第1章:安津襲撃⑧
「まずは現状を説明しよう。」
「A12ゲート。ここは、俺たちの地下シェルターネットワークの中でも、一番、都市施設から遠いところにある。」
椅子にもたれかかったまま天上を呆然と見つめるハーディー。つい数分前、軍部の決議において援軍の派遣中止が言い渡された。それから彼は呆然としていた。
一方で、シェルターにはかかえきれないほど大勢の避難民が集まってきた。全てが初期避難誘導に間に合わなかった市民たちだ。
「それ以外のシェルターは使えないのか。」
「使える場所はあるが、位置的にアライエが真っ先に陣取っている。近づくのは危険だぞ。地下通路の移動も危険が伴う。奴らと遭遇でもしたら逃げ場がない。」
煙草を吹かしながら、ハーディーは答える。
湿度と熱気。その全てが狭い会議室にいるクーゼとハーディーに不快感を与えていた。
「先の通信によれば、共和国はコルテン=コラ外郭を防衛ラインに設定したそうです。」シュアンが言う。
「じゃあ、コルテン=コラまで避難するというのが順当か。」
「まじかよ。」ハーディーの煙草の火はため息で消えた。
「このA12ゲートには避難民が30人程度いる。それに俺たちに避難民をアライエから守る力はない。一番安全なところに避難するしか道がないよ。」
「ああ、分かっている。俺はコルテン=コラへ行くことを反対しちゃいない。しかし、やり方がまずい。ここからコルテン=コラまでは歩いて3時間はかかる距離だ。俺たちには少しばかりの軍用車と錆びた機関銃、家畜の馬くらいしか用意できるものはないんだぜ。」
「じゃあ、軍の救助を待てと。」
クーゼのその問いには冷ややかな鋭さがあった。
クーゼとハーディー。そして会話の傍らにいるシュアンや他の自警団、避難民達が皆思っていること。
そして考えたくないことに踏み込んだからだ。
「ハーディー。軍は俺たちを助けない。助けは来ない。」
一同には沈黙が流れた。
煙草の煙はくすぶり、灰を地面に落とした。
「通信です。我々の救助要請に応じた者が近づいています!」
シュアンは端末を見ながら叫んだ。
無線通信から人音のノイズをキャッチしたのだ。
「指向性ビーコン。旧陸軍の置き土産が役に立ったか。」
「軍が助けにきてくれた!俺たちは助かる。」
ハーディーは歓喜の声をあげた。
クーゼも、来訪者を出迎えるため、ゲートの外部連絡口へと向かうのだった。
♦︎
「ええと、君たちは全員で何人だ。」
「5人。」
鉄の鎧をまとった5人の戦士がそこにはいた。
指向性ビーコンに反応して、この自警団の地下シェルターに来たのは共和国の援軍や救助隊ではなく、たった5人の機動歩兵だった。
彼らは第13機動歩兵小隊。
最新鋭のパワードスーツを身につけた対アライエに特化した歩兵部隊。
「たった5人で戦えるわけがない。」
クーゼはぼそりとつぶやいた。
彼の言を機動歩兵隊長、レナータは見逃さなかった。
「そこの人、今なんと言った。」
周りには「まずい」オーラが流れた。クーゼは氷のようなレナータの目線を受け止めながら、なおも続けた。
「事実を言ったまでだよ。多勢に無勢ではどんな最新鋭の武器でも勝つことはできない。戦略は一個人の戦術的視点で覆るような甘いものじゃない。」
「それは共和国の軍事方針、ひいては国防省への冒涜ととっていいか。」
「構わないよ。」クーゼは冷ややかな視線にも臆さず、平然と言ってのけた。
レナータのそれは国家への忠誠に燃える目だ。クーゼは心の中で溜息をついた。
「名前を名乗れ。」
「まずいですよ。謝ってください、はやく!」
となりでシュアンがクーゼに耳打ちする。白銀の長髪をなびかせたレナータはさらにクーゼに氷の視線をぶつける。
「クーゼだ。俺の名前だ。」
「クーゼ、今クーゼと言ったな。」
レナータはそこで予想だにしない反応を見せた。
「ルーリン川の英雄。なぜここにいる。」
クーゼは答えなかった。すると、レナータは言葉を続けた。
「こんなところで何をしている。」
これにも答えなかった。
いや、答えられるわけがない。
彼は軍籍を降りる一歩手前にいる。
そして、自警団の中でそっと身を隠しているつもりだったのだから、ここで認めるわけにはいかない。自分が追放された軍人であることは。
しかし、レナータは容赦なく言葉を続ける。
「なぜ、戦わない。貴様は国家のために今こそ立ち上がるべきだ。戦うべきだ。」
「君には関係ない。」
咄嗟に出た言葉は、投げやりで冷静さのかけらもない否定の一言。
もはや覆すべき論理は持ち合わせていなかった。
「責務を放棄して逃げ出したのか!」
瞬間、レナータは拳を突き上げ、クーゼの頬めがけて鉄塊のごとき一発が繰り出された。
クーゼは一瞬無重力の感覚に襲われた。それと同時に口の中には気持ち悪い鉄の味がしたのだ。
「クーゼ少佐!」シュアンは倒れたクーゼに駆けよる。
レナータはクーゼを侮蔑の表情で見つめていた。
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