お前のための可愛いじゃねぇ!
木曜日御前
第1話 似合う服好きな服
「ねぇ、琴子はなんで、自分の好きな服着ないの? もっと可愛い服好きだったよね?」
外苑前のお洒落なカフェにある二人掛けのテラス席、一人の女が声高らかにそう言い放つ。
そして、それを言い放たれたもう一人の女性である
「そうね、でも、私は自分が似合うものが好きなのよ。可愛い服は、私が着てもねぇ……」
思ったよりも琴子の冷静な言葉に、声高らかに主張したもう一人の女性である
その顔を見た琴子は、心の中で吐き出す。
(ヒトのそれが好きだって言ってるもんに、にちゃちゃ入れんじゃねぇよ、めんどくせぇ)
どれだけこの言葉を、この眼の前にいる女にぶつけられたら幸せなのだろうかと思いつつ、コーヒーをまた一口飲み込む。
やはり、このカフェ、外観だけはいいが、コーヒーの味は正直好きではない。でも、優花がここでお茶したいと言ったから付き合ってるだけだ。優花の手元には、マロウブルーのハーブティーが美しい青を醸し出していた。
琴子の今日の服装は、美しい薄青のマーブルシアートップスに、丈長めの黒ベストと大好きなブランドの黒いドロップパンツ。それにきれいめのショートブーツを合わせて、アクセサリーは金色のシンプルかつ不思議な形のでまとめる。
全て自分に似合っているし、他人からもよく褒められるチョイスだ。
自分のメリハリのある体つきに、少しクールさのある薄い顔に似合う服は、モードカジュアルな服装だと確信している。
大学時代は、仲が良かったこの二人。しかし、卒業からもう既に7年経っている。アラサーとなった彼女は、すでに別の道を歩んでおり、価値観が変わっても仕方ないというのは琴子も理解していた。
「ええ、でもさ、自分の好きとは違くない?」
だからこそ、そのことを理解せずズカズカと踏み込み、噛み付いてくるかつての友人に腹が立ってしまう。
「でも、好きなの。自分にちゃんと似合うものがね。それのどこが悪いの?」
あの頃から、優花は「好きなものを着る」を正義にしていた。ロリータ、今で言う地雷系、量産系の服、可愛い服がよく似合ってる女の子だった。華奢で、可愛くて、丸っこい小顔で、目が大きくて、パステルピンクがよく似合う。そして、彼氏に大事にされる優花の姿は、琴子にとっては自分にないものだらけだった。正直、当時はとても羨ましかった。
なにせ、あの頃の女子大生は流行りの服装が似合うのが正義、似合わない女はダサいとされてしまっていたから。どうかんがえても、可愛くて華奢で清楚な服、シフォンであったり、やわらかなピンクのツイードであったり、そういう可愛い量産系の服は、琴子にとっては正直鬼門なのに。
しかし、優花は今も若い子たちが着てそうな地雷系と量産系を複合させたような柔らかなピンクの可愛い服を着ており、肩や胸元が大胆に開いている。街に歩いたら同じ服の子たちに十分に一回は会えるだろう。それくらいには、量産系の服を着こなしている。
「それの判断って、結局他人の価値観じゃん」
そんな彼女から出てきたこの意見に、琴子はもうこのカフェには来れないだろうと思いつつ、口を開いた。
「好きなものを、他人の価値観で決めるって何?」
他人の価値観。琴子の右眉尻が、ピクリと動いた。しかし、優花はそんな些細な挙動に気づくことはなかった。
「だって、私SNSで見たよ。琴子ちゃん、パーソナルカラーとか、骨格とか、なんかそういうのプロで受けてきたって! だから、それってプロが決めたかわいいってやつでしょ。そんなのおかしいよ、自分が可愛いものを似合わせるのが正義なの。いい、かわいいは自分のためじゃなくちゃいけ……」
「何言ってんだ、お前?」
その些細な変化に気づいていれば、琴子の逆鱗に触れることもなかっただろう。
しかし、既に琴子の口元は美しい微笑みを作っていた。しかし、その目は感情を感じさせない。
「優花さ、ゲームする時は攻略法見ない人?」
「え? 何言ってるの……?」
「わかんない? じゃあ、就活するときに学校でも就活支援サービスとか使わなかった?」
「いや、使うけど……」
矢継ぎ早に琴子から言葉攻めに合う優花は、困ったように目を彷徨わせた後、呟くように答えた。それを受けた琴子は、次の言葉を放つ。
「なんで、使うの?」
「……そりゃ、長年のノウハウがあったりするから」
「そうだよね、プロってノウハウあるよね」
引き出したかった言葉への誘導にハマった優花は、琴子の返答にむっと顔を強く顰めた。だからといって、乗っかった舌戦にみすみす降りることは少しも納得していない優花にはできない。
「そうだね……でも、プロが可愛いって言ってるものを鵜呑みにするのはおかしいよ」
振り絞られた言葉のカウンターパンチ。
「じゃあ、聞くけど、私変な格好してるか?」
しかし、それはひょいと無惨に躱される。
優花は琴子の躱しに、思わず服装を凝視しながら静かに黙り込んだ。何故なら琴子の服装は今季トレンド抑えた上で、年相応に落ち着きもありつつ、アクセサリーやインナーなどでしっかりと個性を出しているからだ。
お洒落な人であろう。
「……してないけど。でも、琴子は可愛い服好きだったよね。ロリータも、ゴシックも、姫ギャルも、好きで一緒にやったよね」
「でも、今のが似合ってるでしょ? 実は、私、おしゃれが楽しいと思ったの、大人になってからなの。なんでかわかる?」
「お金が、あるから?」
