第1章:安津襲撃⑥
ほぼ考えなしに飛び出したことに気付いたのはハンドルを握ってから3分くらい街を走った後のことだ。
街はあのときの見る影もなく、火の海に溺れていた。
市場に並べられた焼豚や鳥肉はなくなり、代わりに死肉とこぼれ落ちた腑が一面に広がっていた。
ここの一帯は既に、アライエの行進によって踏み潰され、遮る者は全て肉片にされたのだ。
せせらぎに揺られた清流はなくなり、代わりに地獄に流れるような血の川があった。
路地裏ではしゃいだりボール遊びをする子供達の姿はなくなり、代わりに火の粉が遊ぶように舞っていた。
地獄を見た。地獄が完成していた。
火の粉をくぐり抜けた先にひときわ大きな建物の残骸が見えた。
駐屯地の電波塔だ。
ということは近くで州成立記念祭が行われていたに違いない。
そして、ハーディーはそこにいたはずだ。シュアンも。
がれきの中を進むためにランドカーから降りると、クーゼは火の粉を上着で振り払いながら走り出した。
ズボンのポケットの中には護身用の拳銃を携えているが、もし、あの宇宙生物が襲いかかったとき、拳銃などで勝ち目はないことは分かっていた。
それに、クーゼは射撃術はからっきしで、ここ数年間引き金を引いたことなどない。
火炎はみるみるひどくなっていく。
「クーゼ少佐なんですか。少佐ですよね。」
聞き慣れた声。1人の少女の声だった。
クーゼは声のほうを振り返ると、そこには呆然と立ち尽くしたシュアンがいた。顔は煤で黒く汚れていた。
「クーゼ少佐!」少女は火炎の中にいた。
「シュアン!今助ける。」
クーゼはシュアンの近くにあるがれきを取り除こうと走り出した。目の前に横たわる鉄骨の残骸を持ったそのとき、手指に灼熱の衝撃が走った。
炎に焼かれて今は数百度に達しているものもあるはずだ。
火傷をものともせずにクーゼは鉄骨を手でどかす。
しかしそのとき、反射的に自分の手足の動きは止まっていた。
思考もできなくなってしまっていた。クーゼは見た。
シュアンの後方にはひとつの大きな陰がのそのそと蠢いていたのだ。
クーゼには分かった。
それは地獄の合図。終わりの合図だった。
蠢く巨体は、捕食対象を探し出すや、大人1人をまるごと飲み込めるほどの大きな口を開き始めた。
侵略者の顔をクーゼはまじまじと見つめた。
「ガーラ型。」
ガーラとは古代宗教の神話で墓を掘り起こして死体の肉を食らう悪霊がいたとする伝説になぞらえた名前だ。
なんとも無駄に仰々しい名前であるが、それが一番分かりやすいから軍部では定着している呼称なのだ。
シュアンは自分の背後にガーラが忍び寄っていることに気づいた。
肩をふるわせ、声を上げることもできなくなっていた。
「少佐。助け、くだ。」シュアンは蛇に睨まれた蛙のようだった。
それから数刻して、クーゼの眼前には鮮血が吹き出した
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