第67話

 部屋の中が、混沌と化してきた…。


「舞佳舞佳舞佳舞佳舞佳…!!!!!舞佳舞佳舞佳舞佳舞佳…!!!!!」

 繰り返すように唱える人影。


 舞佳の右手を這う黒い何か。

 だんだんと何かは重くなっていき、侵食していくスピードも遅く、重くなっていた。


 吸い付くような、噛みつきそうな…手のひらのヒリヒリが見え隠れする。


 手のひらから上へ…腕の方へと…上っていく…

 そして、人影が迫ってきている…!


「助けて!助けて!もうやめて!!!ごめんなさい…!!!」

「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 声を荒げても止むことのない、混沌。


 舞佳はもう限界値を通り抜けてしまっていた。


 荒ぶりながら、カッターを持っていた手を、また振り上げた。


「やめてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」


 そして…右手の這う黒い何かに


 突き刺した。




 バキッ…!


 何かから、明らかにスライムや液体などの柔らかい物じゃ鳴らないような音が、小さく鳴った。


 バキバキバキ…!


 黒い何かが上から破れていく…そして、カッターの刃は、


 舞佳の地肌に到着した。


 白くてすべすべとした、その綺麗な肌に…勢いよく振り下ろしたカッターの刃が…






「ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」


 舞佳が声にノイズをかけながら、叫んだ。

 予想していなかった痛みに、これまでの混沌を全てぶつける。


 呼吸すら危うい…我を見失い暴走しそうになる舞佳。

 無我夢中のなかで、わずかながらも、舞佳はカッターを引き抜こうと引っ張った…。


 プシャッ…!


 その瞬間、弾ける音がして…




 部屋は赤く染まっていた。






 舞佳はやってしまった。


 カッターを引き抜く際に、誤って横に引き裂いてしまったのだ。

「ああああああああ!!!!!!ああああああああああああ!!!!!ああああああああああ!!!!!!!ああああああああああああ!!!!!!」


 ひたすら、舞佳の叫び声が響いた。


 腕が焼け落ちるように痛い…痛すぎる…

 もう言葉じゃ表せない…!それどころではない…!


 ところどころ赤く染まる部屋で、舞佳は叫んだ。


 左腕が真っ赤に染まっている…その傷口には、黒い何かべっとりと舞佳の腕に張り付いていた。




 それが、災難を産んだ。




「いいいいいいいいいい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたい痛いイタいいタイ痛イ痛いいたいいたい痛いイタイいタいイたいイタイいたい痛いイタいいタイ痛イ痛いいたいいたい痛いイタイいタい!!!!!!!」


 舞佳は叫んでいた。聞いたことのある言葉で。

 舞佳の腕から、血飛沫が噴き上がってくる。

 黒い何かが、最後の力を振り絞って、舞佳の腕を抉っているようだ…


「あ…あ…あああああああああ!!!!!!!」


 焼け焦げて、焼け落ちそうな…

 生きる心地がしないような、命の危険が関わるかもしれないような……


 そんな激痛を抱えて…




「ねぇ…闊樔スウ闊樔スウ闊樔スウ闊樔スウ闊樔スウ闊樔スウ闊樔スウ…」




 舞佳は黒い何かが這う場所を、手で押さえつけた。

 部屋のドアに向かい、開けようと体当たりする。


 ガンッッ!!


 大きな音が鳴り響いた。

 部屋のドアが外れ、狭い廊下に寄りかかった。


 ドアの前には、廊下の幅にピッタリの板が敷いてあった。


 これで、ドアを内側から押して開けることが出来なくなる…

 ドアを外側から閉じれたのは、この板のせいだった。


 舞佳はドアの隙間から出ていった。


 人影が廊下に顔を出した時には、もう誰もいなかった。

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