第79話

 しばらく、実感が湧かなかった。


 そのまま、夕食になった。


 作っていたのは、幸だった。


「お先にいただきます」

 幸が独りで、リビングで夕食を食べていた。

 そこにやってきたのは、舞佳だった。

 正直、このリビングで夕食を食べるのには、かなり勇気が必要だった。

 …幸が怖かったのだ。

 鈴は、自室に夕食を持っていったが…

 自分も二階に行くのは、失礼だろうか…


 …とにかく、食べよう。

「失礼します…」

 そう言って、舞佳は、幸の向かい側に座り夕食を食べた。

「来週、お父さんのお葬式を行うらしいですよ」

「え…」

 幸は、淡々として様子でそう言った。

「そ、そうなんですね…」


 …やっぱり、お父さんは本当に…


 そう考えると、食事も喉を通らなかった。






 翌朝。


 この日、舞佳はちゃんと起きることができた。

 だが…リビングに行きたくない気がした。

 幸に、いまだに緊張していたのだ。

 だが…そんなこと言っていても、学校に遅れてしまう。


 意を決して、呼吸を慎重に整えながら、リビングに入った。




 この後、特にどうってことなく、舞佳は家を出た。




 コンコン…

「鈴さん…よろしいですか?」

 幸が鈴の自室をノックした。

「幸…?どうかしたの?」

「いつまで引き篭もっているおつもりで?」

「…だって、人志さんが…」

 鈴は泣きそうな声をしていた。

 人志を失ったことで受けた心の傷は大きい。

「だからと言って、舞佳から目を離したら、いけない気がしますが…」

「…分かってる」

「ちゃんと見ておいた方が良いですよ?なんとなく…」


「今の舞佳は、悪い子な気がしますし…」


「え…そ、そうなのかしら…でも、そうね。ちゃんと見ていないと…人志さんの分まで」

「……では、失礼します」


 幸は階段を下りて、廊下の壁に貼ってあった家族写真を見つめていた。




「私から鈴を奪っておいて…!鈴を幸せにすらできず、死んでいくなんて…!!」




 幸は荷物をまとめると、家を出ていった。


 …鈴を笑顔に出来ない舞佳も気に入らないけど、舞佳はそのうち…なんかとなるでしょう。鈴にも声を掛けておいたし…

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