第1章:安津襲撃⑩

 「ここは我々がおとりに出て、自警団を逃がすしかないだろうな。」

 クーゼが医務室に居る間も、アライエがいつ、この地下施設をかぎつけるか分からない。

 自警団の面々は戦々恐々とした精神状態で日々を過ごしていた。

 中でも、自警団の幹部であるハーディーの精神的負担は計り知れなかった。

 ゲートにて受け入れた避難民は日に日に増えていく。

 このままでは備蓄食料も底をつく。

 自警団の面々も疲労の色が見え、持久戦を続けていてはじり貧になるのは目に見えていた。

 かといって、ゲートから出れば、アライエが闊歩している。

 襲撃に対抗できるのは5人の機動歩兵のみ。

 その5人も先の戦闘で疲労をためており、ホバークラフト装置のバッテリーもわずかに残るのみ。


 そんな最中、おとり作戦を提案したのは機動歩兵小隊の紅一点。

 隊長レナータ・スプリガノフ中尉であった。


 「レナータ中尉。貴方が軍人として矜持を持っているのは大変誇らしいが、5人の囮でどこまで時間稼ぎができる。今はどんな戦力も貴重だ。」

 ハーディーは手元のボールペンをカラカラと回しながら、レナータに対して進言する。


 「一番現実的な提案をしたまでです。私は。」

 レナータの言も概ね正しかった。

 機動歩兵であれば、1時間程度はおとりになることもできよう、その最中、避難民と自警団が何ら襲撃にあうこともなく、逃げ延びたとなれば助かる可能性もゼロではない。

 誰かが犠牲にならなければ、助かる道はない。


 だが、彼らの逡巡は思いもよらぬ方向からの一言により、かき消されたのだ。

 「その必要はない。アライエはしばらく集団で攻撃して来ないだろう。」

 レナータとハーディーは声の方向に顔を向けた。そこにはクーゼの姿があった。


 「俺は統合作戦本部にいたときにアライエに関する最低限の戦闘データを収集した。」


 「クーゼ、この際お前の身の上はどうでもいい。助かる方法があるならそう言ってくれ。クーゼ。」

 ハーディーはクーゼをまじまじと見つめる。もはや藁にもつかむ思いだ。クーゼは真摯な面持ちで頷いた。


 「ああ。みんな助かるよ。俺がみんなを助ける。」


♦︎

 「アライエの行動パターンは大きく分けて2つ。個別運動段階と群体化(トゥループ)段階だ。」


 クーゼはホワイトボードに一匹の蜘蛛の絵を描き、その隣で3匹でまとまりとなった蜘蛛の絵を描いた。


 「個別運動段階はアライエ1体1体が自律的な思考を持ち、皆が自分の思い思いに行動する。」

 「要は、群れからはぐれた鳥のようなものだ。この段階において、奴らは組織的な行動をとるわけじゃない。だから、集団で襲いかかることもない。そして、軍がアライエに勝機を見出す段階はこの個別運動段階にほかならない。」


 「つまり、先制攻撃をしかけることのみでしか、勝機はないってことかよ。」クーゼの解説にハーディーが発言する。


 「そのとおりだ。戦いの基本は各個撃破。アライエ戦闘においても、その根幹は揺るぎないよ。けど、残念ながら、安津において個別運動段階はとうに経過し、アライエはすでにトゥループ段階に入っている。荷電粒子砲による襲撃があったとき、あの光線はすでに集団で発射していた。要は個別ではなく、団体で目的を共有し、合理的な集団戦法によって街を襲撃したんだ。兵隊として群れて動く宇宙生物。まさにそんな状態だ。」


