第32話

「まいかおねえちゃん…?」


 目を開けると、灯真がそこにいた。

 心配そうに、舞佳の顔を覗き込んでいる。

「…!」

 急に飛び上がった舞佳に、灯真はびっくりして後ずさった。

「…あ!ごめんなさい!」

 慌てて謝った舞佳に、灯真は静かに首を横に振った。

「ううん、だいじょうぶだよ」

 舞佳の傍に戻ってきた灯真に、舞佳はたたみかけるように訊いた。

「私、倒れたの?眠ってしまってたの?ごめんなさい」

「灯真くん大丈夫だった?真可ちゃんは、みんなは?」

「スズとサチはどこに行ったの?酷いことされてない?怪我はしていない?」

舞佳は、あの状況で意識をなくした自分を恥ずかしく思いながら、状況が飲み込めずに混乱した。

「ああ…灯真くん、質問ばかりでごめんなさい。あ、あれから…何が…あったの…?灯真くんは見ていた?」

 灯真は、うつむいて…泣き出しそうな声をしていた。

 今にも、消えてしまうそうな…


「せんたろうおにいちゃんが…まもってくれたの…」


「え…!」


 灯真の、その言葉と声。

 それが意味するのは…


 舞佳は、辺りを見渡した。

 自分は、寝室でいつものように寝ていた。

 いるのは、自分と灯真だけだ。


 舞佳はベッドから起き上がり、慌ててリビングへ急いだ。




「おはようございます、舞佳さん」

 元気のなさそうな声…その持ち主は、和花だ。

「和花さん!」

 舞佳は和花に駆け寄ると、思わず手を握った。

「和花さん、良かった…本当に良かった」

「舞佳さん…ありがとう。私は大丈夫よ。何があってもあなたのそばに戻ってくるから、心配しないで」

 苦しそうな和花の表情はなく、穏やかな顔をしている。

「良かった…私のせいで危険な目に合わせて、苦しい思いをさせてしまいました。ごめんなさい」

 和花は舞佳の顔に手を当てた。

「大丈夫、謝らないで。あなたは何も悪くない。私も、もう大丈夫よ」

 和花の手はいつも温かい。

 柔和な和花の笑顔に、舞佳はほっとした。

 でも、どことなく、元気のない和花の声色が舞佳は気になった。

 …そのまま、あたりを見渡した。

 今、ここにいるのは、灯真、和花、傑、楚世歌、縁人、彦…の六人。

 まりかと定は、病院に行っている。

 真可は…

 千太郎は…


 別室からも何も音が聞こえない、誰もいなかった。


「千太郎さんは…?」


 そう呟いてしまった。

 みんなの顔色が暗くなり、目を逸らす。

 舞佳は、家の中を探し回ったが、千太郎の姿はなかった。




「せんたろうおにいちゃんは…」

 後ろから声がして、振り向く。

 泣き出しそうな灯真がいた。

 舞佳がしゃがみ込むと、灯真の顔がよく見えた。

 一粒の雫が、頬を伝っていた。

「灯真くん…」

 掛ける言葉が、これしかなかった。

「せんたろうおにいちゃんは、こわいひとたちを…おいだしたよ」

 灯真は、必死に涙を拭う。

「かえってきてないの」

 そのまま、灯真もしゃがみ込んで、シクシクと泣き出してしまった。

 千太郎は、あの状況で飛び出していき…スズとサチを追い出して…

 ……そういうことだろう。

 舞佳の心臓が跳ね上がって、ドクッとした。

「千太郎さん…ありがとうございます…」

 舞佳は呟きながら、灯真の頭を優しく撫でた。

「灯真くん、教えてくれて、ありがとう…」

 そして、舞佳は口をキュッと締め直した後、

「私、行ってきます…」


 そう言って、立ち上がると玄関のドアを開けた。


「どこに行くの、待って、まいかおねえちゃん!」


 慌てて灯真が手を伸ばした。


 だが、舞佳の姿は、もうなかった。

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