第41話

 ガチャ!

 ドアノブに触れると…独りでにドアが開いた。


「わ…!」


 ドアの端とぶつかりそうになり、舞佳は慌てて避けた。

 内側のドアノブを…誰かが握っている。

 スズとサチかもしれないと感じた舞佳の身体はビクッと震え、思わず後退りした。すぐに逃げられるように、充分な距離をとって。


 その時…

 ガサッ

 軽い物がぶつかり合うような音がした。


 ガンッ!

 ドアに大きな物がぶつかる音がした。

 そのすぐ後に、


「わああっ!」

 知らない女性の声が響き渡る。

 中から一人の女性が、たくさんの荷物と一緒に、玄関から転がり出てきた。


「な、なに…?」

 舞佳は驚きながら、事態を把握しようとした。

 どうやら、この女性は玄関で突き飛ばされたようだ…。

 女性は痛そうに横たわり、家の中を睨みつけている。

 その視線の先には、人影が見えている。


 女性は、紙袋や布袋をたくさん持っていて、ポニーテールの髪が少し乱れていたが…どことなく、気の強そうな若い女性だった。

「ううっうっ…」

 痛そうな声を出しながら、地面に両手をついて身体を起こそうとしている。

 舞佳は女性を助けようと、思わず一歩足を前へ運んだ。

 …が、その時、

「急に突き飛ばすなんてどういうつもりですか!灯真が怪我をしたらどうするつもりなの!」

 女性が、家の中に向かって怒鳴った。先ほど、女性が睨んでいた人影がいた方向だ。

 驚いた舞佳は、思わず足が止まってしまった。


 転んだ女性のその先には、一人の子どもが同じような格好で転んでいた。

 起き上がった女性は、転がっている子どもに気づくと、その腕を乱暴に掴んだ。子どもは、泣きながら「痛い…やめて…」と叫んだ。

 その子どもは…




 灯真だった。




 女性…灯真の母は涙を流す灯真の背中を擦りながら、散らばった荷物を集めた。

 腕に重そうないくつもの袋をぶら下げながら、灯真を立ち上がらせる。

「許せない…二度とこんなことしないで!」

 そして、人影を恐ろしい形相で睨みつける。

 家の中から出てきたのは…


「許せないのは、こっちの方よっ!!!!!」


 枯れた声の叫び声と…お嬢様のような女性だった。

 …スズだ。


「スズ…!」


 舞佳の足は、灯真の元へ向かった。


 止めなきゃ、今、止められるのは私しか…!

 早くしないと、灯真くんが…消されちゃう!!


 灯真が、スズに消されてしまう気がした。


 自分のいる場所と灯真のいる場所…その間がとてつもなく遠く感じた。

 目の前にいるはずなのに、走らないと間に合わないほど遠くに感じた。

 舞佳は走り出した。少しでも早く走って、灯真の元へと近づいていく。


「もういい…!!二度と…もう二度と!」

 灯真の母の怒り…それが、目に見えて分かった。


 …もっと早く!


 舞佳は苦しそうな顔をした。

 スローモーションのように、足がゆっくりになっている…。

 足が重く、呼吸も苦しくなっていく…


 灯真の母は叫んだ。

「うちの灯真に関わらないで!」


 その声に、反応するようにスズが叫んだ。

「そっちこそ!!二度と私の舞佳に関わるな!!!」


 灯真の母は、スズのその圧力に押される形で、その場から離れていく。

 スズに憎しみを向けながら、灯真の手を強く引っ張って…去っていく




 苦しくなった舞佳は声が出せなかった。

 心の中で、だた必死に叫んだ。


 待って…!!!


 それが伝わったのか…

 叫んだ瞬間、母に腕を掴まれながら去って行こうとする灯真が、こちらを振り向いた。


 そして、舞佳と目が合った。

 その瞬間だけ…一瞬だけだが、時間が止まって…舞佳の言いたいことが、灯真に伝わった気がした…。


 灯真は、舞佳の方に手を伸ばした。


 まいかおねえちゃん!!


 口を開いていた…。

 声は聞こえないが、きっとそう言っている。

 …灯真は、舞佳を呼んでいる。


 舞佳は、灯真に答えるように、手を伸ばした。

 離れていってしまう灯真に、届かないはずの手をただ伸ばしていた。


 

「もう、どこにもいかないでね、まいかおねえちゃん」


 灯真と交わした最後の会話。




 だが、灯真と灯真の母は、交差点に入ると…




 灰になっていった。




「…灯真くん!」


 思わず、舞佳のは叫んだ。

 灯真の母が消えて、次は…母に繋がれた灯真の手が、灰になって崩れていく。

 舞香の叫び声と、灯真が灰になっていく…その二つが、同時に重なった。

 灯真は…目を見開いた。


 その瞬間に、灯真の顔が灰になっていく…。

 …まるで、顔が内側から…剥がれていくようだ…。

 …剥がれて灰になり、そして消えていく。


 …あっという間に、灯真の顔は無くなった。

 そして、伸ばした片手だけが残る…。


 空中に浮かぶ手は、必死に舞佳を呼び続けていた。

 …が、諦めたようにゆっくり閉じていって…


 とうとう…消えてしまった。




 面影も残らない。

 灰は風に流れて、どこかへ舞っていった。




 舞佳は、足を止めて…その交差点を茫然と見ていた。



「さてと…舞佳、入りなさい」




「待って…」


「待ってよ…」


「待ってよ!灯真くん…!」

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