第66話

「も、もう…何なの…?」

 視界がぼやけた。

 疲れた。

 痛い。

 嫌だ…

 助けて。




「舞佳さん、スズさんに優しくしなさい」


 聞こえたのは、男性の声。


「ま、また…何か始まるの…?」

 もしかして、”お仕置き”?

 さっき、スズが言っていた…


「スズさんだって大変なのに、舞佳さんは悪い子だなぁ…」


 舞佳は立ち上がった。

 部屋のいたる所に、黒い人影がいくつも存在している…

「だ、誰…?」

 黒い人影は、ゆっくりゆっくりと舞佳に近づいていた。

「ダメな子にはお仕置きだね」

 ワラワラ…と集まってくる。両手を伸ばして近づいてくる…。

「やめて…もう来ないでよ…」


 だんだんと、人の声は増していく。

 男性の声だけじゃなく、女性の声、子どもの声…

「嫉妬、お疲れ様」

「もう少し、別の考え方があるよね?」

「スズさんは、悪く無いと思うよ?」

「スズさんって、そんなに悪い人なのかな?舞佳の思い違いとかじゃなくて?」

「舞佳さんって、もっと優しい人だと思った」

「舞佳、もうやめたら?そうやって、スズさんの悪口言うの」

「スズさん、疲れている顔してたよ。助けてあげようとか思わない?」

「スズさんは、あなたのために、あなたのことを思って、頑張っているのに」


 だんだんと重なっていき、何言っているのか聞き取れなくなってきた…


「やめて、やめて…来ないで、怖いよ…」


 舞佳は恐怖のあまり、顔を俯けた。

 自分の足元には、カッターが落ちている。

 さっき、自分の腕に突き刺そうとした…カッターが。


 それを舞佳は、人影に向けた。

 近づいてくるたびに、はっきりとした姿になる人影…

 だが、現れていくのは、黒い姿をした人間…。


 まるで、一度、灰になって消えたが、もう一度固まってできた人形のようだ…。


 舞佳はカッターを向けたまま、カッターを持っていない左手を後ろの机に当てた。




 その舞佳の左手に…


 ねっとりとした物が絡みついてきた。


「きゃあっ!!」


 驚いた舞佳は、振り払おうと手を強く振った。

 …が、簡単には、振り払えない。


「何?なになになになになにっ⁉︎」


 左手をよく見ると、黒い”何か”だった。

 …”何か”としか言いようがない。


 よく分からない…スライムのような、液体のような、得体の知れないものが舞佳に絡みついてくるのだ。


「嫌だ…!嫌だ、何これ!!」


 指先に絡みついた物は、じわじわと舞佳の手を侵食していく。


「ねぇ、舞佳さん…?話、聞いてる?」

「嫉妬魔ちゃん、うるさいよ」

「舞佳さん、どうして分かってくれないのかなぁ〜」

「舞佳、また失敗しちゃったね」

「舞佳さんだけ、逃げるの?みんな、頑張っているのに」

「辛い?辛い思いなんて、みんなしてるよ」

「舞佳は、お嬢様になりきっているでしょ?全部、自分中心って…そんなわけないからね…?」

「ねぇ、舞佳さん」

「舞佳」

「舞佳舞佳舞佳舞佳舞佳…!!!!!」


 人影の声も、とうとう近づいてきた…!

「やめてやめて!!もう、追い詰めないで!!!」

 舞佳が焦りのあまり、泣き出してしまった。

 だが…人影も、黒い何かも、舞佳をいじめ始める。


「あ…ああ…あああああああああああああああああああああああああ!!!」


 スズによく似た大声を上げる。

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