第35話
こんな日がいつまで続くのだろう…
出口の見えない永遠に続く暗闇の中、舞佳は途方もなく彷徨っていた。
「舞佳ちゃん」
「舞佳さん」
「…?」
「誰…?」
女性の声と、男性の声…その声に、舞佳は反応した。
暗闇の中なのに、目の前にはフワフワとした紫色のような黒色のような、表現できない物体がはっきり見えていて、声は、そのフワフワとしたものから発せられていた。
「なんだろう…?」
フワフワとした物体に、恐る恐る近づくと、その物体は舞佳の動きに反応するかのように動き、まるで感情を持った生き物のように形を変え始めた…
「…!まさか…!」
舞佳は声を上げた。
そこにいたのは、真可と千太郎だった。
真可は相変わらずニコニコと可愛らしい笑顔で舞佳を見つめ、千太郎は少し、はにかんだ笑顔で舞佳を見ながら、真可の頭を優しく撫でている。
「真可ちゃん!千太郎さん!」
舞佳は、会いたくてたまらなかった二人に会えて、暗闇の怖さが一気に吹き飛び、嬉しそうにすぐさまに駆け寄った。
今すぐに二人を抱きしめたかった。
「舞佳ちゃん、一緒に遊びませんか?」
「舞佳さん、ついてきてください!」
真可と千太郎も、手を差し出してきた。
「はい!」
舞佳は嬉しくなり、二人の、その手を取って一緒に走り出した。
そこはもう怖い場所ではなかった。
辺りが急にパッと明るくなった。
眩しく輝くその明るい世界はとても暖かく、舞佳たちは晴れやかな気持ちで思うがままに駆け出していく。
真可も千太郎も生きていた。
…生きているんだ。
この手でちゃんと触れ合える。
良かった、もう二度と会えないと思っていた。
本当に良かった。
「舞佳ちゃん」
「舞佳さん」
名前を呼ぶその声を、また聞けることが、嬉しくて。
舞佳の心は、すっかり明るくなっていた。
しかし、しばらく走っていると…
真可の頬に、
黒い線が現れた。
千太郎の腹部には、
黒いモヤが…
黒いソレはだんだん大きくなっていく…
舞佳は、それを、見たことがある。
それが、この状況が意味する事が何か…舞佳はすぐに気付いた。
「えっ…!」
真可と千太郎の、繋いでいたはずの手がするりと溢れていく。
舞佳はその手を離すまい、と、何度も何度もつかもうとして、声を張り上げる。
「ま、待って!!」
「お願い、行かないで!!」
だが、もう遅かった。
二人は灰になって、消えていった。
「待って…一人にしないで」
いくら叫んでも、何も変わらない。
そこには、舞佳以外…誰もいない。
……そんな夢を見た。
うなされながら目が覚めた舞佳は、そのまましばらく動けなかった。
ここは現実…?見慣れた天井が目に入った。
それでも、涙だけは流れていく。
「真可ちゃん、千太郎さん…?」
今の夢は、一体なんだったのだろう…
ぐったりとした様子で、舞佳はベッドから起き上がり、リビングへ向かった。
「おはようございます…」
「おはよう」
「おはようございます、舞佳さん」
縁人が優しそうな声で、舞佳に挨拶をする。
「まいかさんと定ちゃんは戻ってきましたか…?」
縁人は首を横に振った。
「じゃあ、あの…真可ちゃんと千太郎さんは、いますか?」
舞佳は、縁人に訊いた。
もしかしたら、怖いことを思い出させてしまうかもしれない…
そう思ったが、真可や千太郎が、今ここにいるか、確かめたくなった。
「まかさん、と…せんたろうさん?」
縁人からは、戸惑うような声が出た。
「はい…」
やっぱり、思い出させるような発言は控えておくべきだったか…
と、顔を俯けた時だった。
「すみません…えっと、誰でしたっけ…」
「え…?」
顔を上げる。
そこには、申し訳なさそうな瞳をする縁人が。
舞佳の呼吸が一瞬止まった。
誰でしたっけ…?…?
