第73話

 しばらく走っていた…が、

 気づいた時には、薄暗い場所の隅で座り込んでいた。


「舞佳は、どうして昔の姿をしているの?」

 そう聞こえた…誰かは分からないが、きっと舞佳と一緒に走ってきた人だろう。

「確かに、昔の舞佳は弱かったかもしれない。力もないし、立場なんて大人の方が上で…でも、ここまで生きてきて、強くなったんでしょ?」

「あ、あの……あなたは…誰ですか…?」

 朦朧とする中、舞佳は相手に訊いた。


「忘れないで…私は、まりかよ」



「え、まりかさん…!!」


 束の間、はっきり見えたその姿は…


 確かに、まりかだった。


「あなた…舞佳は、スズやサチのこと好きなの?」

 まりかはため息をつくと、舞佳にそう訊いた。

 舞佳は突然の問いかけに、戸惑いながらも首を横に振った。


 スズやサチは…舞佳や舞佳の友達を傷つけてきた。

「好きなはず…ないです!」


 そう言い切った。




「舞佳、あなたは今…夢に向かって走る大学生…もう充分、強くなったはずよ。スズやサチのことなんて、忘れて…自分のことを大切にしなさい」




 まりかはそう微笑んで…消えていった。




 …そうだ。私…











 ピコン…


 カタン…カタン…


 ピコンピコン…


 カタンカタン…




 そんな音で、目が覚めた。

 ベンチに座り、八百屋の壁にもたれかかっていた。

 音のする方を見ると、スマホが通知音を鳴らしながら、振動して震えている。

 だんだんと、前みたいに…飛び跳ねてくる。

 でも、舞佳は怖くなかった。


 飛び跳ねたスマホがどうなるか、舞佳は知っていた。

 この後、何が起こるかも…






 カタン!


 地面に落ちたスマホは、振動し続けて、飛び跳ね続けて

 …舞佳の目の前に来た。


 舞佳が瞬き一つしている間に




 目の前にスズが現れた。




「舞佳…!ようやく、追いついた…どうしてこんな遠いところにいるのよ!!私がいない間に、部屋のドアは壊しちゃうし、もうなんなのよ!!!」


 スズは怒鳴り散らかした。

 さっき、舞佳に語りかけていたスズ…ではないようだ…。


 舞佳は黙って、スズのことを睨みつけた。

 前とは違う視線で。


「…ちょ、ちょっと待って、舞佳…何をそんなに怖い顔をしているの?」

 スズがそれに気づいた。

 その時、スズの瞳に映ったのは…


 大学生の…元の姿の舞佳だった。


 舞佳は呆れるように、立ち上がった。


「もう、本当にやめてよ。何年も何年も、私や周りの友達のことを傷つけて…よく飽きないね」


 スズはしばらく驚いた顔をしていた。

 さっきまであんなに弱気だった舞佳が、ここまで立ち向かってきたのだから…

 無理もないだろうか。


 舞佳は、スズの瞳を真っ直ぐに見つめて。




「…お母さん」

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