第2章:コルテン=コラ外郭防衛戦2
「投げるよ~。それっ。」
シュアンは野球ボールを少年達のほうへ力一杯投げた。
だが、キャッチボールを初めて1時間長。
さすがに疲れてきたシュアン。
「私、文化系だからもう限界。」
奇妙なことに、少年からボールは一向に帰ってこない。
少年はシュアンのほうを見ることなく、その視線はなぜか真横を向いていた。
「どうしたの。投げておいで。」シュアンの呼びかけにも答えなかった。
すると、もう1人の少年も黙ったまま、同じ方向を見つめ始めた。
少年の歓声はとたんに消され、沈黙が空間を満たした。
シュアンは視線の先を見た。あまりにも残酷な光景に言葉を失う。
大広間には人ほどの大きさのある担架がいくつも運び込まれていた。
ビニールシートが顔まで覆うほどにすっぽりと被されていた。
軍人や警察達が無言で担架を次々と運び、並べ始める。
シュアンは慌てて警察官のほうへ駆け寄った。
「ここは居住区画のはずですが。どうして遺体をここに。」
「行方不明者が次々と遺体で見つかっています。もう安置所がいっぱいなので、ここに置くしかありません。避難民には申し訳ないですが。」
警察官の表情は憔悴しきっていた。
一体何人の屍を見てきたのか、想像さえ躊躇する表情だ。
シュアンはその生気を失った警察官に何も言い返すことはできず。
「そうですか。ご苦労様です。」
作業の邪魔にならないように、担架を見送った。
すると、子供達は地面へ崩れ、泣き叫んだ。
少年達はこの襲撃で親を失った。
その悲しみを思い出したのだ。
シュアンは少年にすぐ駆け寄ったが、言葉は出なかった。
何を言っても、気休めにしかならないと分かっていたのだから。
「私は。何もできない。」
シュアンは拳を血が滲むほどに強く手を握りしめていた。
意気消沈したまま、小児居住区から立ち去った。
あと5分で次の軍議が始まる。
これで終わると思った。
コルテン=コラに到着すれば、十分な物資があって、傷を癒やすことができる。だが、戦いは未だに終わる気配を見せない。
シュアンはクーゼから発せられた言葉により、さらに絶望することとなった。
「アライエは本格的にトゥループ段階に入った。すぐに、この基地は攻め込まれる。」
軍議にて、開口一番クーゼはそう言った。
軍議に参加したのは、イバン少佐以下108歩兵大隊の幹部達。
そのほか、レナータ中尉、マーク准尉以下機動歩兵小隊の面々。
ハーディーら自警団の幹部達。
そのほか、退却して散り散りになったが、コルテン=コラに集まった敗走軍人たちも合流して顔を見せている。
「俺たちの歩兵大隊はもとから安津にて玉砕する指令を受けている。だが、クーゼ。お前は正規の軍人でないから戦う必要はない。逃げろ。殿は俺たちが勤める。」
クーゼの言葉に対して、まずはじめにイバンが呼応した。
「イバン少佐。あなたを犠牲にするわけにはいきません。」
「今回は前のようにはいかないぞ。奇跡なんてものはそう起こらない。」
イバンはそう忠告した。
「イバン少佐とやら。ひとつ聞きたいんですが、俺たち自警団はあなたと共に戦えますか。」
言葉を投げかけたのはハーディーだった。
イバンは「お前らも逃げろ。」と答えると、ハーディーは一喝するように言葉を放つ。
「その要求は飲めませんな!」
「俺たちはこの街の自警団としてここにいる。黙って避難して、街が崩壊していくさまを見届けるなんざ御免だ。」
ハーディーの檄に、従えていた自警団の面々はうんと頷いた。
どうやら、死への覚悟を決めていたのは軍人だけではないようだった。
ハーディーはクーゼをまっすぐと見据えた。
クーゼも視線を感じ取り、ハーディーを見た。
「クーゼ。あんた、まだここで終わるタマじゃない。お願いだ。一緒に戦ってくれねえか。」
しかし、クーゼはかぶりをふる。
「死ぬための戦いは無益だ。イバン少佐も即刻、安津から引き上げましょう。」
「あんた、どうしてそうも弱気なんだ。」ハーディーからの檄が飛んだが、構うことはない。
戦いとは何かを得るため、平和を守るための必要悪として正当化されうるものならば、ただ死に行くための戦いに意味などない。
少しでも生きることができる可能性のある選択肢をとるべきだ。
「ハーディー。君たちは本当によくやったと思う。コルテン=コラにまでたどり着けたのは大きな成果だ。だから、君たちにはその拾った命を無駄にしないでほしい。」
