第51話

 外は薄暗くなり、少しばかり冷えた風が通った。


 児童相談所の看板の明かりが、徐々に目立ってくる。


「チッ…!」

 いかにも不機嫌そうな舌打ちの音が、その児童相談所の陰で聞こえた。

「全っ然、来ないですね…」

 地面をこれでもかと蹴っている。

 隣には、もう一人誰かがいて。

「そうね…子どもが助けを呼ぶ場所は、ここだろうと思ったのに…錐も取られちゃうし…」

「錐のことは…悔しいですが、別にどうだって良いですよ…!これから、あのダメな子の身に、もっと恐ろしいことが起こるんですから…!!」

 地面を何度も力強く踏みつけている。

「ここに来ないとしたら、どこにいるんですか…?」

 すると、冷静なもう一人が場所を言い始めた。

「私たちがここにいるのを予測したとして。自宅に帰ったか、大通り近くの交番に行ったか、それとも…どこか遠ーい場所に逃げようと、駅方面に向かったか…」

 それを聞いた不機嫌そうな人は、目を見開いた。

「交番も困りますが…!駅なんかに行って逃げられたら、もう追えませんよ⁉︎そうなる前に、追いかけましょうっ!!」

「そうね…」

 二人は陰から姿を現す。


 二人の正体は、スズとサチだ。






 …私、なんで、児童相談所でスズに捕まった記憶があるんだろう。


 舞佳は歩きながら、そのことばかり考えていた。


 ふと、自分の胸元に手を当てる。

 …ペンダントがまだあった。

「あ…」

 だが、そこで気づいた。

 ペンダントの宝石に、ひびが入っていることに。

「いつから…」

 触れると、分かる。

 見えないくらい細いひびが段差を作っており、それと交差するように、もう一筋のひびが入っている。

 ひびの端の方は、少し欠けていた。


 このペンダントがつけられていた日に、スズとサチはやってきた。

 スズとサチとは、その時に初めて会った。

 …その後に、児童相談所に逃げ込もうとしたことなんて無かったはずだ。


 …怖いから、考えるのやめよう。


 舞佳は忘れようと頭を横に振って、前を向いて歩き出した。

「そういえばさー」

 突然、前を歩く傑が声を出した。

 振り向いて、舞佳を見ると、そのまま後ろ歩きし始める。

「舞佳、よく俺たちの行き先が高校だって分かったな」

 傑はそう言った。

 それに反応するように、縁人が「確かに」と呟く。

「そういえば…私たち三人が高校まで逃げようって話したんだよね。でも、その時、舞佳ちゃんいなかくて、舞佳ちゃんが迷子になっちゃうよって…」

 楚世歌が、不思議そうに舞佳の顔を見た。

「え…⁉︎」


 …あ、そうか……和花先生、消えちゃったから…


 本当は、和花が楚世歌たちをバラバラに逃して、高校に集まるように言い、舞佳と一緒に逃げたのだ。


 だが、和花が一緒にいたことを覚えていない楚世歌たち三人の中では、一緒に高校まで逃げようと話して、高校に来たことになっているようだ。


「え…あ…す、すごい偶然ですね…!」

 舞佳は驚いた顔をした。もちろん、ただの作った表情だ。


 和花の話をしたら、みんなをまた悲しい気持ちにさせてしまうだろう。

 …そう考えると、「和花先生が連れてきてくれた」とは言えなかった。


「同じ高校に通ってるから、意外と同じこと考えたりするんですかね」

 縁人が微笑んだ。


 自動車の騒がしい音が近づいてくる…そろそろ大通りに近づいてきたようだ。

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