第76話

 舞佳は人志と鈴の言葉に背中を押され、新しいクラスでも元気に過ごしていた。


 そして、数日後、舞佳に、よく一緒に話す友達ができた。


「友達ができたの!今日は、由希子ちゃんと、梨花ちゃんと、翔くんとかと話してきたんだよ!」

 学校から帰ってきた舞佳の顔は、いつも明るくて。

 その話を、鈴は楽しそうに聞いていた。

 舞佳の楽しそうな話を聞きながらお皿を洗うと、あっという間に終わってしまう。






 そんな生活が二年続いた。

 舞佳の学校では二度目のクラス替えを迎えた。

 舞佳は、緊張しながらも、少しずつ周りに声をかけるようになっていった。


 今日も鈴は舞佳の話を聞くのを楽しみにしていた。

「ただいまー!」

 舞佳の声が聞こえた。

「おかえり!」

 そう言ったのとほぼ同時に、リビングからクラシックが響き渡った。

「あ、あらあら…」

 シンクでお皿洗いをしていた鈴は、慌ててタオルで手を拭いて、リビングへ駆けつけた。

 リビングでは、鈴のスマホが着信音を奏でていた。

 スマホに表示されていたのは、人志が務める会社名だった。

「…お父さんの会社から?」

 鈴はスマホを手に取り、着信に出た。

「はい、もしもし?」


 その様子を鈴の後ろで見ていた舞佳は、音を立てないように静かにリビングから離れた。

 そして、「抜き足…差し足…」と、そっと自分の部屋へと歩いてく…




「あー…宿題終わった!」

 舞佳は自分の部屋で宿題を終わらせたところだった。

 大きく伸びをして、自分のスマホを取り出した。

 スマホを使うのは、宿題が終わってから…

 そう決めていた舞佳は、いつも、宿題が終わった後のスマホを見る時間を楽しみにしていた。

 最近クラスで流行り始めたアイドルの名前を検索する。

 そして、ある動画を再生した。

 軽快な音楽と歌声が流れ出し、舞佳はリズムに乗せて身体を動かし始めた。

「この歌は聞いていて、楽しいんだよね〜」

 そう呟いて、次から次へと流して、一人で踊っていた。




 しばらく踊り続けた舞佳は、疲れてベッドに飛び込んだ。

「あ〜、お腹すいた…あ、お母さん、通話終わったかな?」

 舞佳はそう思い、部屋から出て階段を下りていった。


「あれ、お母さーん?お母さーん?」

 リビングに行ったものの、そこには誰もいなかった。

「おかーさーん…?」

 キッチンの方を見てみる。

 そこにはコンロに鍋が置いてあって…火がついたままになっていた。

「お母さん?…あ、これ、危ないじゃん!」

 舞佳が慌てて止める。

 鍋の中には泡が溜まっていて、もう少しで吹きこぼれるところだった。

「お母さんが火を消し忘れちゃうなんて、珍しいな…」

 舞佳は呟きながら、キッチンを出る。


 その後は、ずっと鈴を探していた。

 家の隅々を何度も何度も探していた。


「もしかして、お母さん出かけちゃったかな?」


 だが、鈴は舞佳を心配させないように、舞佳がいない時に出かける場合は、いつも置き手紙を残していた。


 鈴はどこに行ってしまったのか…。


「…そういえば、お父さんも帰ってない。もうー…お母さんもお父さんも、どこに行っちゃったの…」


 舞佳は少し不機嫌そうな顔をして、家の中を歩いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る