第5話 それしか方法ないんですか







「なんで僕も特別編成班に入れられるんですか!?」


 ツカサに引っ張られまいと、ナギは廊下で踏ん張っていた。しかし体格差と、元々鍛えているツカサと全く鍛える気のないナギだ。抵抗空しく半ば引きずられていた。


「おまえも問題の仕事参加してたし」

「ツカサ、ナギはC班の所属ではありませんし……」

「ラードルフさあああん!!」


 ラードルフがツカサを宥めようとしてくれて、感激する。


「駄目だ」


 即答で却下されて、ラードルフは眉を下げて困ったようにした。彼はツカサの部下なので、結局は意向に従う他ない。


「リュウイチが出張中だから、おまえの能力で代用しようっていう意図もちゃんとある」

「リュウイチさん……!」


 同じくアサツキの人間である知り合いは、別件で不在だ。くそ! どこもかしこも出張多すぎないか!? 皆で嵌めようとしてない??


「リュウイチさんの能力の代用を僕の能力でしようって言うんですか!? 絶っっ対使いませんよ!」

「言ってろ」


 結局そのまま引きずられて行った先は、ツカサ率いるC班の部屋ではなく、第一中会議室だった。

 中に放り込まれ、背後にツカサが立って逃げられないため不満顔で仕方なく中へ入る。

 中には中央に円卓が据えられ、すでに席についているひとが三人いた。知らない人と、知らない人と、それから、


「あ、レイジさんだ」


 なんと、さっき初対面の挨拶をしたばかりの吸血鬼がいるではないか。

 ここ首都に接近してきているというドラゴンに対処するために、数時間で班が一つ特別編成された。

 各班から、今回の件に対処するに相応しい人材が集められている。


「レイジより戦闘力あるやついねえから、こういうときはとりあえずレイジが呼ばれるんだよ」

「まさかの最高戦力」


 まあ、地面にでかい亀裂を刻み込んでいて、本人は無傷だったしなぁ。吸血鬼の血筋ってすごいんだなぁ。

 今日見た光景を思い出しつつ、ツカサとラードルフに挟まれて座る。レイジはツカサの左隣だ。


「『内』ではそうだが、『外』にいる『本物』の吸血鬼なんかが相手になると致命的だがな」

「そういえば、そんな事件あったなぁ」


 ツカサの言葉に、ナギもそんな事件があったなぁと思い出す。あまり大っぴらに発表できることではなく、聞き齧った程度だが、吸血鬼の通り魔事件があったとか。


「致命的なら、そのときどうやって解決したんですか?」


 単純に疑問に思って尋ねたのだが、途端にレイジが嫌そうな顔をした。

 そして、一言。


「機密」


 教えてくれなかった。

 この分では、レイジが犯人の吸血鬼を伸したとかではないらしい。


「本職の吸血鬼が処理してくれたんだよ」

「本職?」

「世界が交わる前から存在する、マジの吸血鬼」


 混血ではない100%吸血鬼が。代わりにツカサがそう教えてくれて、その隣のレイジが舌打ちでもしそうな顔をする。どうやらその吸血鬼はレイジの知り合いで、愉快な関係ではないと分かった。


「揃っているようだな」

「さ、最後に来てすみません」


 芯の通った声と、おどおどとした声。

 室内に、ひとが二人増えた。

 一人は長い白髪に、褐色の肌をした男。もう一人は、金髪にレイジより色味は薄いが赤い瞳をした男。

 連なって入ってきたうち、前を歩く男は見たことがあったが、その後ろの男は知らない。今日初めて見たばかりの珍しい目の色に、もしかして吸血鬼か?と思いもしたが確信はない。猫背で、眉が下がった姿は覇気がまるでないからだ。


「はは、大体いつもの顔だな」


 そう言った白髪の男は前で立ち止まり、金髪赤目の男はレイジの隣の空いている席に座った。


「君は初めて会うな」


 全員の前に立つ男は、室内を見回してナギに目を留めた。

 一方ナギは、そのひとが誰か知っていた。


「私はジュリアン・エンドだ」


 エルフ族の長なのに、この機関の一班の班長として働いていることで有名だから。


「ナギ・アサツキです」


 手を差し出されたので、ナギも立ち上がって自己紹介して握手した。


「君が『あの』」

「『あの』?」


 一つの種族の長に存じ上げてもらうほどのことをした覚えがないんですが?? 