「分かっちゃいないな、クーゼ。あんたは何も分かっちゃいないぞ。」
「ハーディー。どうしてそうも死に急ぐんだ。君は。」
クーゼの思いとは裏腹に、自警団の長は戦うことを諦めていない。
クーゼの問いかけにハーディーは答える。
「この街はな。共和国の中でも唯一、独立国家として君臨していた時代のある州だ。50年前の併合によって、今では属国という扱いになるが、もとを辿れば俺たちは安津王国の国民だった。この国土、街、人々のつながり。それらは全て機械政府なんぞに与えられたおもちゃじゃない。俺たちが血と汗と涙を流してつかんだ、本物の街なんだよ。」
本物という言葉はクーゼに響いた。
何も他の州が偽物というわけではない。
だが、ハーディーの言う本物の汚さと輝きは確かに感じる。
それが安津だ。だが、それは死を肯定する方便にはなり得ない。
「だからよ。クーゼ。お前は人が生き残ればなんとかなると思っているだろうが、それだけではダメなんだ。俺たちは避難した先では、きっと受け入れ先が足りないとかで、たらい回しにされて散り散りになる。それから俺たち皆が合流して、安津に住むにはあと何年かかると思う。俺たちはもう街を棄てた放浪の民になっているんだぜ。一度街を捨てた人間がもう一度繋がることはできるのか。俺たちはもう二度と安津を踏むことはないだろうさ。」
「生きることが第一条件だろ。ハーディー。」
クーゼはなおも、説得を試みる。
「それは違う。俺たちは自警団だ。社会のつながり、結び目を守るのが俺たちの仕事だ。俺たちが街を守るために行動した事実が新しい結び目になるかもしれない。結び目がある限り、散り散りに避難した住民はいずれこの地に帰ってくる。安津を再興する礎になる。」
「まったく暴論だ」とクーゼは思った。
命よりも信条やポリシーを全うすることに命をかける人間というものは一定数いる。
そして、彼らの多くは命を投げ出す行為に正当性や意味を無理矢理与えようとする。クーゼはそういう人間が嫌いだった。
方便で人を殺す。殺人の感触がないまま、人を殺す連中だ。
だが、ハーディーは今までに見た政治家や軍人のそれとは違った風にも見えたのだ。絶対に肯定できない。
だが、クーゼはハーディーの覚悟を全面的に否定するための台詞を一切持ち合わせていないことに気付いた。
強い意志を感じた。戦う事への覚悟を感じた。死に意味を見出していた。
そして、数奇な運命として、ハーディーはクーゼの力を欲していたのだった。
元々、戦いの道へ巻き込んだのは、俺の責任。
クーゼは意を決した。
「ハーディー。やっぱり君の言うことは暴論だし、全面的に賛同はできない。だが、君が結び目を作るための覚悟があるなら、俺は君と一緒に戦うことにするよ。」
「その代わり、俺はお前達を絶対に死なせない。」
クーゼの返答に、ハーディーは目を丸くした。
「ああ、クーゼ。それでこそ俺の戦友だ。で、クーゼ。何か必勝法はないのか。」
クーゼは息を飲んだ。このまま話を進めれば、命の保証はない。
だが、一緒に戦ってくれた人間をここで見捨てることはできない。
クーゼは先の謹慎処分によって、部下のいない左官に成り下がった。
だが、どさくさではあるが、今の自分には多くの仲間が集っている。
戦うなら今だと心の中で背中を押された気がした。
「では、条件だ。ハーディー。君達にはこの「コルテン=コラ」を放棄する覚悟はあるかい。」
♦︎
「クーゼ、もう一度説明してくれ。理解が追いつかないんだ。」
「コルテン=コラを放棄する。いや正確に言うと、コルテン=コラの動力源を放棄する。」
ハーディーはクーゼの提案に正直悪寒が走った。
この軌道エレベータの動力は州全体の電力を賄う。
電気のない生活はできない。
となれば、我々が安津で再び暮らせるようになるまでにインフラ整備をもう一度行う必要がある、一体何年かかるというのだ。
想像の及ばない話だ。
「核を使うってことだな。」イバンは呼応するように言った。
「そうだ。」クーゼは短く答えた。
一同は再び黙考の時間が与えられた。
コルテン=コラに限らず、共和国全域に置かれた軌道エレベータ中枢部には大型発電施設を設置している。
そこで使われるのは重水素の核融合によって生じたエネルギー。
高圧・高熱状態への誘導は地熱とレーザー核融合炉にて行う。
即ち、核融合による発電システム。
