第1章:安津襲撃11

 明朝、せわしなく動く人々の群れ。

 地下施設の地上階段から多くの避難民が動き出す。


 別のハッチからは、所蔵されていた装甲車2台と旧式の軍用トラック5台が走り出した。


 「どうだい。乗り心地は。」

 クーゼは装甲車の窓から顔を覗かせ、大きな栗毛の馬にまたがるレナータを見上げた。


 「悪くないわ。」

 「それはよかった。しばらくの間、命を預ける相棒だ。よく手懐けとくんだよ。」

 レナータはいともたやすく、手綱を操作し馬を制御している。

 レナータを含む機動歩兵5人は安津の牧場につながれていた馬にまたがっていた。


 家畜として飼育されていたが、元々は競走馬として表舞台に出たこともある種だ。

 AAIが発布した賭博禁止令により衰退し、競走馬は日の目を見ることがなくなった。

 だが、再び表舞台に立った馬達は、鼻息を荒立て、主人の手綱に従順な様子で活き活きと走る。


「ストリングスのバッテリーの浪費は避けたい。原則は馬で移動だ。」

 それは、クーゼから5人の機動歩兵に言い渡された1つ目の策。

 ストリングスに内蔵されたホバークラフトによる高速移動はアライエを翻弄する大きな武器だ。

 しかし、彼らは長い戦いによりその殆どの電力を消費し、専用の充電設備もないので、電力補充もできないままである。


 「いいかい。ホバーを使うのはここぞというタイミングだけだ。それまでは馬で移動。」


 「ここぞとはどのタイミングだ。」

 レナータは馬の背の栗毛をなでながら、尋ねた。


 「まだ分からない。俺が指示する。」

 クーゼはそう告げると、自らは装甲車に戻り、後続するトラックを先導した。

 トラックには多くの避難民や物資を乗せていた。


 「僕、馬に乗るのは初めてですけど、案外乗りこなせるもんですね。」

 レナータに併走していた新米機動歩兵のマークがそう言う。

 いとも簡単に手綱を引っ張り上げ、馬を加速させた。

 風とともに走り去るマーク。


 その後ろ姿を見ながら、レナータは思った。クーゼはただ者ではない。

 「正直、あいつはただの落ちこぼれ軍人だと思っていた。だが、あいつは知っていた。私達がストリングスの訓練で高度なバランス感覚を有していることに。だから、あえて操作技術の必要な馬を私達にあてがった。彼には確信があったのだろう。私たちの技術に。」