…もしかしたら、縁人は昨日のショックで混乱して記憶が曖昧になってしまっているのかもしれない…
「あ、すみませんでした…!なんでもないのです、気にせずにいてください」
もしそうなら…これ以上、思い出させて負担をかけてはいけないだろう。
舞佳は、縁人から少し距離を置いた。
舞香の向かう先は、楚世歌と和花のところだった。
まるで…昨日のことは夢だった、と言うかのように、楚世歌と和花は明るく笑っていた。
二人で、動画を見ているようだ。
前に見た、あのアイドルのゲームの攻略動画だろうか…
「おはようございます」
舞佳が挨拶すると、二人の眩しそうな笑顔が舞佳に向いた。
「おはよう、舞佳」
「おはようございます、舞佳さん」
舞佳は、ゆっくりとしゃがみ込む。
「あの…真可ちゃんはいますか?」
恐る恐る訊いてみる。
…出来れば、「真可ちゃんは出かけているよ」と、言って欲しい。
もう、「真可ちゃんは…」と黙ってしまったって良い…
真可を、千太郎を、忘れるなんて
それは縁人だけであって欲しい。
覚えていて欲しい…。
そう願った。
「えっと…真可ちゃん…」
そう言った楚世歌は、真可を探すように周りを見渡し始めた。
良かった…!そうだよね、やっぱり、みんなは覚えてる。
それに、真可はちゃんといるんだ。あの可愛い笑顔で、今日もお菓子を配ってくれているのだろう。
舞佳の顔が明るくなった。
周りを見回した楚世歌は、和花を見て、こう言った。
「和花先生…真可ちゃんって、誰でしたっけ?」
「え…」
舞佳の明るい顔が一瞬で崩れた。
和花も「さぁ…?」と、首を傾げている。
嘘でしょ…?覚えていないの?
舞佳の顔が青ざめていった…
「じゃ、じゃあ、千太郎さんは?」
千太郎なら、覚えているだろう。一緒に動画を見た仲だ。
「千太郎…?」
だが、楚世歌と和花はぽかんとした顔になり、舞佳は一体どうしちゃったの?というように二人で顔を見合わせた。
「本当に?本当に覚えていないの?」
舞佳は縋るように訊いていた。
二人は困った顔で、舞佳を見つめる。
だって、この前までいたはずなのに…
「…あ!」
その時、楚世歌が閃いた顔をした。
「分かった!そう言うことか…ごめん、舞佳!」
そう言って、スマホをいじり始めた。
もしかして、思い出してくれた…?
それなら、嬉しい。
舞佳の心が、一瞬救われた。
「この人のことでしょ!」
しばらくして、楚世歌はスマホを見せた。
そこに写っていたのは、あるブログの画面。
ネーム欄には、「sentarou」と書いてある。
「だ、誰…?」
そう、思わず言ってしまった。
「あれ、この人じゃない?」
楚世歌がもう一度スマホの画面を見た。
「合ってるよ。”sentarou”って書いてあるし」
そう言って、舞佳にもう一度画面を見せる。
違う…その人じゃない…。
舞佳は絶望していた。
どうして、みんなでずっと一緒にいたのに、どうして…
忘れちゃったの、覚えていないの…。
…が、ある写真が、舞佳の目に留まった。
画面の端に、少しだけ映っている写真。
舞佳はスクロールして、その写真を覗き込んだ。
数ヶ月前に投稿された写真のようだ。
「これ…!」
…そこには、あの千太郎が写っていた。
幸せそうにピースしている人たちの一番先頭で、笑っている千太郎が。
写真の下には…こう書かれていた。
『大学生時代のサークルのみんなでキャンプに来ています!凄く綺麗な景色です!』
「千太郎さんっ!」
「ほら、この人です!楚世歌さんも、和花さんも、知っているでしょう!?」
舞佳は食い入るように、楚世歌のスマホの画面に見つめた。
「ま、舞佳…?」
その時に、楚世歌が見たのは…舞佳の大粒の涙。
「千太郎さん…!いるんですか…?」
「真可ちゃん…千太郎さん…一体、どこに行ってしまったんですか?今、どこにいるんですか?」
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