「リュウイチの代わ──」

「今回の件を元々担当していたC班が人手不足のため一時的に所属しています。よろしくお願いします」


 ツカサの言葉を遮り、にこにこと微笑んで、挨拶の場を終わらせてやった。


「おーいーカカシ係を呼んだ覚えはねぇぞ」

「だったら今すぐ放り出してくれていいですよ」


 ツカサはちっと小さく舌打ちをした。


「それより、ジュリアンさんが今回の指揮をとるんですか?」


 他の面子と会話しているジュリアンを横目に、こそこそと尋ねる。


「ジュリアンは元々こういう合同作戦の指揮をとることが多いんだが、今回は特にあのドラゴン、エルフ族の浮島の一つにいただろ?」

「はい」

「エルフ族の世界にいたドラゴンで、エルフ族の管轄なんだと」


「そういうわけだ」


 しん、と静かな場であったなら聞こえていてもおかしくないと思うが、あちこちで会話がされていた中だった。

 ジュリアンが反対側での会話をいつ切り上げたのか、明らかにツカサとナギの会話に相づちを打った。その不思議な温かさを覚える緑の瞳に見られていた。

 ナギは、エルフ族は耳がいい、と本に書いてあったことを思い出した。


「本題に入ろうか。問題となっているドラゴンだが、所謂『冬眠状態』だったらしくてな。先日人間がさらわれるという事件があったらしいが、あれはドラゴンに支えるドラコという生物で、もうすぐドラゴンが目覚めると感じて食べ物を用意していたのだろうと思う」


 あの、ドラゴンとも鳥とも言い切れない生物はドラコと言い、やはり拐われた人間がドラゴンの洞窟にいたことから何か関係があると思っていたが……。


「元々、我々の世界は自然豊かで彼らも獲物は森や山から捕ってきていたはずだ。ところが目覚めてみればねぐらは宙に浮き、野山はないときた。そこで森の代わりに下に広がっていた街から人をさらったんだろうな」

「え、エルフ族の浮島って、元々の世界のときから浮いてるんじゃないんですか?」

「いいや」

「おいナギ、今気にするところそこじゃねえよ」


 確かに。場違いな質問をしてしまって、口をつぐんだ。が、あることに気がついてすぐに口を開く。


「……ドラゴンが汽車を襲って、こっちに向かって来ているのは生け捕りにされたドラコが関係あるんですか」

「その通り。ドラコが殺され、生け捕りにされたドラコが助けを求めた声にドラゴンが応えたんだ」


 今日の襲撃は、だからB棟と汽車が狙われたのだ。B棟には一匹が。汽車では残りの四匹が首都外の大規模な研究施設に送られるところだった。


「我々エルフは、森に入る前に子どもにまずドラゴンの洞窟の場所を教え近づかないように言い含め、洞窟の近くではなくとも鳥と間違えてドラコを殺してしまわないようにと教える」

「……この状況からだと、薄々理由は分かるんだが一応聞くぞ。理由は?」

「ドラコが傷つけられれば、ドラゴンがその人間たちがいる場所を命が全てなくなるまで許さないから、だ」


 想像はしていたが、想像していたより規模の大きな報復内容で、ツカサは言葉を失う。

 昨日、C班は一体何匹ドラコの命を奪っただろう。


「そんな風習知らねえって……」

「それはそうだ。私が事件を起こしている生物がドラコだということに気づいていれば良かった」

「それも無理な話だろ。仕事はこっちに振られてたんだ」


 手分けして治安を守るために、複数の班が作られている。力が足りなければ応援を呼ぶ。そんな形になっているのだから。


「とりあえずあと二時間くらいでここに着くだろうっていうドラゴン様は、この街を地獄にするために来てるってわけだ」

「そうなる。それで、どうするかなのだが」

「全処理しかないだろ」


 ツカサの軽口に、ジュリアンのまるで危機感の感じられない頷き、その先の悠長な流れを遮るかのように無情な案が言葉にされた。

 レイジだった。


「すでにドラコが何匹も殺されて、怒り狂ったドラゴンがそうした奴含めたここ一帯の命を奪おうとしてるんだろ? ならもう相手側を絶えさせるしかねえだろ。エルフに伝わる対話とか宥める方法があるなら別だが」


 内容が内容なだけに、極端な意見に聞こえるが、筋は通っていた。というか、この場にいる者のほとんどはそれしかないと思っていただろう。

 止まる意思もない相手なら、殺すしかない。その内容がただ建物を壊すとかであればさせてやればいいともなるだろうが、目的は多くの命だ。ならば相手を葬る他ない。


「出来れば命は奪いたくないのだが。ドラゴンというのは、森守だ。彼らの魔力で古来より育まれてきた森は、特別な土地だ」

「ジュリアン、先にひとを拐ったのはドラゴン側だぞ。俺達が救出しなければ、食料として食われてたんだろ? それを奪った俺達を殺す勢いで向かって来たのもあっちだ」

「ああ、だから今回は仕方のないことだとは思っている。対話の方法も、止める方法もない」


 ジュリアンは残念そうにため息をついた。


「ところで、簡単に殺せるものなのか?」

「普通の武器では無理だ。鱗が固く、心臓も固い。そのくせ心臓を貫くしか殺せない」

「なんだ、過去に例があるのか」

「ドラゴンと言っても悪竜もいるのだよ、レイジ。なので、過去に使われた竜殺しの槍を使用する。周りのドラコを他の者で処理し、それでレイジとフェイに心臓を狙ってもらう」


