第75話

 今から、二十年前。


 眩しいほど幸せに過ごしていた夫婦…田谷すずと、田谷人志ひとし

 二人の間に、娘が誕生した。




「ううう…!うえーん!!!!」

 ある病室に、赤ん坊の鳴き声が響き渡った。

 外の廊下を一人の男性が駆け抜け、病室のドアに手をかけた。

 ガラッ!

 病室のドアが、勢いよく開く。

「鈴…!」

 入ってきたのは、人志だった。

 かなり走ってきたのか、肩で息をする人志が見たのは…


 幸せそうに笑う鈴と、泣き叫ぶ赤ん坊の姿だった。


「鈴…!」

 目をぱっちりと見開いた人志が、ベッドに駆け寄る。

「人志さん…」

 鈴は腕の中で泣き叫ぶ赤ん坊の顔を、人志に見せた。

 すると、

「う、うわあああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 人志が赤ん坊に負けないくらいの大声を上げた。

「なんて、なんて可愛いんだ…!!」

「人志さん…女の子だって」

 鈴はそっと人志の耳元に囁いた。

「そうか…娘か…か、可愛い!!!」

 いつの間にか、人志の瞳には涙が溢れている。

「鈴…頑張ったね…ありがとう、ありがとう…」

 そのうち、人志は咽び泣き始めた。

「可愛いすぎる…生まれてきてくれて、ありがとう…!!!」

「可愛い子ね…生まれてきてくれて、ありがとう」

 鈴は赤ん坊を抱きしめた。


 鈴と人志、二人に似ていて、とても可愛い寝顔を見せてくれる赤ん坊…

 この赤ん坊こそが”舞佳”だ。


 桜の花が”舞う”季節に誕生した娘は、きっと美しい子に育つだろう。

 そんな意味を込めて、「舞佳」と名付けた。




 鈴や人志は、舞佳のことをこよなく愛した。


 人志は仕事をやりこなしながらも、鈴や舞佳と一緒にいれる時間を増やし、

 鈴が舞佳の世話で大変そうな時は、家事を代わりにやっていた。

 鈴は「ありがとう」と、毎日人志にお礼を言っては、笑顔を見せた。

 まるで、夫婦のかがみだった。


 そのおかげか、舞佳は明るく元気に育ち…

 田谷家は、とても幸せな家族となった。






 七年後…


「おかあさん、おとうさん!いってきます!!」

 舞佳は家に向かって手を振ると、小学校に向かって走っていった。

 家のドアの前には、鈴と人志が立っていた。

「行ってらしゃーい!」

「気をつけてねー!」

 二人は、舞佳に手を振った。

 舞佳は嬉しそうな顔をして、走り去っていった。

「ああ、舞佳…大きくなったなぁ」

 人志が感心して、涙目になっている横で、

「お父さんったら…」

 と、鈴が笑っていた。

 鈴は顔を背けた。

 自分も涙してしまいそうになっていることが、少し恥ずかしくて、人志には隠したかったからだ。


「よし、それじゃあ、そろそろ行くよ」

「分かった。お父さん、いってらっしゃい」


 舞佳の後に続いて、人志も家を出た。

 自動車を発進させる前に、人志はスマホを見た。

 画面には…入学式の時の家族写真が。

 舞佳にはペンダントがつけられていて、写真越しでもその輝きは伝わってきた。

「鈴…舞佳によく似合うアクセサリーを見つけるのが上手だな〜」

 そう呟いて、自動車を発進させた。






 それから、早くも二年が経った。

 小学三年生になった舞佳は、初めてのクラス替えを経験した。

 クラス替えで全く新しくなった環境に、舞佳はとても緊張していた。

 新しいクラスメイトと喋るのは、すごく緊張して、上手く話せなくなってしまうらしい…舞佳は、新しいクラスで友達を作ることが難しそうだった。


 ある日…

 家で夕食を食べながら、そのことを舞佳が話した。

 寂しそうな顔をしていると、人志が舞佳を励ました。

「ゆっくりで良いんだよ。きっと舞佳の良いところを見つけて、友達になってくれる人が現れるはずだからね」

 そう言って。

 寂しそうだった舞佳の顔がパッと明るくなり、それを見た人志にも鈴にも笑顔が溢れた。

「舞佳、お友達は大切にしてね。お友達とたくさん仲良くなっていけば、舞佳のこの先の人生の強い味方になってくれるからね!!」

 鈴も、舞佳へ言葉を送る。そして、ガッツポーズを作った。

「うん!」

 舞佳も鈴の真似をした。




 本当に、幸せだった。

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