第37話

 誰かが消えてしまうと…周りの人から忘れ去られてしまう…


 そういうことだろうか…


 ならば、千太郎は、スズとサチを追い払った後…

 消えてしまったんだ…




 朝食を作っている間も、食べている間も…

 舞佳は、ずっと浮かない顔をしたままだった。


 机の上にお菓子を用意しても、配ってくれる真可はいない。

 いくら窓を見ても、スマホを構える千太郎はいない。


 まるで、最初からいなかったみたいだ。


 …舞佳は、試しにスマホの検索エンジンに「sentarou」と打ってみた。

 楚世歌が見せてきたブログがヒットした。

 中を開いて、スクロールして見てみる。


「あれ…?」

 ブログ画面は更新されていた。


 一番上に新しい写真が貼られている。

 広がる山々に、何人かの人が叫んでいる写真のようだ。


『大学生時代のサークルのみんなで、またまたキャンプに!今度は、山に登ってみました!写真は、やまびこに挑戦しているところです!大学生の時も、こんな感じで遊びまくってたなぁ〜笑 もう五年も経つのか〜』


 その写真に千太郎は写っていなかったが、恐らくこの写真を撮っているのが千太郎だろう…

 …だとしたら、消えたはずの千太郎はいるのだ。

 生きているのだ。

 この千太郎は、舞佳を覚えているのだろうか。

 それとも…舞佳の知らない、別の千太郎なのだろうか。

「千太郎さんは、なんて綺麗な景色を撮るだろう…すごいなぁ」

 舞佳は、ブログを読み進めていった。

「そういえば…千太郎さん、本名でブログやっているんだね…」

「千太郎さん、私を覚えている…?」 

 画面の中の千太郎に、舞佳は、何度も話しかけた。




 しばらくスクロールしていると、鳥の羽ばたく動画を見つけた。


『なんというか、鳥が羽ばたいていくところって綺麗だなって思うんだよね』


 電線に止まる三羽の鳥が羽ばたいていく動画。

 夕焼けで逆光になり、何の鳥かは分からないが…

 千太郎は、自然が好きなのだろうか。

 舞佳の家にいた時も…窓の外で飛んでいる鳥を撮っていた。


 投稿された日時を見ると、ちょうど五年前だった。

 千太郎が大学生の頃だ。


 五年前の舞佳は…中学生だった。

 あの時は…中学二年生になり、後輩とも関わることが多くなってきたなかで、まだ友達と呼べる人はいなかった。

 いつも独りぼっちで、泣いて帰ったこともあった。


 私、この頃も、ずっと泣いていたな…

 まだ子どもだったんだな…


 そんなことを思いながら、舞佳は画面をスクロールした。


「…あれ、この写真…」


 ふと、気になる写真が、舞佳の目に留まった。


『近所に住んでいる友達が、俺と同担だったことが判明!その子を連れて、一緒にグッズ買いに行きました!』


 同じ五年前の真夏に投稿された、その文章と共に貼られた写真には…

 顔こそ映っていないものの、グッズを手にした、千太郎ではない別の誰かが映っていた。

 よく見ると、中学生くらいの少女のようだ。

 真夏だというのに、長袖の上着を着ている。

 長袖から出た細く白い指先で、アクリルキーホルダーを持っている。顔は映っていなくても、少女の喜んでいる様子が読み取れる。

「この子が、千太郎さんの、”近所に住んでいる友達”…」

 同担とは、応援する対象が自分と同じ人のことだ。

 つまり、アクリルキーホルダーのモチーフになっているキャラクターを、少女と千太郎は応援していて、千太郎はその少女と一緒に、キャラクターのグッズを買いに行ったりしながら、そのキャラクターを応援していた、いうことだろう。

 …なかなか楽しそうな日常だ。舞佳は、少し羨ましく感じた。




「あ…」

 少女の写真を見ていた舞佳は、あることに気がついた。

 それは…

 少女が身につけているペンダントは…

 留め具のない、いつの間にか舞佳の首についていたペンダントと、同じデザインの物だった…。


 あ、私と同じ物をつけている子だ…


 普段なら、そう思う。


 …が、今回は、何故かそうは思えなかった。

 言い方は良くないが…ペンダントが”縄”のように見えたのだ。

 舞佳は首元にあるペンダントを触りながら、このペンダントを見た時の、まりかの緊張した顔を思い出していた。

 そうだ、あの後から全てが変わってしまったのだ。

 外そうとして外せない鎖のような、縄のような存在の…。


 それも、この世界から消えようとしている時に使うような…




 ちなみに、その後に投稿された千太郎の文章には、


『母親の看病のため、引っ越す事になりました。でも、同担の友達が出来たばっかりだったから、少ししょぼんってなってます…同担とはなかなか出会えることができないから、貴重な出会いなんだ。だから、時々、この町に戻ってきて、友達のところに遊びに行こうと思います。すぐには会えなくなってしまうけど、投稿はこれからも続けるから、みんな、よろしく!』


 と書かれていた。


 舞佳は、新しい投稿から過去の投稿を見ていたが、新しい投稿には、同担の少女のことは書かれていなかったことを思い出した…

 たまにこの町に戻ってきて同担に会いにくる、と書いてあったけど

 千太郎は少女に会いに来なかったのだろうか、それとも、会えなかったのだろうか。


 舞佳は、ひたすら過去の投稿を見ていた。


 自分と同じペンダントをつける少女のことが気になったのだ。

「あの子…どこかで見たような…」

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