♦︎

 クーゼ達がA12ゲートを出発した時刻と同じ時。

 軌道エレベータ「コルテン=コラ」外郭では避難民の混乱が最高潮に達していた。

 子供を探して泣き叫ぶ者。

 火事場泥棒のようにあたりの避難民から盗みを働く者。

 そんな状況の処理を任された軍人が1人。

 首都アレクサンドロフより着任した。


 「第18歩兵大隊、限時刻を以て着任しました。大隊長のイバン・ゲラシモフ少佐です。」


 イバンは今年で38歳になる壮年の軍人で、今まで多くの紛争地帯で指揮をとった名だたる指揮官である。

 彼は先の国防委員会において、安津州における避難民の円滑な避難のための支援を任じられ、ここに来た。


 「危険な任務のように見えるが、俺たちはアライエと戦わなくていいんだ。ちゃっちゃと終わらせて、本国に戻ろう。」

 彼は着任直前、談話室で休憩中の副官にそう言ったが、彼の予想はこのあと大きく裏切られることになる。


 現地治安省当局に招かれ、事態について説明が行われた。

 治安省でも今の避難民の混乱状況を処理することができず、完全な避難には少なくともあと半日かかるとのことであった。

 説明を一通り聞いたイバン。


 「我々は、避難誘導や物資補給あらゆる面において、全力を尽くしましょう。」

 誇らしげな表情でイバンは治安省の職員に宣言した。

 しかし、治安省から出た言葉は意外なものであった。


 「アライエの侵攻が思ったよりも早い。単純な予測ですが、あと3時間後にはアライエの斥候部隊はここに来ます。」


「は、冗談では?」

 イバンは耳を疑った。

 そして、その言葉が何を意味するか理解するにつれ、首筋から大粒の汗がしたたるのを感じた。

 まずいまずいまずい。こんなはずではない。

 そう思った頃には事は淡々と進み、彼はすぐに軍議の場に立たされた。

 予想だにしない、アライエ迎撃作戦の軍議であった。


 「というわけで、俺たち18大隊はアライエの斥候部隊に対して迎撃作戦を敢行するが、避難民への被害を避けるために、コルテン=コラから10キロメートル離れた地にて先制攻撃をしかける。」


 部下からは、ざわめきが起こった。

 勿論、多くの軍人はアライエとの全面戦闘など経験したことはないのだ。

 それに、彼らの装備品は小銃やグレネードランチャーが関の山。

 戦車は30台配備されているが、アライエ戦闘の経験と練度は殆どない。


 「大隊長は私たちに、死にに行けと申されますか。」

 ひとりの隊員が果敢にもイバンに向けて放った言葉は多くの隊員の総意であった。

 そして誰もが、イバンからその言への明確な否定と具体的な作戦案の呈示がなされることを期待した。だがしかし。


 「そのとおりだ。お前達は今日死ぬ。」イバンは答えた。

 「だが勘違いするなよ。お前らを殺したのは俺じゃない。臆病な統合作戦本部だ。化けたら、あいつらを恨んでくれ。」

 ブラックにもジョークにもならない。

 イバンは出撃前、兵士たちに1時間の休暇と自分が今まで溜め込んでいた金券や小切手をひとりひとりに手渡した。冥土の土産と言って。


♦︎

 国防省の決定の段階で感じていたきな臭さは現実のものとなった。

 イバンはこの迎撃作戦についてそう振り返る。

 もともと、無償でコルテン=コラの避難誘導が終わるわけなんかないのだ。

 だが、統合作戦本部の連中は、この機に乗じて、首都侵攻が起きても鎮圧できるように相当な量の軍を自分の膝元に置いておきたい。

 地方都市の防衛など二の次だ。


 これは生け贄だよ。

 安津の外側に被害が及ばないためのね。

 所詮、安津は属国であり、トカゲの尻尾なのさ。


 作戦計画書に次々と目を通しながら、イバンは独り言をぶつぶつと唱える。

 作戦開始は30分後だ。


 「軍なんてクソくらえだ。」


 イバンが作戦司令室で発したその言葉は多くの副官が聞かぬふりをしたという。それから作戦司令室にはウイスキーやブランデーが常備された。


 イバンは「最後の晩餐だ」と言って、部下達にも少量の飲酒を認めた。

 イバンの歩兵大隊は組織されてから5年程度が経っており、その多くは腹心のベテラン揃い。

 数ヶ月前には新入りの副官がいたが、とある事情で転任し、それからは古株の面々が部隊運営を支えている。


 「出撃だ。」

 イバンの号令で、部隊は出動した。

 対物ライフルを備えた戦闘車両15両に主力戦車10両。

 戦車の周りを200人近くの歩兵で固めている。

 後方には補給用トラックが7両程度追従していた。

 前方数キロ先にはアライエの信号がある。

 数はガーラ型が30体、タンク型が5体だ。

 

