食事

「情けないわ……」


 映画が終わり、目が覚めた志乃さんは酷く落ち込んでいた。


「まぁまぁ、誰だって苦手なものはありますよ」

「三十二にもなって、映画で号泣して気を失うなんて……」


 まぁ、見る前は平気そうでしたからね。

 実際は散々なご様子だったけど。


「ごめんなさいね……映画楽しめなかったでしょ」

「いえ、俺は楽しめましたよ。普段見えない志乃さんの姿も見れましたし」

「……いじわる」


 ぷいっと顔を背ける。

 拗ねた姿もかわいいなぁ。

 だけどこれ以上いじると、本気で無視されそうだからやめとこう。


「さ、いい時間ですし、お昼食べましょう」

「……えぇ」


 不機嫌な志乃さんと共に、お昼ご飯を食べに向かった。



「……和食?」

「はい。志乃さんって何を食べるか分からなかったので、無難に」


 ショッピングモール内のフードコート。

 数ある店の中にある和定食屋の前に俺たちはいる。


「私は好き嫌いあまりないから……けど、ここの雰囲気は好き」

「よかった……俺も完全に雰囲気で選んでたので」


 よく見るアニメや漫画のデート時の食事はマ〇ク等のイメージが強い。

 だけど今日は大人な志乃さん相手。マ〇クでも美味しいと言ってくれるけど、もう少ししっかりとした店がいいと思った。


「ふふ、楽しみね」

「はい」


 のれんのかかった引き戸を開け、俺たちは店の中へと入った。



「おまたせしました」

「おぉ……」

「わぁ……」


 二品の料理が机に置かれた。


 一品目はヒレカツ定食。俺が頼んだ料理だ。

 二品目はサバ味噌定食。こっちは志乃さんが頼んだ。

 

 どちらも美味しそう。


「「いただきます」」


 手を合わせ、早速俺が頼んだ定食を食べる。

 

「美味しい……」


 衣はサクサクで中はジューシー。

 味ももちろんだが、肉が柔らかくて食べやすい。


「志乃さんのはどうですか?」

「えぇ、とても美味しいわ」


 よかった。志乃さんも喜んでくれた。

 デートでの食事とかよくわからないから安心した。

 しかし、サバ味噌も美味しそうだなぁ。 


「食べてみる?」

「いいんですか?」

「えぇ、も、もちろ、ん……よ」

「?」


 何故、顔が赤いのだろう。

 サバ味噌が熱かったとか?

 なんて、ベタな冗談を考えていたが


「あ、あーんって知ってる……?」

「!?」


 ベタなシチュエーションがやってきた。


「えと、はい……」

「いい、かしら……」

「……どうぞ」


 どうぞってなんだ。えらそうじゃないか。

 急なアプローチに混乱している。


「じゃあ……あ、あーん」


 箸に掴まれたサバ味噌の一部。

 それが顔を赤く染めた志乃さんの手により、俺の口元へと運ばれてくる。


「あ、あーん……」 


 志乃さんに答えるよう、箸に掴まれたサバ味噌を食べる。


「……」

「ど、どう? 美味しい?」

「美味しい……です」


 正直味なんてわかっていない。

 あーんをされた衝撃が強すぎて。

 でも、こういう恋人らしい事をするのも幸せだな。


「わ、私も……優馬くんの食べたいわ」

「!?」


 今度は俺から!?

 そうだよな。志乃さんのを食べたんだから、今度は俺の番だ。

 俺はヒレカツを一口サイズにし、そのまま箸で掴んで志乃さんの方へと運んだ。


「志乃さん、あーん……」


 やばい。やる方も滅茶苦茶恥ずかしい。

 箸も震えてるし、今どんな顔をしているかわからない。


「あーん……美味しい」

「……味分かります?」

「……わからないわよ」


 結局志乃さんも同じだった。

 あーんされた事にドキドキしている。

 言葉こそいつも通りだが、表情が凄く恥ずかしそうだった。


「……あ」


 この時、俺は余計な事に気づいてしまった。

 

「どう、したの?」

「いや、その」

「……何か変な事考えたでしょ。言って」


 更に墓穴を掘る。こんな空気で言うのは恥ずかしいのだが、志乃さんに気づかれてしまった。

 仕方ない……


「えと、さっき自分の箸であーんしてたじゃないですか」

「えぇ」

「もしかして、間接キスでは……」

「っ!!」


 手で顔を隠し、更に顔を赤らめる志乃さん。

 ほんと余計な事を考えてすみません。


「……ばか」

「……はい」


 初々しい空気にお互い緊張してしまう。

 そして俺達は、そんな空気を紛らわすかのようにお互い無言で食べ続けた。

 ちなみに味は……あんまり覚えていない。

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