もみじのトンネル

口羽龍

もみじのトンネル

 晩秋の京都は紅葉が有名だ。それを求めて国内外から観光客がやって来る。めぐり方は人さまざまで、行こうとする場所も様々だ。


 靖(やすし)は生まれも育ちも京都で、毎年のように京都の紅葉を見ている。現在は大学4年生で、来年の就職が決まっている。そして、来年の3月、大学を卒業し、東京に引っ越す。寂しいけれど、夢を求めて東京に行くのだ。仕方がない。


 晩秋の週末、今年も紅葉の時期を迎え、紅葉を見に行こうと思った。ここの紅葉は美しい。何度見ても見飽きない。


 大学の前で、靖と加奈子は歩いている。今日は大学はないが、門が開いている。だが、校内には誰もいない。とても静かだ。


「東京に行っちゃうんだね」


 加奈子は寂しそうだ。せっかく大学で芽生えた恋なのに、東京に行ってしまうなんて。来年度からは遠距離恋愛になるけど、いつか一緒に暮らし、結婚しようと思っている。だけど、もっと一緒にいたいな。だけど、靖の夢を考えると、靖の事を優先しないと。


「ごめんね」


 靖は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。これからも会いたいのに。そう思うと、東京に行っていいのかと思ってしまう。だが、夢のためだ。遠距離恋愛になってでもいい。東京で頑張ろう。


「いいよ。また会えるよね」

「うん。再来年、東京で会おうね」


 現在、加奈子は大学2年生だ。寂しいけれど、卒業したら東京に行こう。そして、靖と暮らし、結婚するんだ。それまでしばしの遠距離恋愛だ。


「ありがとう」

「あのー・・・」


 加奈子は何かを言いたそうだ。靖はとても気になった。


「どうしたの?」

「最後の思い出にと、紅葉を見に行かない?」


 靖は驚いた。いつも1人で見ているけど、まさか加奈子と見るとは。京都の紅葉を見るのはもうないかもしれない。


「い、いいけど」

「私がおすすめの所なの」


 加奈子は笑みを浮かべた。そこがお気に入りのようだ。


「どこ?」

「叡山電車のもみじのトンネル」


 叡山電車は出町柳と八瀬比叡山口、鞍馬を結ぶ私鉄だ。出町柳で接続する京阪の子会社で、特に宝ヶ池から鞍馬までの鞍馬線は紅葉の名所として知られている。特に、二ノ瀬から市原にかけての区間は『もみじのトンネル』と言われている紅葉の名所があり、多くの観光客がやって来る。


「ふーん」


 靖は叡山電車に乗った事がなかった。だが、ここは紅葉の名所だという事は知っていた。だが、乗ろうという気にならなかった。


「このスポット、知ってる?」

「知ってるけど、その電車に乗った事すらない」


 加奈子はよくここの紅葉を見ている。特に紅葉の時期は特別な演出があるそうだ。


「ふーん」

「きっと気に入るよ」


 それは楽しみだ。靖は行ってみようと思った。


「本当?」

「うん」


 2人は叡山電車に乗って紅葉狩りをする事になった。とても楽しみだ。どんな風景が見れるんだろう。




 2人は京阪電車に乗って出町柳にやって来た。1989年に京阪鴨東線が開業して以降、叡山電車は便利になり、客が増えた。


 紅葉の時期という事もあって、いつもより多くの人が来ている。彼らの多くは、鞍馬線の紅葉を見るためだ。


 次の鞍馬行きは901号車、通称きららだ。景色を楽しめるように大きな窓が特徴で、一部の座席が窓側を向いている。


 電車は出町柳を出発した。この辺りは住宅が多く、複線だ。まだ紅葉は見えない。まだ名所ではないようだ。車内には多くの乗客が乗っている。多くの人はカメラを持っている。この先の名所を見るためだろうか?


 元田中を出た所で、楕円が印象的な電車とすれ違った。『ひえい』という名前で、その奇抜な外観で注目を集めている。こんな変わった電車もあるものだ。今度はこっちにも乗ってみたいな。


 宝ヶ池で、八瀬比叡山口方面と分かれる。ここから鞍馬線だ。鞍馬線はまっすぐ走り、叡山本線は右に曲がる。この辺りもまだ住宅地が多く、より新しい住宅が並ぶ。ここは新しくできた住宅地のようだ。まだまだ紅葉は見えない。もっと先だろう。楽しみに待っていよう。


 岩倉に着くと、目の前に山が見えてくる。ここから山間に入るんだろうか? だが、その先には住宅地が見える。まだまだのようだ。


 京都精華大前から徐々に林が多くなってきた。だが、その反対側には住宅地が広がる。紅葉の名所が近づいてきたんだろうか? 靖はわくわくしてきた。


 二軒茶屋から単線だ。ここから山岳区間のようだ。スピードが落ち、住宅地を下に見ながら走る。


 電車は市原を出発した。市原を出るとすぐに鉄橋渡る。と、目の前にはうっすらではあるが山が赤く染まっている。紅葉だ。いよいよここから紅葉の名所だ。多くの乗客はカメラを構えている。


 鉄橋を渡ると、電車は森の中に入った。ここからが紅葉の名所だ。突然、電車のスピードが落ちる。この辺りは紅葉の中を走る名所で、『もみじのトンネル』と言われている。乗客は一斉に写真を撮る。


「きれいだね」


 靖は感動した。ここの紅葉も美しいな。こんなに素晴らしいので、どうして今まで行かなかったんだろう。


「でしょ」


 加奈子も感動している。ここの紅葉は何度見ても美しい。思わず息を飲む。


「こんなにもいい紅葉の名所があったんだね」

「そうでしょ? 乗りながらに紅葉狩りができるんだよ」


 電車は『もみじのトンネル』の中を進む。乗客はその美しさにみんな感動している。


「すごいなー」


 電車は『もみじのトンネル』を過ぎると間もなく鉄橋を渡り、市原に着いた。単線区間で唯一の行き違い駅で、駅にはすでに電車が停まっている。その電車にも多くの乗客が乗っている。


「夜はライトアップもあるんだよ。見ない?」


 靖は驚いた。ここは夜のライトアップもあるんだ。夜の紅葉狩りは初めてだ。これは楽しみだな。ぜひ見てみたい。


「うん。それもいいね」


 靖と加奈子は夜に再び叡山電車に乗る事にした。そうすれば、また違った魅力を知る事ができるかもしれない。




 夜、2人は再び電車に乗った。夜になっても多くの乗客がいる。ほとんどが紅葉を撮ろうという人だろう。


 電車は夜の住宅地を走る。車窓からは家々の光が見える。ここはいつもと変わらない夜景だ。果たして、『もみじのトンネル』ではどんな演出があるんだろうか?


 電車は二ノ瀬を出発した。すると、車内が暗くなった。靖は驚いた。ここからライトアップするからだろうか?


「うわー、これまたきれい。昼も夜も楽しめるって、すごいね」

「そうでしょ?」


 加奈子は笑みを浮かべている。靖にも気に入ってもらったようだ。


「あのー・・・」

「どうしたの?」


 靖は加奈子の方を向いた。何を言おうとしているんだろうか?


「また、来年も見ようね」

「いいよ」


 加奈子は靖の肩を叩いた。靖は笑みを浮かべた。来年の春から遠距離恋愛になるけど、また来年も紅葉を見に行こうね。そしてその時は、互いの事を語り合おう。

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もみじのトンネル 口羽龍 @ryo_kuchiba

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