♦︎

 「構えるときには馬の歩調に合わせろ。反動はなるべく身体で受け流せ。」

  レナータの檄が響く。

 冷血の戦女神と唱われたその戦士は、栗毛の馬にまたがり颯爽と大地を駆けている。続いて併走するマークはレナータから置いてかれまいと必死で手綱を取る。


 「はっ!はっ!」

 息を吐く音に合わせて、馬は立髪を揺らす。

 「前方、敵影来ます。」

 「数は?」マークのヘッドギアセンサーにて敵影を確認する。

 「1体です。型はガーラ型。」「はぐれ者だな。始末しろ。」


 手慣れた所作でレナータは敵影を確認した方向へ進路を向けた。

 マークは携えたパイルランチャーにタングステン仕様の超硬度弾を装填する。

 ガーラ型アライエは1体であればそう苦労しない相手だ。

 ガーラ型は体長2mほどで、彼らの主な武器は強靱で大きな顎と鉤爪だ。

 タンク型のような飛び道具は有していないのだから、遠距離射撃により撃退するのが一番安全な対処方法だ。


 マークはヘッドギアのセンサーアイにガーラ型を捉えた。

 距離は約100mまで接近したところだ。

 「食らえ!」

 マークの放った嚆矢はガーラ型の金属表皮に吸い込まれた。

 距離70m。パイルランチャーの有効射程だ。


 矢を受けたガーラ型は途端に体勢を崩し転倒した。

 マークはアライエを撃退するのを確認するや、名状しがたい満足感に満たされた。出発してからマークがアライエを討つのはこれで3体目だ。初陣であれば勲章がもらえてもおかしくない撃墜数である。


 「調子に乗るな。マーク。」

 すると、途端にレナータからの冷や水である。

 マークがヘッドギアの下で薄ら笑いを浮かべていることは、レナータにはお見通しであったらしい。

 レナータはマークと共に山地の丘陵地帯をかれこれ1時間以上走った。

 クーゼから言い渡された任務のためである。


 偵察と哨戒。

 それがクーゼから命じられた任務。

 機動歩兵小隊は2人1組となって、クーゼ本隊周囲5kmを周回し、アライエの動向を偵察する。

 そして、本隊をアライエと遭遇しにくいルートへと誘導する作戦だ。


 多勢に無勢。

 5人程度の機動歩兵にアライエの大軍の相手はできるわけがない。

 そのため、最大限アライエとの戦闘を避けつつ、コルテン=コラを目指す。


 クーゼが安全かつ実現可能な作戦を導き出した結果である。


♦︎

 A12ゲートを出発してから、既に1時間が経過していた。

 劣悪な山道の中で動く装甲車。クーゼの乗る後部座席は大きく揺れる。クーゼは身体を揺さぶられながらも、外の景色を見ていた。


 「3分前。マーク准尉がガーラ型1体と交戦。撃退を確認しました。」

 隣では無線機器を片手にシュアンが戦況を報告していた。


 「ありがとう。作戦は今のところ順調かな。」

 クーゼはすっと胸をなで下ろすと、地図を手に取り、既に次の一手について考えを巡らせていた。

 「俺たちがこのまま奴らに気付かれぬまま、コルテン=コラに到着できれば万々歳なのだが、敵もそう馬鹿じゃないだろうな。」

 「というと。」シュアンはクーゼに聞き返す。


 「奴らの目的は人を殺すこと。そこには戦略的視点もない。だから、俺たちがここにいることが親玉に伝われば途端に、奴らは攻めてくるはずだ。」

 「だからこそ、最短で逃げ切る必要がありますね。」

 「そのとおりだシュアン。そしてもう一つの懸念があるとすれば、敵が既にコルテン=コラの近くまで到達して我々を待ち伏せしているという可能性だ。こればかしは都合が悪い。」

 シュアンはクーゼの見通しを理解した。

 そして、彼は平然とした口調で物を語っているが、語る内容は決して楽観的な内容ではない。

 下手すれば、全員この安津で殺される可能性すらあるのだ。

 しかし、クーゼは自警団の有志を募って組織した総勢30人の軍団でこの絶望的な状況を突破しようとしている。


 話を遮るように、伝令の報告が入る。

 「少佐!偵察班からの連絡です。コルテン=コラ付近に約30体のアライエを確認。動きからして既に小群体化しています。」


 クーゼは伝令の報告を聞くと、伝令に合図した。

 「分かった。進路を変えよう。側面から迂回し、敵からの発見を遅らせる。」

 すると伝令は、申し訳なさそうな表情で報告を続けた。


 「少佐。それともうひとつ報告があります。アライエの向かいでは共和国軍の歩兵部隊が布陣している模様です。数分後にアライエの射程距離内に入ります。戦いが始まります。」


