第54話

 三人は行動を起こそうと、周囲を見渡す。慎重に、隠れていた場所から出て、出発しようとしたその時…




 遊具の出入り口を、サチが立ち塞いでいることが分かった。

 言葉にしなくても、サチが異常に恨みを込めていることが伝わってくる。

「…くそっ!」

 傑が声を出して地面を蹴り上げた。

 舞佳と楚世歌は大きく後退りした。

 傑は、そのまま、サチを睨み、身構えている。


「サチ…いたかしら?」

「はい…ここにいました」

 サチが出入り口から離れると、次はスズが現れた。

「交差点から慌てふためいて移動するあなたたちを、途中から見失ってしまったけれど…」

「サチ、よく、見つけてくれたわね」

 そう言いながら、スズは容赦なく、三人に近付いてくる。

「縁人の背中を押したのは、やっぱりあなたですか」

舞佳がスズを睨みつける。

「彼は、ああなる運命だったの。その隣の僕もね、そうなる運命だったのよ…?同じタイミングで、仲良く消えた方が寂しくないんじゃないかしら、と思ったけれど、目の前に交番があったでしょう…?私は正しいことをしているのに、誤解を受けて捕まるわけには行かないの。だから、今回は、ふふふ…とりあえず、ひとりだけにしておいたわ。」

舞佳は、笑うスズを睨みつける。

「舞佳、そんな目をして…悪い子ね。いい加減に目を覚ましなさい。誘拐犯の仲間なんかと一緒にいるから、どんどんあなたの頭はおかしくなっていくのよ」

「頭がおかしいのは、あなたたちよ!!」

舞佳が叫んだその瞬間

「行くぞ!」

傑が叫び、舞佳と楚世歌の手を掴んだ。

 スズとサチがいる反対側の出入り口を目指して駆け出す。


「行かせないと言いましたよ…」


 目の前に現れたのは…サチだ。

 反対側の出入り口を塞ぎ、挟み込もうとする。

「どけ…!」

 傑は速度を上げると、そのままサチに体当たりした。

 そこから先は…遊具の外だった。

 だが、体当たりした衝撃で、舞佳の手と楚世歌の手が、傑からするりと抜けてしまったのだ…。


 舞佳はサチと距離を取るために、真っ直ぐに走った。

 傑は楚世歌の手を取ろうと、振り向いた。

 …が、楚世歌は…フラついていた。


 上手く走れないような、力尽きてしまいそうな足取りで…その場に倒れた。




「捕まえたーーー!!鬼ごっこは終わりだ…!!!」


 サチが…楚世歌の腕を掴んだ。


「楚世歌さんっ!」


 舞佳は引き返そうと走り出した。

 だが、数メートルほど距離が空いてしまっている…。


「威勢の良いお嬢さん、どこまで続くかと思ったら、もうパワー切れ?やりがいがなくちて、ちっともおもしろくないわね…!!!」


 サチは楚世歌を乱暴に押し倒し、馬乗りになった。

 サチのフツフツと湧き上がるような憎しみに、楚世歌は押しつぶされる。

 サチは楚世歌の首に左手をかけた。


 そして…右手を握り、振り上げた。

その手を勢い良く振り下ろす。 

鈍い音がした。


「う…うっ…!!」




 サチは思い切り、楚世歌の顔面を殴り始めた。




「待って…待って待って!やめて!やめて!やめてーーーー!」

 舞佳の声が裏返り、金切り声が響いた。


 やめてやめてやめて…そんなことしないで!!!


 そこへ、近づいてきてくるスズ…

「舞佳!!!!!もう足掻くのはやめなさい。こんなことを繰り返してどうするの。今すぐに、私たちと共に来なさい」


 …サチのしていることには見向きもせずにスズはこちらに寄ってくる。何がなんでも舞佳を連れて行こうとしている。

「嫌だ!あなたたちは…あなたたちのしていることは人じゃない!!!!!」

 舞佳は叫んだ。

スズは、眉間に皺を寄せて、不愉快そうな顔をした。

「スズ…あなたのせいで、私たちは、こんなことになっているのよ?あなたがいつまでも洗脳から解けないから…あなたが」

さらに険しい嫌悪感を浮かべて

「あなたが、お友達と呼んでいる誘拐犯も、その仲間も、こうなって当然でしょう…?だって、犯罪者なんだから…」

舞佳は、返す言葉を失った。

ダメだ…この人たちとは、話しが通じなさすぎる。


その時

「うぐっ…ゴホッ…ゴホッ…」


 楚世歌の濁った声がした。


 その途端、楚世歌の身体の中から、砂のようなものが噴き出してきた。

 サチが一回一回殴るたびに、噴水のように砂が広がっていく…。


 楚世歌さん…!やめて…誰か助けてっ!!!


「やめてっ!お願い、傷つけないで!」

「舞佳…!止まりなさい!」


 一瞬だけ、砂が赤く見えた…。


 心なしか、黒くなっているような…


「やめて、やめて、もうやめて!!!!!お願いだから、やめて!楚世歌さんを離してよっっ!!!」

「舞佳、行っちゃダメだ…!!」

 制止する傑の声をふりきり舞佳は…楚世歌のもとへ向かった。




 そのまま舞佳は、楚世歌に馬乗りになっているサチに掴みかかった。

 楚世歌から引き剥がそうと、何度も、何度も、掴みかかり押し倒す。

「お前邪魔だ…!うるさいっ!どいてろ!!」

 サチが、舞佳の腕に爪を立てた。

 …勢いよく、舞佳の腕を引っ掻いていく。

「うっ!痛い…!」

 目的である舞佳が目の前にいるというのに…サチは、我を忘れているようだ…。

「やめてっ!!やめて!やめて!…楚世歌さんを離してっ!!!!!」

 それでも、舞佳は果敢にサチに立ち向かっていく。

 腕に赤い線が何本も何本も…書き足されていく。

 腕が切り裂かれる…電気がビリビリと走っていくようだ…

「い、痛い、痛い…!」

 舞佳の腕が、ガクガク震え始める。

 …それでも、やめない。

 サチが楚世歌を、離すまで…




「舞佳ぁ!!!!!」

 後ろから叫び声が聞こえ、舞佳の首に手がかけられる…。

 スズが舞佳の背後まで近づいていた…

「…おい!やめろっ!!」

 そこに切り込んできたのは、傑だった。

 傑はスズの腕を掴み、さらにはスズを蹴り上げた。

 …舞佳の首からスズの手が離される。

 蹴り飛ばされたスズはフラつきながら、しゃがみ込んだ。

「ま、傑…さん…」

 舞佳が傑の顔を見た。


 その瞬間、傑は舞佳の両腕を掴んだ。


「あ…!」

 すごく強い力で舞佳の両腕をサチから引き剥がす。

「もう行こう!走れ!」

 傑はそのまま走り出した。

「ま、待ってください…!まだ楚世歌さんが…!」

 公園から出てしまう前に、舞佳は止まろうと足に力を入れた。

「舞佳、ダメだ!楚世歌はもう…!!お前は生きていなくちゃいけないだろ…!」

 傑に引っ張られながら舞佳は公園から去っていった。






 その後…公園では、楚世歌が人の形をした灰と化していた。

「う、うう…」

 スズは腹部を押さえて、うずくまった。

 傑に蹴り上げられたところだ…。

 上手く体勢を立てることも出来ず、苦しそうに横たわった。

「こいつ…!こいつ、こいつ!!」

 サチは狂ったように、灰になった楚世歌を殴り続けた。


 まだ楚世歌の形をした灰の塊から、灰の細かな一粒一粒が噴き出している…。

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