 ドラコがあまりに多ければ他の班も集めよう。そんな風にジュリアンは作戦の流れを決めていく。本当にドラゴンが生きることを望んでいるのか、どうでもいいのではないのかと見えるくらいにあっさりと。


「誰かさんはいいのか」


 ツカサがこちらを見ないままナギに囁きかけた。


「このままだと、大好きな幻想生物が殺されちまうぞ。エルフには、それ以外の方法がないみたいだしな。正直、リュウイチがいてもあいつの能力の使いどころは殺す隙を作ることだ」

「……でも、僕ドラコは何匹か殺しました」

「あれはすぐにでも殺されそうだったからだろ。今は対策を練る時間があるんだよ。方針を変えるなら今しかねえぞ」

「……ドラゴンは街の人を根絶やしにしようとしてます」

「それも引っくるめて、どうにか出来る力を持っておいて何言ってんだ。なあ、ナギ。おまえはドラゴンを殺したいのか殺したくねえのか、死ぬところを見たいのか見たくねえのか」


 どっち? そんなの決まってる。


「死ぬところを見たいわけ、ないでしょう」


 何に対してだって、そう望んだことはない。


「だったらな、ナギ。方法を提示するしかねえぞ。殺したくない死ぬところを見たくないって言って誰かがそうしてくれるなんて甘い世界に生きてるなんて思ってねえだろ? ──なあ、ジュリアン」


 不意に、ツカサがナギに囁きかける声をやめ、部屋に通る声で注目を集めた。

 ちょっ、何をするつもりだ。嫌な予感しかしない。


「そのドラゴンが今後ずっと大人しくなるっていうなら、殺さない道はあるんだな?」

「こちらとしてもそうできれば願ったり叶ったりだからな」

「だってよ。出来るか? やるか?」


 ツカサはそのときになって初めて、ナギに目を向けた。

 同時に、室内にいる者全員もナギを注視した。


「……彼が? だが私が君に聞いた限りでは、リュウイチとそう変わらない能力では?」


 リュウイチ・アサツキという人間の特殊能力は、『鎮静』だと言われている。

 最大効力は相手を完全無防備状態にする。意識が落ち着かせられるのを通り越して奪われる。突然目の前で手を強く叩かれて、頭が真っ白になると表現するのが一番近い。

 だからツカサが言ったように、彼がここに呼ばれる理由は対象を殺す隙を作るためだろう。


 そして、ナギの特殊能力は確かにリュウイチが与える影響に近い現象を起こすことができる。


 過去、ツカサは言った。おまえの能力は、その本当の効力が知られれば警戒される能力で、特殊能力保持者である人間をよく思っていない種族がいる世の中では命を狙われることにもなるだろう。

 それでももう道は決まってしまっているから、隠れて生きていくくらいなら、堂々と生きられるようになるしかない。

 能力を使うのが嫌なのを引っくるめて、能力を使う覚悟を決めろと言った。その道の中で、自分の望む仕事に就けと。


 けれどナギは図書室の隅っこに逃げた。

 なぜ、世界は交わってしまったのだろうか。

 想像上の生物であれば、殺し殺される、その脅威に晒されることなく、ただ憧れているだけでいられただろう。

 殺さなければ殺される。そんな世の中が嫌だと思う。ハンドガンでドラコを撃ち抜いた光景を思い出す。


 平和に静かに暮らしたい。

 傍観していられる距離にいられれば良かった。その生き死にを左右する距離にいたくなかった。

 昨日、ドラコを殺さなくてもいい道があったと分かっている。自分がそうできたと知っている。

 ただのガキ心からだとしてもドラゴンを殺されたくないなら、そうエルフが望み許されるのだから、方法は自分で用意しなければならない。


「もしも、」


 ツカサはきっとこの流れを読んでいた。そしてナギが釣糸に引っ掛かったのを見逃さず、声をあげた。

 なら、そろそろその釣糸に釣り上げられてやろう。ツカサが釣り上げたのではない、ナギがそうしたいからそうするのだ。


「もしもドラゴンが街を襲わないとしたら、エルフにとっては生きていてくれた方がいいんですよね?」










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