その問いも、たしかにそうだ。けど、琴子にとってはそういうことではなかった。
「違うよ、何を着ても許される時代が来たからだよ」
そう、許される。自分にも、他人にも、何を着ていても許される時代。
優花の言う通り琴子は、その昔彼女と一緒にロリータ服を着用していた時代があった。
原宿を歩けばロリータさんが闊歩していた時代だ。なんならば、渋谷・原宿には流行りじゃないダサい服で行くのは気が引けるようなそんな時代があった。
優花はピンクでふりふりのいちご模様が美しいピンクロリータ。それに対して自分は色味の落ち着いた黄緑色のクラッシックロリータ。ウイッグもヘッドドレスもパニエもドロワーズも靴も鞄も。
どうにか頑張ってバイトしたお金を使って、用意した服。メイクも研究して、つけまつげを頑張ってカスタムもした。
「早く、琴子とロリータで原宿に行きたいよ!」
その時、優花は私よりも先にロリータデビューをしており、雑誌にたまに掲載されるほど着こなしていた。彼女のアドバイを受けながら、自分も準備していたのだから問題なかったはずだ。
けど、それを着て二人で歩いた時に不意に映ったショーウインドウの自分を見て気づいた。
(あ、似合ってない)
頑張ったのは伝わる。ロリータとして、不足はない。でも、素体と服がマッチしていない。
そんなことが、一度や二度ではないのだ。
カンカン帽が流行った時も、森ガールが流行った時も、デコラが流行った時も、ミモレ丈のきれいめな服が流行った時も。
流行りの服も見る分には好きだった。
でも、買って着て、外に出歩いた時に不意に映ったショーウインドウのガラスを見て気づく。
私は、この服が似合ってない。
私は、この服に着られている。
私は、服に嫌われている。
私は、流行りに乗れないダサい女だ。
何度だって頭の中でリフレインしたその言葉たちは、琴子がお洒落をしたくなくなるよう仕向けてきたと思う。また一つ着られない服が増えるたび、その服を年末に捨てるときの罪悪感は琴子を苦しめた。
そんな琴子を救ったのは、まさかの母親だった。
「あんたに似合いそうだと思って」
渡された服は、幾何学模様がお洒落な白シャツ、美しく鮮やかな緑のタック入りスラックス。今まで着てこなかったモード系の服装だ。
思えば、今年はこういう個性的な服がトレンドだったはず、遠のいていたお洒落に久々に足が向いた瞬間だった。
琴子の母親は、服が好きな人だった。
ほっこりかわいい服がよく似合う母親は、昔は小さい琴子にも同じような服を着せていた。しかし、絶妙に似合う時と、似合わない時があり、正直母親チョイスは信頼してなかった。
しかし、その服を着た時、人生で初めてと言っていいほど、しっくりきたのだ。
同じ流行りでも、こんなにも違うなんて。
その時、初めて自分が似合う服って何だろうと琴子の中で生まれた疑問は、SNSで思わぬ形で解消されていくことになる。
「パーソナルカラー」
初めて知った単語だった。
自分に似合う色をプロが診断してくれるものらしい。自分に似合うものがわかるかもしれない、そう思って飛び込んだパーソナル診断の世界。
そこには、沢山の人を研究した結果による様々な回答が用意されている。なによりも、様々なアドバイザーに服を相談できるのは、とても楽しい時間。
お金をかけて、時間をかけて、集めた診断結果は 今、お洒落を楽しみ方を琴子に取り戻してくれた。
「優花は、好きなものが似合ってる。流行りにも順応できる可愛さがある。けどね、私は、流行りモノを着るたびに、優花が着こなせば着こなすほど、隣りにいる自分が不細工で。結局、自分を否定する羽目になってた」
「琴子……そんなこと、ないって。可愛かったよ」
「服はね。でも、私が許せなったの、流行りに乗れない自分がね」
そう、鏡に映る自分が許せなかった。何年も言えなかった自分の中にある彼女への嫉みを、琴子は自然と舌に乗せていた。
「流行りの服を着なければ、流行りに乗れない、時代遅れとされた。けど、今は違うでしょ。今は其々の好きなものに、トレンドがあるだけ。好きなものを着ればいい、個性を主張すればいい、シンプルな服を楽しめばいい。服なんて適当でいいなら、それでもいい。
最低限のTPOさえ守ってくれれば、
自分が、その服を着た自分を許せる、そういう
服を着ればいい」
琴子はそういうと静かに立ち上がった。
「お茶冷めたよね、何かいる、カウンターで奢るよ? それとも、もう出る?」
自然にシンプルな黒の革鞄を持った琴子。それは、明確な意思表示でもあったと思う。優花は、「大丈夫。もう出よう」と言葉少なげに立ち上がった。其々飲んだものは、トレイに乗せて、返却口に戻す。
そして、店員さんに見送られながら店を出た。
「このあと、どうする服でも見に行く?」
「……今の話の後に、そんなことよく言えるよね? 私が好きな服見ても、琴子楽しめないでしょ」
「うーん、いや、私、服好きだから。優花に似合いそうな服とか、私目線で選ぶの好きだけどね」
優花はあからさまに顔を顰めた後、一つため息を吐いた。
「琴子、そんな食えない性格だったっけ
じゃあ、私の買い物付き合ってよ。私悩んでることあるから、その学んできたこと教えてよ」
琴子は、にっこりと笑うと「もちろん」と返した。
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