第46話

 …が、ほんの少しだけ遅かった。

 舞佳たちに追いついたサチは、喰らいつく勢いで二人を突き飛ばした。

 足がもつれ、二人は道路に放り投げ出された。突き飛ばしたサチも地面に這いつくばるようにして倒れ込んだ。

 転がる舞佳が捉えたのは、今までに見たことの無い…最大級の憎しみと怒りを詰め込んだ、サチの顔だった。


 3度目の正直だ。今度こそ、捕まったら、人生が終わりそうな気がした。

 まるで、触れてはいけない呪物のようで…


「ゴホッ…ゴホッ…」

 和花の咳き込む声が聞こえる。

 舞佳は身体が転がり終わる前に、無理矢理立ち上がった。近くに落ちていた…舞佳の体液ですっかり赤黒くなった錐も持つことも忘れなかった。

「和花さん…!」

 急いで和花に駆け寄ると、サチが走り出そうとするのが見えた。

「うん…行くよ!」

 和花も気づいて、呼吸を無理矢理整えた。

 急いで立ち上がり、舞佳の腕を掴んで走り出した。


「待て…!待て…待て…!」

 サチは狂ったように走っている…。


 サチの自動車には勝てないが、人間の走る速さなら自信がある和花。

 風を切る勢いで、一直線に進み出した。




 サチの声が小さく小さくなっていく…


 その途中で向かい風が襲ったが、和花と舞佳は一心不乱に走った。

「和花さん…!大丈夫ですか?あ、そういえば、みなさんは…?」

 周りには、自分と和花以外誰もいない。

「私は平気…みんなも、高校に向かってるから…はぁ…はぁ…大丈夫だよ」

 和花がそう答えた…が、明らかに声がおかしかった。

 とても苦しそうだ。

「和花さん…!やっぱり苦しそう…大丈夫じゃないですよね?」

「和花さん、いつもいつも助けてくれて…無理させちゃって…和花さん、ごめんなさい」

 舞佳は和花とのこれまでを思い出して、泣き出しそうになった。いつも、舞花を助けてくれる和花。

 和花は首を横に振ると、

「はぁ…はぁ…そんなことより、舞花さんの手の傷が心配…頬も、唇も切れてる…」

「…痛かったでしょう、かわいそうに…よく立ち向かって…はぁ、はぁ…」

「早く、手当てを…はぁ…しなくちゃ…」

舞花は、胸が熱くなった。和花は、いつも自分のことよりも舞花の心配だ。

和花は、舞花の怪我の状態を見ようと、無理にでも呼吸を整えるかのように…顔を上に向けた。

 …その時だった。


「待て…!!待てぇ…」

「逃げられるとでも、思ったかーーー…!」


 小さくなったはずのサチの声が、また聞こえてきたのだ。


 もうだいぶ走っていた気がするが、まだまだサチは追いかけてくる。

 振り返ると、サチの後ろにもう一人見える気がするが…

 あれは…スズだろうか。


 風が強く吹いていく。

 気がつけば、和花の方が速く走っていた。

 合わせるように、舞佳も速度を上げる。




 二人が肩を並べた時…そこで舞佳は気づいた。


 和花の姿が透き通っていることに。




 …どうしよう!和花さんが、消えちゃう!!

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