第1章:安津襲撃③

 15時間前のこと。


 「いい加減。嘘をついていると認めたらどうだ。」

 男は荒々しくそう言った。


 「言いがかりはよせ。俺は嘘など。」


 「てめえは、2人の家族がいると言った。妻と息子だ。そして、今こうして3人分の食料の配給食を得ようとしているが、お前は嘘をついている。息子の出生届なんか出ていないことは知っているんだぞ。」

 配給所の行列の中で男の怒号が響いていた。


 「何を言うかね。僕の息子はれっきとした共和国民だよ。」

 「嘘言え。出生届がなけりゃお前の息子はいないも同然だ。居ない人間のためにあてがう食料なんか、今の世の中にはないんだよ。」


 怒声を浴びせられた中年の男はいらついて頭を搔き、配給所を警備していた保安官に目配せした。

 保安官は事態を無視し、何事もないように事務的に先列の配給を進めた。

 役人はどうせ問題を見て見ぬ振りする役立たずだ。

 因縁をつけられた男は保安官を見て舌打ちする。

 そのとき、荒だった男が声を上げた。


 「保安官!聞いてくれ保安官!」怒り狂った男は保安官に詰め寄る。


 「こいつは政府に虚偽の申告をしている。こいつに子供はいないはずだ。調べてくれ。」

 保安官は煩わしそうな表情を浮かべながら、携帯端末で男の生体認証を始めた。


 「はい、今調べました。この方はニクソン・ブランクトンさんですね。彼のご子息は国家徴用の対象となっています。宇宙軍の先鋭部隊に派遣されています。つまり、我々のAAI(自律型統治機構)が認めた、れっきとした共和国民ですよ。」


 男は目を丸くして憤慨した。

 「嘘だ!そんなのおかしい。こいつは今まで息子の正体をかくして、税金を逃れてきたんだ。俺は知っている。なんでこんな奴が得をして俺は。」


 男が言いかけたそのとき、対する中年の男は勝ち誇ったかのような目をしていた。


 「明日なんだ。」暴漢に対して、男は言葉を続ける。

 「俺の息子は名誉ある宇宙軍に入って大祖国戦争に派遣される。モニュメントの駐留軍だ。お前のごろつき息子はどうだ。え?お前に保証債務を送りつけてから一向に帰ってこないらしいな。他人をひがむ暇があったら、労働して借金を払いたまえ。」


 「てっめえ!!殺してやる!!」

 瞬間的に男は憤慨し、中年男を殴りつけた。

 それからは、血肉をぶつけ合う乱闘が始まった。

 配給所の脇で拳をぶつけ合っているが、保安官はそれを見ても制止に入ろうとはしない。

 むしろ平然と配給券を確認する事務的所作を続けている。


 配給所に並ぶ人々は戦々恐々と男の喧嘩の成り行きを見つめているが、誰も手を出そうとはしない。

 返り討ちにされたり巻き込まれたりするのが怖いのだ。


 「お前も同罪だ。見てるだけの能なし。この税金泥棒め。」

 憤慨した男は保安官をも殴りつけた。

 たちまち配給所は混沌と化し、人々は悲鳴をあげるもの、蜘蛛の子を散らすように人々は逃げ出した。


 「おい。そこらへんにしないか。」

 するとそこに、1人の男が勇敢にも割って入った。

 

 憤慨した暴漢は割って入った新顔を睨み付けると軽く舌打ちした。

 見知った顔の男だ。


 「ちっ。自警団のハーディーじゃねえか。お前らが仕事をさぼっているおかげで、不法な輩がのさばってやがるぜ。」

 「不法はどっちだ。その男に罪はないだろ。」

 ハーディーと呼ばれたその男は臆せずに暴漢と向き合う。


 「なあ、ハーディー。いくらお前さんであっても、俺が誰なのか分かってるよな?」


 「ああ、分かるさ。お前はいずれムショにぶち込まれるクソ野郎だよ。」


 瞬間。

 暴漢の鼻に一発の拳がたたき込まれた。ハーディーの素早い一撃が炸裂する。

 

 観衆が円を作るようにハーディーと暴漢とを囲んだ。

 暴漢は鼻を両手で押さえると、両手からは溢れるように、血がこぼれ落ちていた。


 「いってえええ!てっめえ。ハーディー、ただじゃおかねえ。」


 暴漢は身につけたジャージのポケットから20cm程度の刃渡りのナイフを取り出した。

 それを見たハーディーはため息を漏らす。

 「ほんとうにムショに入りたいようだな。かかってこい。」


 暴漢は挑発に乗ると、猪のようにハーディーに向かって体当たりした。

 ハーディーは男のナイフを持つ右手をつかむと、柔術によって動きを封じようと試みる。

 暴漢は負けじと身をよじる。

 どうやら、単純な腕力では暴漢に分があるようだ。

 男はハーディーの搦め手を力任せにふりほどくと、左拳で腹部を殴りつけた。


 形勢は暴漢に傾いたかに見えた。

 そのとき、暴漢が動きを止めた。

 1つの石つぶてが暴漢の額めがけて命中したのだ。


 「痛っ!!。」

 男は瞬間的に額を抑え、ひるんだ。

 瞬間のチャンスをハーディーは見逃さなかった。

 暴漢のあごと首筋に打撃を加え、軽い失神状態に陥らせたあと、右手につかんでいたナイフを手刀で落とし、暴漢の身体を地面に打ちつけた。


 「くずめ。治安局に送りつけてやる。」

 ハーディーは辺りを見回す。

 円形になった観衆達は、ことの顛末を見届けると、離散していった。

 残るは、暴漢の一撃で失神しているニクソンと保安官1人。

 どうやら、治安局の後には病院へ行った方がよさそうだ。


 「手伝うよ。いいかな。」

 すると、ハーディーの傍らより、1人の男が声をかける。


 「これは助かる。ありがとう。君は?」

 その男は徐に、ニクソンと保安官に寄り添い、呼吸のありかを確かめていた。 

 ハーディーよりも少し若い、なんというか飄々とした風貌の青年だった。


 髪色は黒で少し伸ばしており、ハーディーの切り揃えた短髪とは対照的だ。街では見慣れない顔。観光客だろうか。


 「俺はクーゼ。よろしく。」男はそう名乗った。

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