第65話

 キリキリキリ…


 そんな音を鳴らして、カッターの刃を伸ばしていく。

 舞佳は、刃の頭が出てきたところで、刃を出すのを止めた。

「よし…こんなもんかな…」

 舞佳は、


 右手を振り上げた。


 刃の向かう先は、左手首。


 舞佳は、今の状況を確かめたいのであって…

 自分を傷つけるつもり…いや、自覚など無い。


 右手を顔の横で固定する。




 ピコン…!


 その時鳴ったのは、舞佳のスマホだった。

「ん…?」

 床に置きっぱなしのスマホ。

 舞佳は振り向こうとした。


「舞佳、やめなさい!!」

「舞佳!何をしているの⁉︎」


 二人の女性が、舞佳を襲った。

 …スズとサチだ。

 二人とも、部屋のドアを開けることなく入ってきたのだ。

 両手を伸ばして、舞佳に掴みかかろうとする…。

「嫌だ…!」

 舞佳は、思わず両手の中に顔を埋めた。


 パシッ…!


 舞佳の右手を叩いたのは、スズだった。

 右手に隙間ができて、カッターが滑り落ちる。

「舞佳!なんで、そんな愚かな事を…!!」

 サチの声がした。

 …その時。


 ガンッ!!


 机に重い物が乗ったような音がした。

 舞佳の顔はサチに鷲掴みにされ、机に押さえつけられている。

「痛い…!!」

「舞佳!!!どうして、こんなことをしたの⁉︎私も許せないわ…!」


 ガンッ!ガンッ!ガンッ!

 ガンッ!ガンッ!ガンッ!

 ガンッ!ガンッ!ガンッ!


 スズからも鷲掴みにされた舞佳の頭…


 それは、何度も何度も机にぶつけられては押さえられた。




 …どうして、ここまでやるの?

 私は、今、置かれている状況を確かめたかっただけなのに…

 そして、どうして、私の行動が分かったの…?

 どうやって、部屋に入ってきたの?


 部屋に入るなら、私もここから出してよ…




 誰か私を出して?






「舞佳…私たちが見ていないなら何しても大丈夫だって、そう思っているんでしょ?それは、大間違いよ!!」

 気が付けば、スズが怒鳴っていた。

 舞佳がそんなことを考えていた覚えは無い…。

 だが、スズは、舞佳の頭から手を離し、床に落ちていた舞佳のスマホを拾った。

「良い?私、スマホから見てるんだからね?」

 画面を見せつけてくる。

 相変わらず日付の表示されない、いつも通りのホーム画面だ。

「スマホだけじゃなくて、様々なところから見ていますから」

 サチが舞佳の髪を握りしめた。

「後で、お仕置きが必要みたいね」

「待ってなさい、どうせ面白いことになるんだから」

 スズは足早にその場から去った。

「え…?」

 困惑する舞佳を置いて。


 ブチッ!!


「痛っ!!!」

 サチが手を握ったまま、勢いよく手を引いたのだ。

 …舞佳の頭に、点のような細い痛みが突き刺さり、髪の毛が引きちぎれる音がする。

 サチの手には…何本か、舞佳の髪の毛が絡みついている。

 サチは何も言わずに去っていった。


 机から頭が離れた舞佳は、急いで後ろを振り返った。

 だが…そこには、誰もいなかった。

 スズもサチも、ドアの開閉音をさせることなく消えていた。


「い、痛い…」

「あ、痛いなら…じゃあ…ここは、現実か…」

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