「いかれてやがる。街は核で汚染されてしまう。」
ハーディーは頭を抱えて、短くそう言う。
ハーディーの言葉に頷くものも少なくない。
「一応聞くが、他に奴らを倒せる手段はないんだよな。」
ハーディーは前髪をかき上げると、まっすぐとクーゼを見た。
クーゼはまた一言「他に手段はない」と答えた。
それから、ハーディーはしばらく黙った。
当然、他に手段はない。
「分かった。じゃあ、やるしかない。」ハーディーは決断した。
自警団の面々が唾を飲み込み、事態の成り行きを見守っている。
クーゼはハーディーの目を見た。彼には迷いのかけらも感じられない。
クーゼは心のひもを結びなおした。
成功しなければ、ここにいいる人間は死ぬだろう。
そして、たとえ成功したとしても、安津は核で汚染される。
皆が言葉に言わずとも、核を使うことで街を殺すことは分かっていた。
誰でも、自分達の街を自分たちの手で葬ろうなんて思いやしない。
「俺たちが街の威信をかけて、あの宇宙生物を追い払う。その事実が街を必ず復活させる原動力になる。そのために街を殺す覚悟はあるか。ハーディー。」
クーゼはハーディーを再び見て、こう言った。
「うるせえ。覚悟はあると言っただろ。話を続けろ。」
ハーディーは拳をクーゼの目の前に突き出す。
ためらいなく、クーゼはハーディーの拳に自らの拳をぶつけた。
♦︎
「で、私達の出番はいつなんだ。」
レナータは会議室の隅で腕を組んで、壁に寄りかかっている。
長い銀髪は結うこともせずに、無造作に揺らしていた。
「最終段階における決定打は、変わらず君たちに任せるよ。中央突破と奇襲は君たちの領分だろう。いいかな、レナータ中尉。」
クーゼは屈託のない穏やかの表情で告げた。
「命令ならやるさ。あんたは私達の表舞台を用意してくれればいい。」
淡泊に答えるレナータ。対するクーゼも「分かった。」と短く言った。
クーゼは機動歩兵小隊への伝達事項という用件を済ますと、そのまま仮設の作戦司令室戻ろうと足を動かした。
すると、レナータは意外にも「待て。」と言ってクーゼを引き留めた。
クーゼは振り返った。
「あのとき、どうしてお前は自警団に与したんだ。お前はもう軍の責任を下ろされたんだろ。ハーディーの肩を持つ義務はお前にないだろう。」
レナータから発せられる言葉は意外な内容だった。クーゼはただ答えた。
「正直に言うとね、俺は自分を救いたかっただけなんだ。」
「それは、どういう意味。」
その発言にレナータは怪訝な表情を浮かべる。
「俺は今までの戦いで、多くの人を殺してきた。敵も味方も。だが、この戦いは純粋に人を救うための戦い。俺はハーディーに手を差し伸べることで、死んだ奴らに贖罪しようと思っているだけなんだよ。」
「戦うことが贖罪。」レナータはその言葉を反芻させる。
「君は強いから、俺の考えは甘いと思うかもしれないな。弱い人間だ。俺は。」
「いいや。分かるよ、私にも。私も人を殺した。仲間をたくさん見殺しに。」
「クーゼも知ってるだろ。誰もが、私を冷血の戦女神と言う。その通りだ。私はいつしか、人が死んでも泣けなくなった。何も感じなくなってしまった。」
「レナータ。君は。」背中を向けたレナータ。
クーゼは彼女の心を初めて聞いた。
「私は強くなんかない。この戦いで分かったよ。私はただの人でなしだ。人の感情を排された兵器のように、仲間の犠牲に構うことなくひたすらに斬り伏せる。最低だよ。」
「クーゼ。お前は、私に死ねと命令できるか。私はできる。敵を倒すため、戦争に勝つためになら、犠牲を捧げる。詰まるところ、私たちの戦場はそういうところだ。」
「じゃあ、君に人殺しをさせないのが、俺の役目だな。」
クーゼはそう言った。その言葉にレナータは一瞬たじろいだ。
「クーゼ、何を言って。」
「君は冷血の兵士なんかじゃないよ。今だって、過去を後悔して苦悩している。それは感情のない人間がすることじゃない。君は今まで多くの傷を背負いながら、立ち向かってきたんだね。」
「俺は君を人殺しにさせない。約束だ。」
クーゼはそう言って、レナータを凝視した。
思わず、目を逸らしたレナータ。
「戦いはそんな甘くない。せいぜい、馬鹿な指示だけはやめてくれよ。」
そう言い捨てたレナータは足早に自隊の野営地へと向かった。
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