先生の家

「ここよ」


 篠宮先生の車に乗ること二十分。

 目の前には、マンションがあった。

 どうやら先生の家に着いたらしい。


「さ、あがって」

「おじゃま……しまーす」


 白いマンションの三階、ここが篠宮先生の家か。

 まさか先生の家に行けるなんて……緊張するなぁ。


「……特に何もないでしょう?」

「うぇぇ!? いや……その」

「気を使わせたわね……」

「そんな!! そんなことはないですよ」


 先生の家の中はシンプルなものだった。

 必要なものだけあり、飾りや小物も最低限しかない。

 女子らしいもので溢れてたらどうしよう……

 と、身構えていたが、これなら結構落ち着くなぁ。


「はい、お茶」

「ありがとうございます……」


 座布団の上に座り、コップに注がれたお茶を飲む。


 ……実感があまりわかない。 

 当たり前のように客として扱われているが、相手は憧れの先生。 

 しかも、恋人の関係にまでなった。

 何をどうしたらこうなるのやら……


「それで……なんで告白しようと思ったの?」

「え? それは先生が好きで……」

「何か、隠してない?」

「……!!」


 言うべきなのだろうか。

 先生に言うには、あまりにデリケートな問題だと思う。

 それに俺自身も困惑している。

 全て終わらせて死ぬつもりだったのに、新しくお付き合いが始まったのだから。


「今日、私に勉強をお願いした時、様子がおかしかった……」

「……」

「どこか寂しげというか、何かを悟ったような顔……少し怖かった」

「それは……」

「教えてほしいわ……解決できるかわからないけど、真島くんの悩みを聞きたい」


 優しい……この人は何故こんなにも優しいのだろうか。

 いじめられて絶望してた俺にも優しく手を伸ばしてくれる。

 

「先生として……彼女として……」


 こんな素敵な人が、俺の彼女になったなんて。


「実は……俺、自殺しようと思ってたんです」

「え……」


 先生に安心感を覚えた俺は、全ての経緯を話した。



「ごめんなさい……」

「いえ!! 先生が謝ることでは……」

「真島くんが追い詰められてると知っていながら……私は助けることが出来なかった」


 全てを聞いた後、先生は俺に深く頭を下げた。

 そんな事をさせたくて、俺は話したわけじゃない。

 俺は無理やり先生の頭を上げさせ、続きを話す。


「相手が悪いんです……陽太は絶対なので」

「実はね……校長先生に何度も話したの」

「え?」

「そうしたら……三年間、誰か一人が苦しむだけで我々は安泰だ、余計なことはするな、って……」

「……」


 私立高校であるウチは、朝日家から莫大な資金を得ることで設備を最新の物にする事ができている。おまけに授業のレベルも高く、毎年何人も有名大学への合格者を出している程だ。

 そんな恩恵を与えている朝日家の息子を無下に扱うことなど、教員陣にはいない。


「うっ……ぐす……」

「!?」


 突然、涙を流し始める先生に慌てる俺。


「ごめん、なさいね……泣きたいのは真島くんなのに……」


 昔はいっぱい泣いていたが、最近では泣かなくなった。

 精神が壊れかけてたからだろうか。

 けど、今は先生に泣いてほしくない。


「いいんです……」

「真島くん……」

「俺は篠宮先生に好かれて、こうして心配してくれるだけで、もう……」

「……真島くんってあまり欲がないの?」

「欲はありますよ? なかったら告白なんてしていません」

「そうね……」


 自暴自棄な告白だったとはいえ、先生への思いは本物だ。

 そこに偽りは無い。


「真島くん」

「はい……!?」

「……女性に抱きしめられるのは初めて?」

「ええと、はい……」

「そう……私も異性とは初めてなの」


 甘い香りとほどよい柔らかさが俺を包み込む。

 篠宮先生はこう見えてスタイルがいい。

 だから、その……それなりに膨らんだ果実も俺の身体に当たっているわけで……

 幸せだけど恥ずかしい。


「これだけ約束してほしい」

「……はい」

「難しいことかも知れないけど……自殺なんてしないで」

「わかりました……」


 散々な高校生活だったが、その先に得られたものも大きかったようだ。

 今の俺の心に、死のうという思いは浮かばなかった。

 そこには篠宮先生という新しい幸せがいたのだから。


「私とこの家が真島くんの新しい居場所よ……何かあったらいつでも来て」

 

 そう言いながら、篠宮先生は俺のポケットに合鍵らしきものを入れた。

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