意外と乙女

「はい、授業はここまで」


 翌日、四限目は篠宮先生の授業だった。


「あー……今日もマジ難しかったー」

「だよなー、篠宮って絶対俺たちを落そうとしてるって」

「それな! おまけに無愛想だし嫌いだわー」


 そこまで言わなくても。先生が大好きな俺は少し複雑だ。

 先生の授業は内容が難しく、評判が悪い。

 一応ちゃんと勉強をすれば解けるのだが……


「篠宮先生」

「真島くん、またわからない所でもあった?」

「はい……プリント二枚目のここなんですけど……」

「あぁ……これは今までと解き方が少し違うから、放課後教えてあげる」 

「ありがとうございます」


 一応、学校では先生と生徒の関係。

 連絡先こそ交換しているものの学校ではやり取りしない。

 お互いに決めたルールだ。


「さて、今日のプリントを集めて……」


 と、先生が一枚のプリントを落とした。


「おっと……」


 それに反応し、俺は手を伸ばしたのだが……

 どうやら先生も同じタイミングで手を伸ばしていたようで。


「「あっ……」」


 プリントを掴んだ瞬間、俺と先生の手が重なってしまった。


「す、すみません」

「いえ、大丈夫よ。ありがとう」


 ふとした瞬間に思わずドキっとしてしまう。

 先生の手、柔らかかったな……


「さて、次の授業に行くから……またね」


 手が重なっただけで俺はドギマギしちゃうのに、先生はいつもと変わらずクールなまま。

 流石は大人、多少の事では動じないなぁ。


「あ、はい……ありがとうございま……」


 と、感心していたら。


(先生の耳、赤い……?)


 後ろを向いた瞬間、目に入ったほんのり赤みがかった耳。


「あの、先生……」

「はい……?」

「あ……」


 俺の声に反応し振り向いた先生の顔は……耳と同じくらい赤く染まっていた。


「私……」

「……?」

「意外と純粋なのよ……」

「っ……!!」 

 

 そう言い残すと、篠宮先生は足早に去っていった。

 俺は知ってしまった、先生の乙女な一面を。

 クールで大人なアラサーが見せた、意外なギャップを。

 そんな先生の姿に俺まで顔を熱くしてしまい、放課後まで頭から離れなかった。



「……さっきの事、まだ覚えてる?」


 放課後の勉強中、四限目の出来事を先生に聞かれた。


「えっ!! はい……」

「そう……若い子みたいに照れちゃって、恥ずかしかったわ」


 うつむきながら顔を赤らめた先生。


「えと、かわいかったですよ……」

「……ばか」


 何だこの生き物、可愛すぎないか。

 ぷくーと頬を膨らませてるし、先生にこんな一面があったなんて。


「さて、勉強も終わりね……これからどうする?」

「えっ、どうするって……」

「明日から休日だし……また家に来ない?」

「……い、いきます!!」


 わーい、また先生といられる!!

 今日も陽太に散々な目に合わされたけど、先生との時間のおかげで幸せでいられる。

 嬉しい。

 

「……かわいい」

「へ?」

「ううん、なんでもないわ。さ、行きましょ」


 何かボソッとつぶやいたようだが、俺には聞こえなかった。首を傾げながら俺と先生は教室を後にするのだった。



「さて、料理でもしようかしら」


 再び来た先生の家。

 ちょうど夕飯時の時間に先生は呟く。


「え、先生って料理出来るんですか」

「最低限ね……時間がある時にしかやらないわ」


 まさか先生の手料理が食べられるなんて!!

 やっぱり先生の家に来てよかったぁ。


「……ねえ、真島くん」

「はい?」

「学校以外では、下の名前で呼ばない?」

「えっ」


 先生からの提案に俺はドキッとする。


「どこでも先生っていうのはね……私たち恋人同士なんだから」

「ええと、はい……そうですね」

「後、先生も禁止」

「っ!!」


 先生と呼んじゃいけない?

 えーと、つまりそれは……篠宮先生の事を名前で? なんて呼ぼう……流石に歳上なんだから敬意を持って、


「志乃……さん」

「……っ」


 いきなり下の名前。流石に歳上を呼び捨てだなんて俺には無理だから

 さん、を付けた。


「なに……優馬くん」

「っ!!」

 

 顔を赤らめながら先せ……志乃さんも答える。


「もうアラサーよ……こんな事に照れちゃうなんて」


 顔を手で隠し、俺の方から顔を背ける志乃さん。

 か、かわいい……

 提案したのは志乃さんなのに、実際には一番恥ずかしがっている。


「もっと顔が見たいです……志乃さん」

「やだ」


 自分の倍は生きている彼女の初々しい姿に、俺は愛しさを感じた。


「何でですか」

「大人の女性としての意地」

「そういう所も可愛くて好きです」

「……優馬くんっていじわるなのね」


 ポコッと肩を叩かれる。

 志乃さんにもプライドがあるらしい。

 学校では見られない彼女の姿に俺はより惹かれていくのだった。


「いじわるな子には料理食べさせないわ……」

「やめてください食べたいです」

「嘘よ……ありがとう」

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