第43話

「おバカさんね…誰のためにこんなことをしているのか、まだ気付かないなんて」

 キラリと光る鋭い尖端が、今にもこちらへ突き刺さってきそうだ。

「お利口でない子には、お仕置きな必要かしら」

「サチ。やめなさい。舞佳がこんなことをしてくるなんてね。でも、お仕置きはいつでもできるわ。今は、これをなんとかしないと」

 二人は、舞佳を始め、部屋の中にいるみんなの顔を見た。

「…あー、誘拐犯さんはいないのね」

 スズが残念そうに言った。

 それに付け加えて、サチが言った。

「今度こそ、舞佳を解放しようと思いましたが…残念ですね…」

 サチは舞佳を睨みつけていた。

 あなたのためにやってるのに、まだ気付かないの?ホントに馬鹿な子…。

 目は口ほどに物を言う…。実際にそう聞こえてくるようで、舞佳は正直…うんざりしていたが、舞佳もサチを睨み返し続けながら、


 …何度言わせるの?洗脳なんかされていない。おかしいのは、あなたたちの方。


 もし…本当に、私が暗示にかかっていたとしても、それでいい!みんなといることが私の幸せなの…!


 スズとサチは、二人でしばらく話し合っていたが、「その方が良いわね」と言うと、舞佳たちに顔を向けた。

「この中で誰か、誘拐犯さんの電話番号知らないかしら?」

 スズが錐を指先でくるくる回しながら、訊いてきた。

 …みんなは黙ったまま、お互いに顔を見合わせている。

「正直に言いなさい…また、誰かが消えることになるわよ」

 サチが全員を順番に睨みつける。


「消えるって…どういうこと?」

 楚世歌が呟いた。


 …そっか、消えた人は、周りの人から忘れ去られるんだっけ。


 舞佳以外の人は、人が消えていくことを知らないのだ。

 …だが、スズたちの巻き起こす惨劇は見てきている。

 サチの言葉が、どれだけ危険なものか…それだけは、覚えているはず。


 …あれ、でも…スズとサチは、自分が人を消していったことを覚えている…?

 …人が消えてしまうことを知っているの?

 真可や千太郎のことも覚えているの?




 …結局、口を開く者はいなかった。


「ダメか…じゃあ、誰かに消えてもらうしかないわね」

 スズが薄く笑っている。電話番号知れても知れなくても関係ない。怯えている人を見るのが楽しそうだ…気味が悪い。

 そして、スズとサチはひとつ誤解していた。みんなは決して”誘拐犯”の電話番号を隠しているわけではない。

 …知らないだけなのだ。

「ねえ、ちょっと、待ってよ…!」

 声を上げたのは、楚世歌だった。

「何…?」

 薄気味悪い笑いがスッと消えて、適当な声で応えるスズ。…楚世歌に視線を合わせることはない。

「誘拐犯って、誰?私たち、全然分からないんだけど」

 楚世歌がひょうひょうとした声で言う。

 それに対し、スズは視線を舞佳に向けた。

「舞佳…訊かれてるわよ?」

「……」

 舞佳は黙っていた。

 誘拐犯…スズの言うことだ。きっと、”まりか”を意味する言葉だろう。

 ちなみに、舞佳も、まりかの電話番号を知らない。

 …少なくとも、覚えていない。

「知らないです…」

 そう答えると、サチがため息をついたのが分かった。

 …本当に知らないのだから、仕方ない。


「仕方ないわ。この子たちを消すのは、まだもったいないし…じゃあ、誘拐犯が帰ってくるまで待ってましょう…」

 スズがまた笑った。


「え…」

 舞佳が不安そうな顔をする。


 ずっと、この状況が続く…ということだろうか。

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