 「何だって?!」クーゼは耳を疑った。


♦︎

 状況を整理すると、アライエと共和国の歩兵部隊は今にも戦闘を開始しようという距離まで近づいている。

 そして、クーゼらが救援に出ない限り、その歩兵部隊はおそらく全滅する。


 クーゼは頭を抱えた。

 「これは誤算だった。先の通信には共和国軍の援軍は派遣しないとい決定していたそうだが、まさか歩兵部隊の手勢なんかを配置するなんて。共和国は本当に気でも狂っているんじゃないか。」

 ハーディーはクーゼの思い悩む表情を見て、こう言った。


 「待てクーゼ。こんなうまい話はないだろ。俺たちはその歩兵部隊を囮にしてコルテン=コラに入城すればいいってことだろ。その部隊が奴らを引きつけているのだから。」

 ハーディーの発言にはそれなりの説得力があったのか、多くの自警団幹部はハーディーの提案に首を縦に振っていた。

 しかしクーゼは答えた。


 「それはできない。」

 「なぜ」とハーディーが言った。


 「我々の戦力は到底、群体化したアライエに対抗できるものじゃない。ここでは、できる限りの味方が必要だ。犠牲のうえで生存したとしても、その先に待つのは破滅だよ。」

 一同は息を飲んだ。

 考えが甘いと言うことを悟った。

 コルテン=コラに入ったからといって身の安全が完全に保証されるわけではないのだ。


 「歩兵部隊を救援し、彼らを味方につけたい。」クーゼはそう言った。

 「じゃあ聞くが、目の前にいるアライエはどう始末するつもりだ。」ハーディーの指摘。クーゼは後方に駐めてあったトラックのほうを指さす。 


 「あれを使ってみようと思う。かつて軍事演習に参加したことのある自警団諸君なら使い方は分かるね。」


 クーゼはこのとき、地元の自警団に命じて、あるものを安津州の軍管理施設から持ち出した。

 それは今の時代においては殆ど無用の長物といえるもので、正直、行軍の重りでしかないものだ。だが、クーゼはその長物に目をつけた。

 ひょっとすると、これは奴らにとっての脅威になりうるかもしれない。

 クーゼは微かな希望を胸にその光沢ある鉄器を眺める。


♦︎

 「左翼、第3戦車分隊撤退。荷電粒子砲による被害甚大。このままでは本隊も全滅です。」

 通信兵の怒号が即席の軍用テント内に響き渡る。

 ビニールテントで作った作戦指揮所。イバンはその中央に鎮座し、最悪な戦況を座視していた。


 「戦闘開始から5分。損耗率は既に30%か。もはや、破滅だな。」

 イバンは左翼の戦車分隊に後退を命じ、戦線の後退と縮小を命じた。


 「このまま後退を続けても、じり貧で負ける。」

 長年の戦争指揮の経験から、イバンは直感的にここで死ぬことを理解していた。歩兵と多少の戦車でなにができたものか。

 重戦車よりも強靱で、歩兵よりも機動性にすぐれた宇宙生物を相手取って勝てるはずもない。もともと分かっていたことだ。


 せめて死ぬなら、武人として潔くありたい。


 イバンはそう願っていた。

 しかし、一兵卒から指揮官に上った今では、そうも理想を語ることはできないのが現実。

 彼には数百人の部下がいた。

 ここで死ぬという選択はその他数百人の人間の命を殺すことになる。


 すると、目の前数キロの地点で大きな光が輝くのが見えた。

 イバンは眩しくて目を手のひらで覆う。


 荷電粒子砲の光だ。発射シークエンスに入ったと見える。

 勿論、照準はこの作戦指揮所を捉えている。

 死への秒読みが始まった。


 イバンは自らの胸に手を当て、名誉ある戦死を選んだ自分を祝福した。

 同時に無数の屍となるだろう部下達に謝罪と懺悔を誓った。

 閃光は次第にイバンの身体を包み込むかのように大きくなっていった。


 「俺の人生もここまでか。全く、つまらないものだったさ。」

 

