第30話
「何をもたもたしているの、早く中に入りなさい」
玄関先でもたもたしていた舞佳は、サチに突き飛ばされた。
この感覚は、昔も感じたことがある。その後に続く言葉も大体予想できた。
「早くしなさい、本当に何をやってもダメな子ね」
「ごめんなさい…」
なぜ自分は謝っているのか、すぐにこのセリフが出てくる自分が我ながらすごいな、と思いながら、何もかもが疲れた状態で、フラフラだった。
舞佳はサチに突き飛ばされるようにリビングへと入っていった。
スズとサチに蹴破られたリビングのドアはそのまま、今も床に横たわり続けていた。
みんなでわいわいと引越し話をしていたのが、もうずっと昔のことのように感じた。
逃げることも進むこともできず、恐怖に支配されて押し戻され、絶望させられる。
舞佳は突き飛ばされながら横たわるドアを踏みつけるようにして中に入った。
その時、舞佳はふと思った。スズとサチはどうしてこの部屋へ私を連れ戻すのだろう。
私だけを連れて行けば、他のみんなを巻き込まなくて済むのに…定ちゃんも、千太郎さんも、和花さんも、まりかさんも、私のせいでみんなが怖くて痛くて苦しい思いをしなくてはならない。
ああ…そうか、だからか…。
私の大切なものが詰まっている部屋だから、ここに連れ戻すのだ。
大切なものを奪われたり傷つけられたりする痛みは、自分にされる痛みより数百倍も数千倍も痛いことを、あの人たちは知っているのだ。
「舞佳…!どうして戻ってきた…」
と、言いかけたのは楚世歌だったが、そのまま黙ってしまった。
当然だ。
舞佳の後ろに、スズとサチがいたのだから。
リビングには、楚世歌と灯真がいた。小学校低学年くらい好奇心旺盛な灯真もこの雰囲気に圧倒され、楚世歌にしがみついている。
別の部屋からはザワザワと声がしていた。
千太郎さん、大丈夫?痛む?と言う声が次々に聞こえてくる。
「騒がしいわね」
スズは、真っ先に別室へと向かった。
「待って…!」
舞佳が飛び出していった…だが、サチに腕を掴まれ、止められる。
「痛い…!」
うずくまりそうになりながらも、顔をスズの方へ向けた。
スズは別室のドアに、手をかけていた。
「ダメです…!」
そのドアから、一人の少女が飛び出してきた。
少女はドアを閉め、両手を大きく広げた。
「ここは入っちゃダメです…!!」
小学校高学年くらいの真可だった。
「…どいて?」
スズは冷ややかな瞳で真可を見下ろしながら、そう言った。
しかし、真可は動かなかった。
「今、怪我した人が休んでいるんです!」
スズがため息をつきながら、真可の肩に手を置き、無理矢理ドアの前から真可をどかそうとするが。
「ここは入らないでください!」
真可は、思い切りスズを突き飛ばした。
小さいと思って見下していた子に思わぬ不意打ちを受けて、スズはカッとなった。スズは手に持っている錐をギュウギュウと握りしめ直した。
「どけって言ってるじゃない!言葉の通じないバカな子は大嫌いよ!」
真可からはスズの持つ錐は見えないようで、真可はさらに抵抗した。
「ダメです…!入っちゃダメです!」
その時、真可は、スズの後ろにいる、サチに腕を掴まれて痛がっている舞佳を確認した。真可は舞佳のその姿に、驚いて、目を見開きながら、言ったのだ。
「ちょっと、舞佳ちゃんのこと離してください!痛そうですよ!」
その言葉に、スズが反応した。
「お前もっ!私の舞佳に、これ以上関わるな!気安く関わるなーーー!」
そう言って、錐を持つ腕を真可に振り上げた。
「真可ちゃん…!逃げて!!!!!」
舞佳が手を伸ばした。
楚世歌も灯真を抱えながら動こうとするが、サチにねじ伏せらた。
もちろん、届くはずはなかった。
「ひゃっ…」
真可の小さな声が響いた…
別室の中から、キャーキャー…と、騒ぐような声がした。
舞佳の目の前には、ぐったりと座り込んだ真可がいる。
真可の頬には…赤い線があった。
スズは何事もなかったかのように、汚いものを足でどけるようにして真可を蹴り飛ばし、別室へ入っていった。
真可ちゃん…真可ちゃん…
舞佳は声を出せなかった。
真可ちゃん…
これ食べてみて下さい、美味しいですよ。
可愛らしい笑顔でお菓子をみんなに配ってくれた真可ちゃん…
舞佳さん、キラキラした声で呼んでくれた真可ちゃん…
真可ちゃん、起きて。
真可ちゃん、痛かったね、大丈夫だよ。
そのくらいの傷ならすぐに良くなるから
真可ちゃん、お願い、瞳を開けて…
その、数秒間の間に…
真可の赤い線は…太く黒くなっていった。
やがて、灰のようになって、そこから崩れるように…
真可は、消えていった。
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