 「そしたら、やつらは俺たちと同じように軍隊を率いて組織的に行動するってことか。」

 ハーディーの顔はこわばった。

 シュアンやレナータも同様だ。

 戦車よりも重武装の個体が集団で攻撃して来るとなれば、敵うはずもないではないかと。


 「そのとおりだ。それも一師団レベルの規模まで拡張するだろうね。そして彼らは見事、大軍を率いて都市を炎上させた。現状、我々は完膚なきまでに敗れたことになる。」


 「そして考えて欲しいのがここからだ。奴らの目的はなにか。」

 「ベルクフリート制圧の頃を考えると、奴らは軌道エレベータを掌握することを目的としている?少なくとも戦術訓練ではそのように聞いたわ。」

 レナータは腕組みしながら答える。


 「近い。じゃあ、どうしてアライエは集団で軌道エレベータを占拠するのか。」

 傍らより出てきたシュアンはノートPC端末を開くと、なにやら乱雑な周波数データを示した。


 「これはトゥループ段階におけるアライエの脳波信号をキャッチしたものです。」

 「脳波だって。」ハーディーはシュアンの説明に驚く。

 「組織的に行動するには有機的なシナプス結合による情報伝達システムが組まれていると見るのが自然だ。それがたとえ、地球外生命であってもね。」


 「驚いたな。奴らは俺たちと同じように、脳を使って行動するってわけか。」ハーディーは感嘆した。

 「俺たちと少し違うところもある。シュアン、次のデータを。」


 シュアンは液晶画面をスクロールし、さらなるデータを提示する。

 「周波数の乱雑さがさっきのより桁違いにひどいな。これは。」


 「これはアライエのタンク型のうち1匹から出ていた電磁波を観測したものだ。問題はこのアライエの消費する電力。電磁波の乱れから観測したデータによれば、5000KWに及ぶ。荷電粒子砲のエネルギーが強大なのも頷ける数値だ。」


 「待て。そんな電力、どこから供給できるんだ。」


 「先の話を思い出して欲しい。ここで出てくるのは軌道エレベータだ。」


 「おい、つまりそれは。」

 一同は息をのんだ。

 軌道エレベータ。

 共和国の各州に設置されている大型の宇宙まで続く電波塔。

 そしてインフラ供給の源でもあるそれは、人々の生活に必要不可欠な構造体である。

 この大型のインフラ設備には州全体の電力をまかなうための機能が集約されている。

 そして、桁違いの電力を発電し、供給するために使用している発電設備をハーディーは知っていた。


 「核融合炉か。」ハーディーは言葉を漏らす。


 「その通り。アライエは核融合炉に自らを接続することで強大な電力を使用している。そして、彼らは組織的行動を取るために莫大なエネルギーを必要とする。」


 「俺たちの勝機はここにある。」クーゼは続けた。


 「電力は使えば、いずれ尽きる。そして必ず補充が必要だ。昨日の大攻勢があってから、しばらく砲撃の音は止んでいる。俺が思うに、今はアライエの保有電力が尽きて、補充が追いついていない状態だと見える。そして、補充には軌道エレベーターの占領が必要になる。勿論、既に占領したベルクフリートを使えば電力補充は可能だ。ここから、数百キロもの距離があるという問題を除けばね。」


 「つまり、今この瞬間はトゥループ段階の切れ目。エネルギー不足に追い込まれたアライエは群れが小さくなっているはずだ。小集団で行動するアライエを躱しつつ、避難所となったコルテン=コラへと目指すことができるかもしれない。」


 「アライエと遭遇する可能性はゼロではないわ。」

 これまで沈黙を崩さなかったレナータが切り出した。


 「ああ。可能性はゼロじゃない。そのときは君たちで守ってくれるかい。」

レナータはなおも冷淡な表情でクーゼを睨んでいる。


「一つ聞きたい。」

「何かな。」

「これは共和国軍人としての我々への命令?」


「ああ。少佐として君たちに命じるよ。これは緊急事態だからね。」

「分かったわ。我々も全力を尽くす。一応聞くが、我々が戦死したらどうなる?」

「そのときはもうお手上げだよ。でも、そうならないように出来ることはするさ。」

「そうね。貴方が優秀な指揮官であることを願うわ。」

 レナータは冷淡な表情の中に、シニカルな笑みを浮かべた。

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