第68話

 転がり落ちそうになりながら、階段を下り…”誰もいない”リビングの目の前を通り、舞佳は玄関の外へと走り出した。


「痛い…!痛い、痛い…!」

 黒い何かからも血液が溢れている。

 そろそろ舞佳の左手が赤黒く染まってくる…。

 舞佳はそれでも走り続けた。

「誰か…いないの?」

 実家の周りの道といえども、どんな場所だったか覚えていない。

 とにかく、走る。

 この状況から救ってくれる場所を、方法を、人を求めた。




 黒い何かが舞佳の腕に噛みつき、キューッとした痛みが襲う。

 走りながらも、何度も引き剥がそうとしているのに…


 血飛沫で服に赤い斑点ができていたなのだが、風にあたり黒くなってしまった。


 …舞佳はとにかく走り続けた。

「誰か…誰か…」

 やけに人の通らない道を、自動車の走らない道を…ずっと…ずっと…


「うう…うう…」

 心なしか、体が冷えてきた気がする…

 もしかして、さっき、血液が流れ出たせいで…?

 黒い何かは、まだ舞佳の腕に噛みついていた。

 腕から出る血液は、流れを止めない。


 腕を押さえつければ、より一層の血液が舞佳の手のひらに滴る。

 だが、じわじわと侵食する何かを直接手で押さえつけないといけない…

 少しずつ、少しずつ…舞佳の腕を登ってくる。






 気が付くと、そこは…


 八百屋だった。

 舞佳がよく行っていた、あの八百屋。

「あれ…私、帰ってこれた?」

 知っている場所に帰ってこれたと思った。

 だが、八百屋から先の景色…

 そこには…見覚えがなかった。


「ち、違うの…?私の知ってる…い、痛いっ!!」


 腕に強烈な痛みが走った。


 …私の知っている場所じゃないの?


 似ている場所なのか…

 でも、この八百屋は、舞佳の行っていた場所とほぼ同じ見た目をしている。

 舞佳の住んでいた町で、八百屋と言ったらここだけだ…。


「私、どこに…い、痛い痛い痛い…」


 口を開けば、「痛い」しか出て来なくなった。

 黒い何かが、もう肘まで上がってきている…。


 肌にテープを貼って、ゆっくり剥がしていくような…

 そんな痛みがだんだん重くなっていく…

「痛い…痛い…痛い…痛い…痛い…」




 その時、突然、辺りが、黒く暗くなった。


「な、何⁉︎」

 八百屋の姿も見えなくなって、周りの景色も全く見えなっくなった。

 かろうじて、自分の姿は見ることができる。

 自分の周り、半径一メートルほどは、少しだけ明るくなっているようだ。


 今まで、夜になっていてもおかしくない時間の中、明るさを保っていたことが異様だったが…突然、暗くなるのも不可解すぎる…。


 パラ…パラ…


 その時、舞佳の左右から、紙がひらひらと舞い落ちてくるような音がした。


 周りを見渡すと、本当に紙がひらひらと落ちてきていた。

 丁寧に…舞佳の足元へと溜まっていく…。

「これ…」

 しゃがみ込んで、見てみると…


 真可や灯真、千太郎…を始めとした、あの、みんなの写真だった。

 どれにも、舞佳が写っている…。

「みんな…!」

 舞佳が思わず、拾おうとすると…


 チョキチョキ…!


 そんな音が聞こえた。

 写真が丸く、切り取られていく…


 それも、みんなの頭をくり抜いていくように…

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