第72話

「これで、分かったでしょう?」


 その時、聞こえたのはスズの声だった。


 姿は見えない。だが、声だけははっきりと聞こえた。


「ス、スズ…⁉︎」


 舞佳が驚いて、立ち上がると…また、周りが暗くなった。




「あなたは、アイドルに向いていないからやめた方が良いって言ってるでしょ?そんなことより、就職して、真面目に働いた方が、舞佳にあっている気がするの」


「だから、さっさと諦めて、大学卒業してね?」


「ま、待って…!どう言うこと…?」


 舞佳は手を伸ばしたが、スズの声は消えていった。




 ピコン…


 またスマホの通知音が鳴る。

「今度は…何…?」

 また、メールが届いたようだ。

 だが…今度は、スマホが独りでに動き、メールを開いた。

「え…?」

 舞佳は迷いながらも、開かれたメールを見つめた。




『受信メール』


 件名:【選考結果のご連絡】繝悶Ο繝�し繝�プロダクション




 田谷舞佳様


 申し訳ありませんが、この物語にアイドル要素はございません。






「ど、どういうこと…?」

 スクロールする指を止めた舞佳。


 その背後に、何か気配を感じた…


「申し訳ありませんが、この物語あなたの人生にアイドル要素はございません」


「……それはもう決まっているの。あなたは、どう頑張ってもアイドルになることができない」


 また響いてきた…スズの声。


 舞佳は後ろを振り返った…だが、そこには誰もいない。

 …と、その舞佳の後ろから、両手が伸びてきた。

「…!!」

 声が出せない。

 思わず頭を抱えると、伸びてきた両手は舞佳を包んだ。


 だが、そこに…優しさなど無かった。

 感じるのは…「束縛」のようなものだ…。


「やめて…離して…」

「そんなこと言わないでよ、舞佳。あなたは、私の言うことだけ聞いてれば良いの…」

 スズの声が耳元で聞こえた。


「舞佳…私は、ここにいるの…どこにも行かないでね…」


 両手は、舞佳を抱きしめていく。

 潰れてしまうくらい…


 …スズは、まだここにいるの?

 私は…


 スズから逃げることが、離れることが…

 叶わないの…?


 舞佳は絶望した。




 後ろから、もう一組の両手が伸びてくる…。

 その両手は、舞佳の口を塞いだ。


 次から次へと両手は現れる。


 ある一組は、首に手をかける。

 ある一組は、顔を締め付ける。

 ある一組は、足を固定して…




 嫌だ…嫌だ…嫌だ…

 怖い…怖い…怖い…


 …………………………






 …ふと、両手の締め付けが緩くなったような気がした。


「舞佳、こっちへ!!!」


 そんな声が聞こえて、誰かが舞佳の手を取った。


 かなり強く引っ張られる。

 舞佳は引っ張られる方向へ、走り出した。


 両手が絡みついて、動きにくいが、負けじと突き進む…

 やがて両手がバラバラになって、舞佳は解放された。


 辺りが薄暗く見える…


「待ちなさい…待って、舞佳!!」


 後ろから声がする。

 だが、舞佳は振り向かなかった。

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