第53話

「クソ…!スズだ!あんなことするなんてスズに違いねぇ…!!」

 傑は悔しそうに舌打ちした。


 そこは、町の一角にある小さな公園。

 縁人がいなくなったショックを残しながら、三人は、ドーム型の遊具の中にしゃがみ込んで隠れていた。

「スズ…やべえ奴だとは分かっていたけどよぉ、人を道路に突き飛ばすとか…やばすぎだろっ!」

 頭を掻きむしった傑の隣で、楚世歌が突っ伏しながら静かに行った。

「もしかすると、縁人じゃなくて、私か、傑だったかもしれないよ」

三人は黙った。


 縁人を消滅した。それができる人なんて、スズとサチ以外あり得ない。

 実際に、縁人を突き飛ばしたのがスズかは分からない。もしかすると、サチだったかもしれない。


 あの後、人影はなかった。珍しく、スズやサチは追いかけてこなかった…何を考えているか分からない。不気味だ。


「あれ、何?何のために人を道路に突き飛ばしたの?自動車で轢こうとしたってこと…?」

 そう楚世歌が言ったが、明らかに様子がおかしかった。

 楚世歌の声に生気が宿っていない上に、さっきから誰もいないところを見つめている。

「いや…もしそうなら、縁人のことを全力で轢くだろう。直前で止まったんだし、サチが運転していたわけではないだろ。怒鳴り声も男だったぞ」

 何事もなく話す傑…。

 見ていた舞佳にとって、そのやりとりは、異様な光景だった。

「あ、あの…!」

 舞佳は疑問を拭い去るべく、思い切って、声を出す。

 傑は舞佳に顔を向けたが、楚世歌は…ずっと目を合わせないままだ。

 …そっとしておくべきか。

 そんな心情のなか、ううん、と首をふって、舞佳は訊く。

「どうして、二人は…縁人さんのこと…覚えているんですか?」


 そうだ。縁人は消えてしまったんだ。

 なのに、なぜ二人は縁人のことを覚えているんだろうか。


「え…」

 傑の表情が固まった。

「おかしなこと言うな。お前は。…忘れるわけないだろ。縁人は…お、俺の恋敵だし…な、楚世歌?」

 戸惑う顔を隠すように、楚世歌に話題を振った。

「うん…」

 だが、楚世歌はそっけない。

 …楚世歌は生きるのに、疲れてしまったような顔だ。

どうにか、元気になってほしい…が、この状況では到底難しいだろう。

「そ、そうなんですね…」

 舞佳は、思わず頭を抱えた。


 何がどうなって…


 だが、とにかく今は逃げることに専念した方が良いだろう。

 ここまで来たのに、スズたちに見つかってしまったのだから。


「これから…どこに逃げましょうか…」

 舞佳は悩んでいた。周りは沈黙を貫いている。

 …が、逃げようと思う程、また誰かが消えるのではないかと不安になった。

 もう、誰にも消えてほしくない。

 だが、ここにとどまることも危険だ。

 ふと、右手の傷がズキズキと痛んだ気がした。

「……どうしたら」

 手をギュッと握ると、傑がようやく口を開いた。

「…ここから、もう少し西に行くと…俺の家があるんだ…俺の家なら、追いかけてこないかもしれない…なんて」

 ぎこちない口調で、また頭を掻きむしった。

「…これ以上、迷惑をかけるわけには…」

 言いかけて、傑の決意に満ちた表情を見た。その表情に舞佳は

「ありがとうございます…」

と、うなずいた。

 舞佳に執着するスズやサチだ。きっと、どこまでも迫ってくるだろう…

 だが、どこかに逃げなくてはいけないし、疲れ切ったみんなの身体を休める場所も必要だ。何かしらの時間稼ぎにもなるはず…。


「…行くか。舞佳、楚世歌」

 傑が立ち上がった。






「行かせませんよ」

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