第40話
気づけば、すっかり翌朝になっていた。
…昨日は、大変だった。
忘れ去られた人たちに、消えてしまったはずの人たち…
文字化け…それが読める灯真くん…
自分がおかしくなってしまったのか、それとも、本当にパラレルワールドに入り込んでしまったのか。
自分が本来生きる世界とは違う、全く別の世界に飛ばされてしまったようだった。
昨日は、とても疲れてしまって、まだ日が沈み切らないうちに寝てしまった。
寝ても寝ても、疲れは取れない。
それなのに…
こんな朝早くにに起きてしまった。
今なら、日の出が拝めそうだ。
「ちょっと、外に出てみようかな…?」
スズやサチに見つかったらどうするんだ、とみんなが心配して、怒るかもしれない…
でも、そもそも、スズやサチが執拗に私を追いかけてくる理由が何度考えても分からない。あの人たちと自分は一体どういう関係があるのだろう。
そういう絡まってごちゃごちゃになった糸をひとつひとつ解いていく作業自体が疲れたのだ。
ここが、現実でも、現実でなくても…元の穏やかだった世界へ帰りたい。
朝の光のなかに戻れる方法があるかも…
そう感じて。
ガチャ…
舞佳は、玄関を出た。
既にほんのり、暗い色から明るい色へ、空にグラデーションが出きている。
…朝焼けが空を縁取っているようだ。
朝焼けは雨…
ふと、そんなフレーズが頭に浮かんだ。
昔、読んだ何かの本で、確か、朝焼けが出ると、雨が降ると書いてあった。その時の私は、朝焼けと雨という不一致さを、何故か心地よく感じて、そのフレーズが心に残ったのだ。
舞佳は空を見上げながら、走った。
住宅街を抜け、商店街に入る。
商店街を出て、すぐに右に曲がり、大通りの傍を駆けていく…。
大通りに比べ静かな場所に出た。
あとは、北へ真っ直ぐ走る。
その先は…
全く
よく見る、
確か、私…ここを歩いていた時に…
そう…あの不採用通知が届いたのだ。
不採用通知は、最初から文字化けしていた…あの時は、さほど気にならなかったけれど、きっと、通知が届いた時には、このありえない出来事が始まっていたのではないだろうか。私が本来いるべきところから、少しおかしな世界に入ってしまったのなら、きっと、ここが異世界の入り口になるだろう。
ここなら…今までのありえない出来事の正体が分かるかもしれない。
舞佳は、自分でも、めちゃくちゃな考察だと感じていた。異世界とか、もとの場所に戻れる入口とか、私は何を考えているのだろう。
でも、まともでないと思いながら、これまでの数々のまともでない、つらく怖い、悲しみを思い出して、すがれるものには、何であろうとすがりたかった。
そう思って、八百屋の裏に回ってみたり、道路を渡ってみたりしていた。
あの時と同じ行動を動作を、何度も試した。
「我ながら…何やっているんだろう…」
そう呟きながら、折れそうな心をなんとか支えながら、歩き回った。
何にも無いなぁ…
思いつく限りのことをやりつくして、なかば諦め始めたときに、そういえば、スマホのメールが、不採用通知以外の何かを、受信していたことを思い出した。
そう考えているうちに、あたりは闇の姿を消して、日の光にうつしだされていた。日は舞佳の頭上近くにきてしまった。
舞佳は、日の光に気付き、ハッとした。
「早く…帰らないとっ!」
もう…家では、誰かが起きているはず…。
私がいないと、また、みんなに心配をかけてしまうだろう。
ああ…家を出る前に、置き手紙をしておいても良かったかもしれない。
次々と起こる出来事に気を取られて、すっかりみんなへの配慮を忘れてしまった。
舞佳は慌てて走り出した。
大通りに向かって走っていた舞佳の瞳に、ある小道が映った。
二軒並んで建っている住宅の間にある、細い道。
…この道を通っていけば、近道になるかもしれない。
急がば回れ…とは言うが、とりあえず一刻も早く帰ろう。
舞佳は、その小道に入っていった。
しばらく走ると、大通りの傍に出て、これまた賑やかな道に出た。ここに繋がっていたのか。
既にたくさんの人が歩き、自動車が走り去っていく。
…そっか、今日は平日か…。
舞佳は上り坂を走っていく…と、
すぐ右手に、ある建物が見えた。
何人もの人が、その建物に吸い込まれていくようだ…。
「大学…」
あの建物こそ、舞佳の通う大学だった。
舞佳は、足を止めた。
…いつになったら、また通うことが出来るの…?
目の前は横断歩道で、今、歩行者の信号機が点滅しているところだった。
あっという間に、赤信号に変わる。
舞佳は横断歩道を渡らなくては、と、どこかソワソワしていた。早く帰らなきゃ!…と思っているのに、なぜか、身体が動かない。
早く立ち去らないと…この道で足を止めてはいけない気がした。そもそも、ここは通ってはいけなかった…舞佳は、いやな汗が流れるのを感じた。
信号が赤信号になった。
「舞佳…⁉︎もしかして、舞佳なの…?」
声が聞こえた。向かい側の歩道から。
二車線しかないのに…向かい側の歩道がより遠く感じた。
そんなに、遠くから声をかけているのは…
一人の女性だった。
痩せこけて、やつれた顔をした…五十代くらいの女性。
舞佳のことを悲しそうな瞳で見つめているのだった。
誰だろう…?
最初に舞佳が思ったのは、その一言だった。
歩行者の信号が、青に変わった。
女性は、青信号を確認すると、真っ直ぐに走り出した。走り出したと言っても、痩せかけた身体はふらふらと不安定に、不気味な走り方だった。
しかし、確実に、舞佳のところへ向かってきている。
女性が近づいてくると、その面影に見覚えがあった。
スズ…⁉︎
反射的に、舞佳は走り出した。
「待って!」と聞こえた気がしたが…きっと気のせいだ。
なぜ、スズだと思ったのかは分からない…スズとは似ても似つかない女性だ。
でも、逃げなければいけない気がした。身の危険を感じたのだ。
逃げなきゃ…!
そう思っていると、思ったより速度が出てた。
ぐんぐんと女性を引き離していく…
目の前に、自宅がある住宅街が見えてきた。
振り返ると、もう女性はいなかった。
「ふぅー…」
落ち着いて、呼吸を整えると、舞佳はゆっくり歩き出した。
我ながら、随分と早く走れるようになったものだ。
とはいえ…朝から体力を消耗してしまった。みんながきっと心配している。早く家に戻らなくちゃ。
すっかり、青空が広がっている。
日の周り、雲や山の裏側まで…隅々まで。
自宅に着いた舞佳は、ドアノブに手をかけた…。
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