死ぬ前に告白を

「篠宮先生」

「……何かしら?」


 足早に職員室へ向かうと、彼女はいた。


 篠宮志乃。綺麗な黒髪ロングヘアーを後ろで束ねた、美人メガネ教師。

 しかし生徒からの人気はあまりない。


 アラサーだからか

 授業内容が難しいからか、

 彼女が積極的に生徒と交流しないからかわからないが、


 謎だ。


「またわからない所があるので……空き教室で教えてほしいです」

「いいわ……放課後、待っています」

「ありがとうございます!」


 流石に告白するから来て! なんて言えない。

 俺はいつもの勉強を口実に使うことにした。


 ……何故だろう。死ぬ前だって言うのに楽しい。

 まあ、そんな楽しい時間も振られてすぐ終わるけどな!

 さてと、放課後まで頑張って耐えるか。


「……真島くん?」



「で、ここは前に習った公式を使えばいいの。忘れかけてると思うけど、こう使えるから覚えて」

「なるほど……」


 放課後、俺は篠宮先生に数学を教えてもらっていた。

 俺はこの時間が好きだ……陽太達がいない、篠宮先生と落ち着いて二人きりで勉強ができる。

 先生としての仕事をしているだけなのはわかっている。

 だが、学校で味方がいない俺にとって、篠宮先生との時間は唯一の癒しだった。


「流石、真島くんは理解が早いわね」

「先生のおかげですよ。この前の試験も学年トップになれるか不安でしたし」

「苦手な強化に意欲的に取り組めるのはいい事よ……頑張っているわね」

「ありがとうございます……」


 頑張って結果を出した分だけ、先生は褒めてくれる。

 凄く嬉しい。


「さて、短いけどこんな所かしら……また何かあれば……」

「先生……話があります」

「真島くん……?」


 だけど、そんな幸せな時間も今日で終わる。


「篠宮先生が教えてくださったおかげで、俺は数学が出来るようになりました」


 初めは勉強だけは負けたくない、と思ったから。


「それは俺自身の頑張りだけじゃなくて、篠宮先生がいたからです」


 その過程で篠宮先生に頼り、苦手教科も克服することが出来た。


「篠宮先生の教え方もそうですし、何より篠宮先生が結果を出した俺を褒めてくれるのが嬉しかった」


 だけど篠宮先生といることで……俺自身が先生を好きになっていたのも事実。


「俺は……」


 だから


「先生のことが好きです、付き合ってください」


 この告白を人生最後の記憶にしよう。


「……」


 うつむいたまま、固まる先生。

 そりゃそうだよな。教え子から告白されたら困惑するに決まっている。

 きっと今は、どう断れば傷つかないか考えているだろう。


「私……」


 あぁ、これで終わりだ。

 目をつぶり、断りの言葉を覚悟していたのだが


「私で……いいの?」

「え?」


 思っていた答えと違う。


「知っていると思うけど、私は三十二歳のアラサー……おばさんと言われても仕方ない年よ」

「ええ、はい……」


 なんだろう。完全に断られる気でいたのに……どうしよう。


「同年代に若くて気が合う子もいる筈……私なんて女性としての旬をすぎてるわ」


 あぁ、そうか!

 これは自分を盾にして断ろうとしている。

 俺を傷つけない為に、新しい出会いがあるよと導いているのか。

 だが、これから死のうとしている俺には関係ない。

 同年代の女子は俺をいじめるか無視するだけだし興味無い。

 こうなったら、俺の思いを全てぶちまけてから終わりにしよう。


「……先生だからいいんです」

「え?」

「年が何だっていうんですか。俺からすればとても綺麗なお姉さんにしか見えませんよ!」

「真島……くん?」

「他にも真面目に勉強を教えてくださる姿とか、俺がいい成績を取った時に微笑みながら褒めてくださる所とか……」

「……」


 語りだすと止まらない。

 死ぬ前だからかこんな恥ずかしい事もスラスラ言えてしまう。


「そんな先生が!! 俺は!! 世界で一番大好きなんですっ!!」


 教室内に響く程の声で俺は篠宮先生への愛を叫んだ。


「……すみません、叫んでしまって」

「いえ、あなたの思いは伝わったわ」

「そうですか……」


 これで本当の終わり。

 スッキリしたな……今までロクな人生じゃなかった。

 最後にこんな清々しい気持ちで終われるなんて幸せ……


「いいわ……」

「え?」


 だと思っていたのに。


「お付き合い、しましょう?」

「えぇぇ!?」


 予想もしていなかった答えが返ってきた。


「? 何故驚くの?」

「いや、その……えええ?」


 俺の告白を受け入れたってこと?

 なんで? なんでぇ?


「確かに年も離れてるし、私たちは生徒と先生の関係よ」

「はい……」

「でも……」


 急に近づいてくる篠宮先生に俺はドキドキする。


「真島くんとなら……いいと思ったの」


 吐息混じりの甘い声。

 それは、俺の身体中を固めてしまうのに十分すぎる威力だった。

 え、夢ですか? 

 俺の妄想が強すぎて現実で幻覚を起こしてしまった的な……

 未だに、これが現実だと俺は受け入れられない。


「もうこんな時間ね……真島くん」

「は、はい?」

「私の家で、勉強の続きしない?」

「!?」


 もう教える事なんてないのに。

 そう思いつつも、俺は言葉に出さなかった。

 大好きな先生と付き合えて、家にお邪魔することになるなんて。 

 刺激的な出来事の連続に、俺は自殺の事をすっかり忘れてしまっていた。

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