 その刹那、轟音が空気を切り裂いた。

 雷のような音。

 気象は晴天だ。一体何の音だ。イバンは我を忘れて、飛び出した。


 前方には黒煙がまたたいていた。

 轟音と共にとぐろを巻く竜のように、地上から天へと。

 黒と灰色が混ざった煙が地上を荒らしていたのだ。


 同時に、イバンは自らの違和感に気付いた。


 まだ、死んでいない。

 さっきまでの閃光は収まり、目の前には煙が立ちこめている。

 なにがあったのか分からない。

 だが、戦況に大きな変化が生じたことは理解できた。

 「イバン大隊長。クーゼと名乗る者から緊急通信です。」


 「クーゼだと。」イバンは伝令兵の言葉を聞き、咄嗟に声を張り上げた。


♦︎

 「観測班の提供データをインストール。射角固定。距離3000。着弾予測クリア。少佐、いつでも発射できますよ。」

 曲線を描く放物グラフを用いて、数理モデルの計算を始めたシュアン。


 「了解。撃ち方始め。」

 クーゼは無線越しに命令した。

 彼は山の麓に小規模な陣を敷いていた。

 そして、周囲にあるのは、彼の持参した秘密兵器だ。

 それは、30門の榴弾砲。

 黒い筒状の筐体が山麓に鎮座する。

 砲口には火薬による煙が立ち込める。

 戦いを欲する龍がけたたましい鼻息を吹かすようだ。


 淀みない動きで、榴弾砲は一斉に発射された。

 向かう標的は山腹の向こう側に居るアライエである。


♦︎

 3時間前。

 クーゼはハーディーと自警団幹部に、とあるものを捜索し、収拾するよう依頼した。

 それは、安津州の成立記念祭で使用する予定であった祝砲すなわち榴弾砲であった。

 それを持ってどうする。

 ハーディーはそう言った。疑問に思うのも無理はない。


 榴弾砲の実弾は地下施設にいくつか保管してあるが、アライエの金属表皮を破ることなどできるはずもない。

 それに、昨今のコンピューター演算により、投射砲の弾道予測が容易となった今、共和国にとって、大砲は時代の遺物になりかけていたのだ。


 だからこそ、使い道のない遺物は博物館や式典での鑑賞物としての活躍の機会を与えられるようになり、実戦の世界からは退役していった。


 「共和国の常識はアライエの世界には通用しない。それを逆手に取ることもできるかもしれない。」

 つまりそれは我々にとって取るに足りないものであっても、彼らにとってはそうとも言えないのではないかということ。


 「根拠にならん。砲弾が通じるわけがない。奴らの皮膚は炸薬弾も通さないんだぞ。」


 「アライエは地球に侵攻してからというもの、頭上からの攻撃を受けたことは1回もないということかな。根拠はそれだけ。」


 「クーゼ。お前がこの戦いに賭けていることは分かった。指揮権はお前にある。」

 ハーディーは片手で頭をおさえながら、そう言った。

 この戦況で確実な勝利など見込めない。であれば、少しでも可能性のある戦い方をするべきだと思った。



 そして、秘密兵器のお披露目。30門の榴弾砲が火を噴いたのだった。

 何十年の眠りから目覚めるかのように響き渡った発射の轟音は地と空を劈き、アライエの上部めがけて着弾する。


 衝撃音とともに、アライエの周りには黒い煙が立ちこめる。

 アライエは突然の火薬の豪雨を受けた。

 一瞬の際で、アライエは動きを止めた。情報処理に時間をかけていた。

 だが、その金属表皮には傷一つついていない。

