第2章:コルテン=コラ外郭防衛戦 断章

 「これより共和国最高評議会を執り行う。」

 議長の号令に伴い、荘厳な面持ちの数人の代議員が席に座る。

 議会はいつも以上に重苦しい空気に満ちあふれていた。


 議会の3時間前。

 安津州におけるアライエの侵攻が報じられた。

 死者行方不明者は計り知れない。

 すぐさま、各州は大陸鉄道の臨時便により、安津市民の避難誘導を行った。 


 都市ひとつ分の避難民は総勢100万人に上る計算になる以上、他の都市でその全てを抱え込む余裕はなく、こうして議論の場が用意されたというわけだった。


 議論の中身は至極単純であった。

 「避難の完了していない安津州民を見捨てるか否か。」


 議論を開始する5分前の段階で、この議題には殆ど答えが出ていた。

 とある代議員は言った。

 「国難は尊い犠牲によって乗り越えるものだ。安津の民は死んでもなお、我が国の精神的支柱として今後も生きる。犠牲者の鎮魂と国家忠誠心の高揚をもたらす。」

 もうひとりの代議員も言った。

 「アレクサンドロフも他の州も自分たちの住民を養うだけで精一杯だ。宇宙からのハイパーオーツの輸送も絶たれた現状では、安津を養うことはできんのだ。大きい声では言えんがね。口減らしをしなくちゃならないんだよ。」


 概ね、彼ら代議員の意見に賛同する人間が大半であった。

 議会とは血の流れない殺人現場であると過去の思想家は言った。

 その場で挙手するだけで、万の市民を皆殺しにできる権限を持つ。


 だが、臨時議会の最中、ひとりの代議員だけが反対意見を申し立てた。

 その代議員は平然とした様子で、何も言わずにそこに座っていた。


 議会運営が滞ることに、痺れを切らした議長が「反対意見があるなら、発言してください。」と言って発言を促した。


 「議長。議事は決まった。共和制の国で少数派の私から意見を聴する必要はないでは。」


 「ナザール代議員。あなたが反対票である以上、我々はAAIに高度な政治的判断を委ねることになっているのは知っているでしょう。だからこそ、AAIの審議過程に入る前に、あなたの政治意見を伺いたい。」


 ナザール、その若く切れ長の目をした代議員は含み笑いを浮かべて、聞こえないほどの小さな声でつぶやく。

 「この腰抜けどもが。」


 それから、ナザールは立ち上がると金髪をたなびかせた。

 男性にしては美しすぎるほどのブロンド。

 シルクのようななめらかさは5m先に居る中年代議員にも分かるほどだ。


 「今回の安津襲撃。最新の情報では、一部の退役軍人がアライエの包囲網を躱して逃げ延びたと聞いています。聞いたところ、その軍人はあのルーリン川の英雄であるそうですね。」ナザールは言った。


 「撤退戦で運良く生き延びただけの男だ。ナザール代議員。君は大局を見据えるべきだ。言っちゃ悪いが、そのような些事にかまけている立場ではないぞ。」中年の代議員がナザールに毒を飛ばした。

 大変若くしての大出世だ。

 誰もがナザールを失脚させたいと思っている。

 それがこの代議委員の席にいるという意味だ。


 ナザールは嫌みのある言葉にも笑顔で返した。

 「忠告ありがとうございます。ですが、クーゼの安津における働きは我々の想像を超えるものだ。たった数人の機動歩兵でその倍以上のアライエを破壊したというのは、稀有な戦果だ。もしかすれば、アライエの駆除とその先の我々の目的に素早く達することができるでしょう。」


 その言葉に一同は息を飲んだ。


 「ナザール代議員。驚いた。君はまだヴォイドルが生きて我々に復讐しに来るとでも思っているのか。」

 一人の代議員が嫌味な口調で言う。


 「ええ。彼は銃弾一発で簡単に終わる男ではないですから。ヴォイドルの因子をこの世界から確実に断ちたい。そのためには彼に匹敵する頭脳を持つ人材が必要でしょう。私たちは有能な人間を無駄に殺すほど、余裕はないはずですが。」


 「つまり、クーゼは使えるということか。」

 ナザールは他の代議員の問いにだまって頷いた。


 「これにて閉会。以後はAAIに判断を委ねることとします。最終議決は15分後。一同は待機室にて休憩してください。」

 議長の言葉でひとまず、今回の緊急会議は終わった。


「全く、議会の席は息苦しくて仕方がない。」

 ナザールは休憩の合間に、最高評議会庁舎の屋上へとエレベータを進めた。

 屋上に降り立ったナザールはガラス防護柵に越しにアレクサンドロフの町並みを見下ろす。これが共和国首都の景色だ。


 陽はすでに西の方角へと沈もうとしている。

 昼が終わり、世界はしだいに闇夜へと包まれる。

 目の前にそびえ立つ黒い巨塔はアレクサンドロフを支える軌道エレベータ「モニュメント」だ。

 全州の中でも最大規模を誇る軌道エレベーター「モニュメント」はAAIの中枢集積施設として機能している。

 いわば、国家の脳だ。

 砂時計のように中央部がくびれており、基底部と宇宙へとつながる先端は次第に太くなっている。

 見方によれば、それは人間の遺伝子の2重らせん構造に近しい形だ。

 ナザールはその表現はこの「モニュメント」にふさわしいと思った。

 人間のあり方はこの「モニュメント」によく表されている。

 

 人々はいつでも信仰と生存のシンボルを求めているのだから。

 「人間は知恵の代償として恐怖を背負った。そして、いつでも帰依を欲するものだ。帰依とはすなわち絶対的な力への信仰だ。」


 過去の人間達は恐怖と猜疑連鎖の末に、自らが判断するという権利と義務を手放す代わりに、安心を得た。

 そして、機械脳に決断を委ねた。

 これはすなわち、自らの生死を自らの選択の枠外に追いやったことを意味する。

 遺伝子により決定された生存本能。

 競争・思考プロセス。

 それら全てを人間は機械に預けた。

 ある意味で、それは恐怖の超越。

 あるべき進化のかたちなのかもしれない。

 ナザールは風を感じた。

 世界の変化が起こるきざしを感じた。

 人間は恐怖から、呪縛から逃げることはできなかった。

 AAIへの全幅の信頼を寄せることができなかった。


 その証が、先の議会だろう。

 人間は高性能なAIを作っておきながら、結局は誰かに決断を任せるという勇気がなく、その責任に恐怖した。

 結果として、いびつな政策決定過程、政治ができあがった。


 「ヴォイドル、マリア。喜べ。俺たちの目指す人工知能による世界統治はもうすぐ実現されるよ。」

 ナザールは風に語りかけた。かつての学友を虚空に見た。


 それから、10分後。

 AAIによる議決結果により、安津州への増援の緊急派遣が決まった。

 現地で奮戦したクーゼ士官への支援・救援を目的としたものだった。

 そして同時に、AAIの高度な政治的判断により、クーゼの軍隊私的運用の嫌疑については不問とされた。

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