第55話

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」

 公園とは随分とかけ離れた、町中の路地裏二人は休んでいた。

 舞佳は肩で呼吸をしている。


「どうして…どうして…」

 舞佳の呼吸が落ち着いてきたとき、そんな声がした。

「どうして、楚世歌さんを見捨てたんですかっ!!!!!!!!!!」

 舞佳は顔を上げて、壁にもたれかかる傑に詰め寄った。

 傑は驚いた顔をして、後退りする…。

「酷い!どうして、どうして!!!もしかしたら、楚世歌さんを助けられたかもしれないのに!!!」

 舞佳の悔しそうな顔…その頬には、涙が伝っていた。

「楚世歌さん…楚世歌さん…!!!!!」

「ま、舞佳…落ち着け…」


「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 舞佳が叫んだ。

 誰もいない、静かな路地裏に舞佳の声が響いた。

 そのまま泣き出してしまった…。






 しばらく泣き続け、呼吸が落ち着いてきた舞佳はまたしゃがみ込んだ。

「…あ、ご、ごめんなさい…でも…私…楚世歌さんが…」

 後悔したように顔を覆う。

 傑は口を開いたが、迷ったように閉じてしまった。

 だが、涙を拭い続ける舞佳の背中を擦り続ける。

「悪かった…その…楚世歌っていうのは。舞佳の大切な人だったんだな…俺は助けられなかったんだな…舞佳…ごめん」

 傑の口から出たのは、しどろもどろな言葉だけ。 

舞佳は言葉を失った…

そうか、楚世歌は…忘れられてしまったんだ。さっきまでいたのに、一緒にいたのに…

「い、いえ…こちらこそ、ごめんなさい…なんだか、取り乱してしまって…」

泣いている顔を拭いながら言う。

「お前、前にも…まか…?だってたかな、せんたろう…って奴のことも探してた…」

傑は、どう続けたらいいか、分からないけど、という顔で続ける。

「お前にしか見えない奴らがいるのかな…って思ってさ…だから、その、そよか、だったっけ…って奴のことも…なんか、ごめんな…」

舞佳は、また溢れてきた涙を拭いながら

「傑さん…助けにきてくれて、ありがとうございます」

と、伝えた。


「…せんたろう、は、明らかに男の名前で…舞佳があんまりにも必死だったから、ちょっとさ…」

傑がつぶやいた。

「え…傑さん、何か言いましたか…?」

舞佳の耳には、届いていない。

傑はしばらく黙っていたが、

「…舞佳、言いたいことがあるんだ」

 どこか切ないような顔をした傑だったが、覚悟したように舞佳の顔を見つめた。

「は、はい…?」


 そして、決心するかのように息を吸い込む。


「俺は…お前のことが好きなんだ!!!」




「え…」

 まだ瞳の縁に涙が残る舞佳が見たのは、思い詰めた表情で必死な傑の顔。

「俺と…!縁人が!好きだったのは、お前…舞佳のことだったんだ!!!俺らは舞佳のことを取り合ってたんだよっ!!!!!」


 …わ、私…?


…一番すごかったのが、二人の男子が一人の女子を奪い合って、ヒートアップ

してたことがあったな…あれ、誰だったかなぁ……


楚世歌の声がこだまする。


 …もしかして、あの話は…取り合っていた女の子って、私のことだったんだ…


 舞佳はいろいろなことが起こりすぎて頭がついていかない…


「だ、だけど、俺は……お前の性格に惚れた縁人とは違って、お前の見た目が良かったから……可愛かったから好きになったんだ…」

申し訳なさそうにいう。

「見た目で判断するなんて、格好悪いかもしれねぇ…。でも、お前を見ているうちに、縁人がお前のどんなところに惚れたかよく分かった。俺も、お前の性格が大好きになった。実際、俺より縁人の方が優しくて、女子からの人気も高い…。負けるかも、と焦った。で、でも…!俺は、どんなお前も好きだった!!縁人なんかに負けねぇくらい!」

 傑は悲しいような悔しいような泣き出しそうな顔を、思わず、下へ向けた。

 …そして、顔を上げた。


「縁人はいなくなった、和花先生も…!俺も…!俺も、いつそうなるか分かんねぇ…縁人は、お前に何も伝えず、いっちまった。お前のことを、あいつも本当に好きだった。あいつとは恋敵で、あいつと会うと、悔しくてうまく話せなかった。でも、あいつは、お前のことを本当に好きだった。お前の良さを知ってる縁人を…俺は、良い奴だなって思ってた…」

「でも、俺もだ!俺も、今、伝えないと、もう次はないかもしんねぇ。後悔したくねぇ。お前の可愛いところも、優しいところも…全部…俺は…」




「…大好きだっ!」




 言い切った傑の表情は、泣き出しそうだった…だけど、どこか清々しい。


「傑さん…」

 傑と同じような顔になった舞佳は、傑の名前を呼ぶことしかできなかった。


 舞佳の心臓が激しく動き始める…。

 だけど、今までとは違う心臓の音で…




「だから、お前は…お前のままでいてくれ。舞佳のことを認めようとしない悪い奴らの言うことなんか聞くな…!」


「え…!」


 突然、傑が舞佳の両手をギュッと握った。


「ま、傑…さん…」


 舞佳は傑の顔を真っ直ぐに見つめた。


 傑は、鼻を赤くして泣きながら…瞳は”悲しい”という感情を物語っていたのだ。

 傑の手を握る力からは、舞佳から離れたくない…という気持ちも伝わってくる。




「傑さん…私…なんていえばいいか…そんな風に言われたことがないから…」

あなたって、本当にダメな子…

舞佳の脳裏に浮かびあがる言葉

「こんな私でも…そんな風に言ってくれて…すごく、すごく…嬉しいです…」

 緊張する舞佳の口から出た言葉は、それだけだった。

 だけど、言葉では表せないような感情は、その言葉にちゃんと乗せられていて…


 傑は、それを聞くと、にっこりと微笑んだ。

 今までに見たことないくらいの、嬉しい優しい顔…


 眩しい笑顔の傑に、思わず舞佳は顔を隠してしまった。


 その時、視線が、傑に握られている両手に向けられる…。




「え…!」

「ま、待って…ま、傑さん!!」

 舞佳は声を荒げた。

 傑は…泣き出してしまいそうな、嬉しいような…そんな顔を崩さずに、舞佳のことを見つめていた。


 傑の手は、灰になっていた。




 舞佳の手を包んでいた温もりが、徐々に解けていく…。




 待って!もしかして、傑さんも消えちゃうの…⁉︎どうして…?




 舞佳は慌てて、傑から手を抜く。

「待って!傑さん…!」

 そして、傑の両手を外側から包んだ。


 消えないで…!


 ただひたすら、そう祈って…


 だが、舞佳の思いは届かない。


 傑は、舞佳の手の中で…灰になって溜まっていった。




 傑の顔が崩れていく…


「あ、そうだ…舞佳」


 ノイズのかかった傑の声が、耳元で響いた。


「…もし、また出会えたら、その時は…」






「俺の…彼女になってくれねぇか…?」




「…俺と…付き合って欲しいんだ…返事は、また会ったときに聞かせてくれ」






 傑はその言葉を最後に…


 舞佳の前から姿を消した。




 舞佳の手には灰だけが残って。

 指の隙間から、サラサラとこぼれ落ちていった。

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