第1章:安津襲撃④
「しかし、助かった。石を投げてくれたのは君か。」
「ああ。当たる自信はなかったんだけど。なんとかなってよかったよ。」
ハーディーは失神した暴漢を背負っている。
対してクーゼは倒れた保安官を。
2人は街の中心にある治安局へ向かっていた。
「にしても、この街の保安官は、喧嘩を一向に止めようとしない。ああもやる気がないのかい。」
ハーディーはクーゼの問いに驚いた。
あんなこと、この街では日常茶飯事だというのに。
「クーゼ。君はここ出身じゃないな。何しにここまで?」
「まあね。観光だよ。ここに来てからまだ1週間くらいなんだ。」
クーゼはやや俯きながら答えた。
「そうか。まあ、食べ物は旨いし、遊び場はいくらでもある。楽しんでいくと良い。でも、見ての通り。この街には秩序というものが欠けている。決まりごとを守れる奴はすくないし、学校での成績も悪いから党員や軍人の排出は全州で最下位だ。犯罪者もそれなりにいる。保安官だって他の都市とここまで大差があって給料が変わらないなら、やる気もなくなるってもんなんだよ。」
「ゴロツキの街。ガイドブックで見たことがあるけど、本当なんだね。」
クーゼは屈託なく答える。ハーディーは不意に笑みが溢れた。
「まあ、そうさ。嘘はつけない。だから、保安官は見て見ぬふりの奴らが多いし、暴力に対処できる力もない。」
「君は自警団と言ったが、それは?」
「ああ。聞いてたのか。保安官だけじゃ頼りにならないからな。俺の仲間で自警組織を作ったんだ。この街の状況だ。生活の安全は自分たちでどうにかするしかないだろ?」
「そうか。じゃあ、あの大砲は君たちのものなのか?」
クーゼは川の向こう岸にある黒い巨砲群に指を差した。
100門近くに及ぶ野戦砲が川岸の公園の芝生の上に、並べられている。
幾人かの黒服の男達が火薬の調整をしていた。
「あれは、安津州成立50周年記念祭の祝砲だ。俺たちのものじゃない。安津州管区がハッタリに使っているだけだよ。役人ってのは俺たちへの保障給を上げない代わりに、ああゆう骨董品の見栄っ張りに金をかける連中だからな。」
「ああ、全くどこにいっても変わらないな。政府のやることは。」
クーゼは無数に並べられた大砲を見つめながら、呆れた表情でうなづいた。
「その口ぶり。君もまさか政府の役人とか。」
クーゼはハーディーの問いかけに、しばし沈黙した。
「昔の話だ。辺境の事務方をしていただけだよ。」
「そうだったのか。もう秋だ。この時期に異動するなんて忙しい身分だな。まさか、ベルクフリートの管制官か。」
「まさかね。俺は軌道エレベーター配属になったことなんか一度もないさ。」
「そうだったか。つまりそれは。ようは、出世頭じゃない?」
「ああ、机に座っている仕事はつまらない。こちらから願い下げだ。」
「世捨て人みたいなセリフだな。」
「世捨て人も悪くないさ。」
クーゼとハーディーは互いの顔を見合わせて笑い合う。
「ようこそ、我が国。安津へ。君みたいな人にはきっと悪くないところだよ。」
川には商業用のボートが果物やら肉やらを運んでいる。夕日が川面に照らされて、船頭は眩しそうに手をかざしていた。
知り合った2人の男は、市場の近くにある庶民向けの酒場に立ち寄った。
降り注いだ斜光の一部はハーディーの持つビールグラスを黄金色に照らしていた。
「うまいぞ。都会じゃ本物の酒はそう簡単に飲めないと聞く。どうだ。」
ハーディーの誘いに乗り、クーゼは黄金色の液体を惜しみなく喉元に流し込んだ。
「この酒は税率4割か。やっぱり本物は高くつくね。」
「ああ、情けない話だ。軍は俺たちに金と物資を強く要求するくせに俺たちに何の分け前も与えようとしない。」
「中央軍制のなせる技だな。結局、彼らが守りたいのは塔の維持と中央政府からの信頼だろ。だから、塔への巨額の投資が何よりも優先される。」
「そのとおりだ。クーゼ。君は軍政にも見識が深いな。」
クーゼは何かに気づいた。
「だからこそ、ハーディー。君は自らが街を守る自警団を組織しているんだね。」
「俺たちは必要とされているんだよ。さっきの悪党だって、俺が殴らなければ好き放題していた。」
「じゃあ。アライエが来たら、そのときはどうする。」
クーゼは氷のような問いをハーディーにぶつけた。
当のハーディー本人もその言葉だけは意気揚々と答えることはなかった。
アライエ、それは犯罪者とは訳が違う。
「クーゼ。俺自身、できることとできないことの分別はあるつもりだ。全力をかけて避難を優先させるさ。」
「正しいよ、ハーディー。そのとき、君は自分が生きることだけを考えて行動するんだ。」
クーゼは遠くにそびえ立つ、安津州の管理塔(シンボル)を見据えた。
その塔は、コルテン=コラと名付けられた。
宇宙へとつながる軌道エレベータにして、安津州の政治・軍事の中枢施設。
「知り合いにいないのか。宇宙軍に配属された奴とか。」
「いないし知らないよ。秘密主義が宇宙軍の鉄則だからね。」
「だが、奴らが有用な情報を開示してくれないと、俺たちはいつまでもあの宇宙人に負け続けることになる。いつまでもトムが浮かばれない。」
「トムって。」クーゼは聞いた。
ハーディーは口を滑らしたと言わんばかりの決まりの悪い表情を浮かべた。
黄金のビールをもう一回口に含ませると、ハーディーは思い切った表情でさらに話し続けた。
「そうだな。お前になら言ってもいいだろう。トムは俺の息子だ。半年前のベルクフリート奪還作戦に派遣された。」
その言葉にクーゼは咄嗟に強張った。
ベルクフリートはこことは別の場所にあった軌道エレベータ。
最初の被侵略区域だ。
つまり、アライエは地球に降下後、そこを侵略した。
そして、先のベルクフリート奪還作戦。
これには多くの若者が戦場へ駆り出された。
兵員不足の解消、大祖国戦争の士気高揚がお偉い方の謳い文句だった。
結果はひどいものだ。
あの戦いでは指揮官の失策により、多くの若者が戦死した。
ハーディーの口ぶりからして、彼の息子も同じ末路を辿ったのだろう。
「別に、軍人を志したのはトム自身だ。覚悟はしていたさ。」
「すまなかった。ハーディー。」
クーゼは視線を落とし、弱々しく答える。
「気にするな、クーゼ。何もお前のせいじゃない。お前が役人であったことがあるにせよ、息子の件はお前には関係ないだろ。」
暗がりを見せたクーゼの顔は晴れることはなかった。
「そうじゃない、クーゼ。俺がしたいのは息子の感傷にひたることじゃない。俺は行動を起こそうと思う。トムのために。」
「行動?何をするんだ。」
「明日の成立記念祭の会場で、俺たち自警団は国家徴用令反対を掲げるデモを起こすことにした。」
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