第56話

「傑さん…傑さん…」

 舞佳は、すっかり冷たくなった灰に涙をこぼしていた。

 灰は、氷のように溶けていき…


 やがて、無くなった。


どうして…?なんで傑さんが…


舞佳の感情が、まだ何も整理されていないうちに

1番聞きたくない、二度と会いたくない人の声が聞こえた。




「私の舞佳に、恋情なんかもって…卑しい男ね」


 舞佳の目の前に現れたのは…


 …”また”現れた


 スズだ。

 


「ようやくクズ教師が死んだと思ったら…次から次と、舞佳に執着するような奴が湧いて出てきて、これだから誘拐をするようなまともでない集団は困るのよね…」

 つまらなそうな声で、スズは近づいてきた。


 舞佳はすぐに立ち上がり、スズから身体を背けると…一直線に走り出した。


 ここで捕まるわけにはいかない…!


「舞佳…また、私から逃げるのね…」

 スズの声を無視して、交差点に飛び出した…




 それと、同時に、人が左から舞佳の視界に入ってきた。

「わっ!!」

 舞佳は急に止まることができず、人とぶつかってしまった…

「ご、ごめんなさい…!」

 と、叫びながら、走り去ろうとする舞佳。


 …が、ぶつかった相手は、舞佳の両肩を抱き、優しくこう言った。


「舞佳さん、急に飛び出してはいけませんよ。知らない人に怪我させてしまうかもしれないでしょ?」


 男性の声だ。


 ……「舞佳さん」?

 どうして、私の名前を知っているの?


 舞佳はまじまじと声のする方を見た、白髪混じりの中年男性が立っていた。


 男性は、舞佳に肩においた手で、ぽんぽん、とした後、舞佳の手をとった…

「じゃあ、帰りましょうか。サチさんも待っていますよ」

 と、また…優しく声をかけた。


 …サチさん…?

舞佳の一瞬ほころんだ心が、また、ギュッとなった。私の味方じゃない、あっち側の人かもしれない!

 もう一度、走り出そうとしたが、舞佳に繋がれた手はびくともしない。





げん先生、すみません!舞佳が迷惑をかけて…」


 気が付いた時には、スズが舞佳の後ろに立っていた。


 先生…?どういうこと?

今、分かることは、やはり、この中年男性はスズの知り合いだということだ。


 スズと男性を見比べながら、二人を睨みつける舞佳…。

「いえいえ。ご自宅までお送りでよろしいですか?それとも、舞佳さんのお家にしますか?」

「自宅へお願いしても良いでしょうか。彼女のうちには、もう誰もいませんので、戻る理由がなくなりました」

「では、ご自宅へ…」

 男性はそういって、道路の端に停まっていた自動車のドアを開けた。

「どうぞ」と、手を後部座席に向ける。

「…ほら、行きましょう?舞佳」

 これからどうなるのか、どこへ連れていかれるのか舞佳の手は、スズに握られる。

 …男性の手により舞佳の手も圧迫された。痛くなる程に。

「やめて…離してください…!」

 舞佳は手を引き抜こうとした。

 だが、抜けない。スズの手のひらに、より一層の握力が加わる。


「ほらほら、舞佳さん。スズさんにそんなことを言ってはいけませんよ?早く、乗りなさい」


 男性はそう言った。

 スズは、「先生、すみません」と頭を下げた。

 男性は、舞佳を後部座席へ誘導した。

 スズは舞佳を引きずる勢いで歩き出し、男性は「早く乗りなさい」と言うように、舞佳の背中を押した。


「離してって言ってるでしょ…!ちょっと待って…やめて…!」

 このまま、これに乗ったら、絶対に悪いことが起きる。舞佳は必死で抵抗するが、それは虚しい行為となった。バタン。外とのつながりを断絶するかのように、自動車の扉は閉められた。


 …自動車のエンジンがかかり、ゆっくりと動き出した。

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