 動きは止めたが、身体は健在だった。


 「失敗したか。」

 ハーディーは諦念で肩を落とす。


 しかし、クーゼは焦りの表情を一切見せなかった。

 むしろ、クーゼは安堵した。


 何も大砲で決着がつくなんて思っていない。

 だが、君たちは動きを止めた、一瞬でも思考を止めた。

 俺はこのときを待っていたんだよ。


 「機動歩兵。総員、突撃せよ!」クーゼは号令を上げた。


 同時に山腹から5人の機動歩兵が爆音と共に全速力で突進する。

 目標は黒煙の向こう側。アライエの懐。


 「奴らは混乱している。今なら、撃ち放題じゃないか。」

 クーゼの命令に応じて、マークは全速力でホバークラフトを吹かせる。

 大事に保存した、なけなしの電力はこの戦場で使い切る。


 ここが勝負のとき。

 榴弾により生じた煙幕の中でアライエの動きは鈍っていた。

 煙幕そのものに視界を奪われたのもあるが、初めて受ける攻撃に対して情報処理が遅れているためであろう。

 クーゼの予想は的中していた。

 よって、機動歩兵は先制攻撃を仕掛けることができる。


 レナータは敵の鈍さを見逃さず、華麗に懐に入り、軍刀で一閃を繰り出した。

 なぎ払った金属表皮は無残にも抉られ、金属表皮の中からは黒色の体液を噴水のように吹き出た。


 レナータに続いて、マークも即座にパイルランチャーを展開。

 相手のかぎ爪を数ミリ単位で躱しつつ、相手の顔面めがけてタングステン弾を放出した。弾丸はアライエを貫いた。


 行動不能状態になったのを確認する暇は機動歩兵には与えられなかった。

 なにせ、5人で30体のアライエを相手にしている。

 今までにない規模の戦闘だ。


 返り血のごとく体液を全身に浴びつつもレナータは進み続けた。

 敵を薙ぎ払った。1体、1体と立て続けにアライエは倒れていく。


 「敵影沈黙しました、目標は全滅です。」

 砲弾が発射されてから5分とたたずに戦いは終わった。

 マークは眼前に広がるアライエの死骸を見て感慨深い思いに浸った。


 「すごい。これ全部俺たちがやったのか。」マークは悟った。

 クーゼという指揮官は只者ではない。この絶望的な戦争に光をもたらしてくれるかもしれない。彼は胸に高鳴りを覚えた。


♦︎

 「作戦は終了しました。お疲れ様です、クーゼ少佐。」

 シュアンからの報告はクーゼを安堵させた。コーヒーカップを机に置き、一息つく。

 「助かったよ。君の弾道計算がなければ、この作戦は失敗していただろう。」咄嗟にクーゼが言った言葉に、シュアンは笑みを漏らした。


 「いいえ。これは、少佐の成果です。私は信じてましたよ。少佐のこと。」

 クーゼはシュアンに返す言葉が思いつかず、明後日の方角を見た。

 信じてくれてありがとう、シュアン。そう答えるべきであったか。

 直接的な言葉を恥ずかしげもなく言い表せるシュアンには尊敬と感謝の念をいだくほかない。

 彼女の後押しがなければ、この場に立つこともなかったのだから。


 とにかく作戦が成功したことは喜ぶべきだろう。


 「イバン少佐の部隊救助を優先させよう。やることはまだたくさんある。」

 そう言って、クーゼは指揮所から抜け出し、向こうに広がる光景を仰ぎ見る。


 軌道エレベータ「コルテン=コラ」それは今や目と鼻の先だ。

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