体ではない。鹵獲できた個体はせいぜい、奴らの中で末端の個体であることを忘れてはいけない。」
「まさか、そんな。」シュアンは口をつぐむ。
新個体の可能性。
それによる大規模な組織制御と指揮命令系統の確立。
「我々の勝利条件。それは親玉となるアライエの発見と破壊だ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます