第44話

 机の上に置かれた、六人の携帯が時々通知音を鳴らした。

「誰か動こうとしたかしら?」

 廊下を見つめていたスズが振り返り、舞佳たちに近づいていく。

 空気がじわじわと張り詰めた…。


「君かな?」

 スズは勝ち誇ったように笑って、彦の首に錐を突き立てた。

「やめてよ、やめてよ…!」

 彦が怯えている。

「離して、離して、おにいちゃん、おねちゃん助けて」

 彦は泣き叫んでいる。

 スズは、うるさい、と眉間に皺を寄せながら、彦をつかむ力を強くしていく。

「ちょっと、彦に何するの!?やめてくよね…!」

 楚世歌が錐を払い除けようと、手を伸ばした。

「消されたいのね…?」

 そう言った瞬間、錐が楚世歌の制服に刺さった。

「…!」

 楚世歌の腕がピタッと止まった。さすがの楚世歌も少しだけ震えた…。

 幸い、刺さっているのは制服だけで、肌に傷はついていないようだ。

「威勢のいいお嬢さん、その強気な態度はどこまで続くのかしらね」

 スズは楚世歌を見て、クスクス笑った。

 それを見た和花は、止めようと身構えた。

 …が、ここで動く方が危ない、と感じたのだろう。 

 悔しそうな表情を浮かべ、座り直した。


 しばらくして、スズは楚世歌に錐を向けたまま、

「それにしても、誘拐犯さんはまだ来ないわね」

 と、つまらなそうに玄関を覗いた。

 …今も、まりかと定は病院から帰ってきていない。あれから…三日ほどは経っているだろうか。

 でも、この状況を考えると戻ってこなくてかえって良かったかもしれない。外にいる方が、安全だ。


「そういえば、あの子もいないわね」

スズはあたりを見まわして、呟く。

「ああ…あの小さな病人のことですか?」

サチがこたえる。


「二人は一緒にいるのなのかしら?」

スズは、楚世歌の制服に刺さっている霧を少しづつ、皮膚に押し当てていく。


「ひ…!」

楚世歌は恐ろしくなり思わず叫んだ。

「そうだよ!二人は一緒にいる!定の様子がおかしくなって病院へ行ったの!」

楚世歌は、ハッとして、情報を話しすぎてしまった、と、後悔した。しかし、そんな楚世歌を責めようと思う人は、誰もいなかった。



 サチが、それを聞きながら

「ふ〜ん…」

 と、少し考えて

「スズさん。きっとあの病人は入院して、付き添いになったんじゃありません?何日も、薬を飲んでなかっただろうから。」

 と、告げた。

「きっとそうね…でも、こんなに何時間も誘拐犯さんが帰ってこれなくなるなら、薬をすり替えない方が良かったかもね」

 スズは、錐を楚世歌から離しながら、残念そうな顔をした。



「…定ちゃんが…薬を何日も飲んでいないって…?」

 一体、どういうこと?二人のやり取りに、心臓がバクバクしていた。

「すり替えたって、一体どういうこと…!?」

 和花も鋭い視線をスズに向けた。

「あらら、やっと、お口が開いて、お話しできるようになったのね」

スズに言われて、舞佳は悔しそうな顔をする。


「お友達ごっこ、家族ごっこをしているわりに、何も気づかなかったのね?」

「あんなに小さい子のお薬の管理もしてあげないなんて、あなたたちは、なんていじわるで、愚かなお姉さんたちなのかしら?」

 スズは楽しそうな顔でツラツラとしゃべり始める。そして、サチに目配せすると、サチも楽しそうに、笑ってしまいそうな声をなんとか抑えながら、小さな袋を取り出して、床に投げ捨てた。


 パラッ!


 小さな音が空気を舞っていく。

 

 舞佳は、おちいていく小さな袋に目を凝らした。

 …舞佳がその袋の正体を掴む前に、楚世歌がその正体を明かした。

「待って…あれ、定ちゃんの薬じゃない…!?」

「えっ…!」

 舞佳は、自分の近くに落ちた小袋をあわてて拾い集めた。


 楚世歌の言う通り、その小さな袋は…

 定の内服薬だった。


舞佳が、口元をぎゅっとさせながら

「どうして、あなたたちがこれを持っているの…!?」

と、睨みつけた。

サチは、涼しい顔で

「あら、説明しないとまだ分からないの?私たちは、あの病人に薬を返していないの」

そして、さらに

「スズさんの言う通りだわ。これだけの人数がいて、誰もそれに気付きもしないなんて。舞佳、ここにいる人たちは大切な人たちなんて言っていたけど、笑ってしまうほど、口先ばかりね。」

和花も口をはさむ。

「でも、袋のなかに薬が入っているのは、私が確認していました」

サチは和花を一瞥し、確認…やれやれ…という表情で、

「中身は、単なる市販の風邪薬に入れ替えた…よく見れば気付いたでしょうに。まわりの大人はこんなんだし、小さい子は騙しやすくて簡単。全然、気が付いてなかったようで…楽しくて笑っちゃう」

と、サチが言った。

 二人の言葉が本当なら、舞佳と和花が最初に家から逃げ出したあの日…

 サチは、あの日…定の薬を投げ返してきたが…

 その前に、こっそり中身を入れ替えていたのだろう。

 …つまり、定はまりかに病院に連れて行かれるまでの数日間、治療薬を飲めていなかったのだ。

 …定が体調崩すことになるのは、スズとサチにとってもはお見通しだった…

 スズとサチの計画通りに事が運んだのだ…。

「許せない…」

 舞佳は、手をギュッと握った。怒りで手が震えた。でも、自分のことも腹が立った。サチの言う通りだった。定はいつも自分で薬を飲んでいて、小さい子だけれど、その慣れた仕草に安心して、飲んでる時間や中身まで確認しなかった。


 …定ちゃん、ごめん。

まりかさん、ごめん。自分のことに必死で、薬のことも、二人のことも、気にとめていなかった。いなくて淋しいな、くらいで。まりかさんがついているから、定ちゃんは大丈夫だろうって…


 サチが言っていたように、定は入院し、その付き添いでまりかが帰って来れなくなったのだろうか。


 病院にいるのなら、まだ、安心だ。

 でも、もし、違ったら…?

 病院にさえ辿り着いていなかったら…

 


 二人を探さないと…


 舞佳は、机から立ち上がり、外へ飛び出そとした。が…動く前に考えなおす。自分の勝手な行動で…また、誰かが消されてしまう。


 この状況を打破するには、どうしたら良いのだろうか。

 …もう終わりにしたい。

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