第29話
「はぁ…はぁ…」
息を切らしていたのは、珍しく和花の方だった。
「和花さん、大丈夫ですか…?」
明らかに苦しそうな和花を見て舞佳は心配になる。
「和花さん、少し休みましょう。あそこの茂みなら隠れられるかも…」
道路の脇には、二人の腰の高さほどの垣根が連なっていて、舞佳に連れられて和花は腰をおろした。
「…はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
苦しそうな息遣いをしている。和花の身体は限界だった。
舞佳は、心配そうに和花の背中をさすっていた。
「ごめんなさい…舞佳さん」
苦しそうに声で、和花は謝る。
「和花さん、私のために…ごめんなさい」
舞佳も泣きそうになりながら、和花さん謝らないでという風に、首を横に振り続けた。
和花は、深呼吸を繰り返しながら遠くを見つめた。
「舞佳さん…私があなたに初めて会ったのは、高校の入学式だった」
「あなたは、綺麗でとても優しい雰囲気を持っていた。でも、いつもなにかに怯えていた。このまま放っておいたら、あなたが消えてしまいそうで、怖かった」
舞佳は忘れている過去を、思い出そうと必死に考える。
だが、モヤモヤと霧がかかり、やはり思い出すことができない。
「舞佳さん、あなたは強くなった。スズとサチに言い返して、立ち向かうなんて。あなたは、とても強い」
「和花さん、私は何も思い出せないんです。彼女たちは、一体、誰なのですか?どうして私を追いかけてくるのですか。友達に酷いことをして…」
舞佳は苦しそうに泣き出した。
「彼女たちは…」
和花がそう言いながら、舞佳に触れようとした時…
「見つけた」
冷たく低い声がした。
「きゃあっ!」
舞佳が飛び上がった。
和花は舞佳の手を取り、すぐ立ちあがろうとしたが、身体が思うように動かなかった。
目の前には、スズとサチの姿があった。
どこまでもどこまでも追いかけてくる。どこに隠れても執念深く追いかけてきて、そして、見つけだされる。
悪意がべっとりと張り付いて四肢が動かなくなる感覚に、舞佳は苦しくなった。
「舞佳」
スズの恐ろしい声が響き渡る。
和花は力を振り絞り、舞佳を守ろうとするが、スズの力には勝てなかった。
這いつくばる和花。
「和花さん…!」
和花に近づこうとする舞香の腕を、スズは捻るようにして掴んだ。
「痛い…離して…!」
腕をふりほどこうした舞佳は、思わず絶句した。
スズが、鈍い色をした鋭い先端の舞佳に向けている。錐だった。
「私たちに刃物を向けたのに、自分にはされないとでも、思っていたのかしら?」
サチがニコニコ笑っている。
舞佳の腕が震えた。
「これで突いたら痛いでしょうね。でも、息が絶えるほどではない。痛みと苦しみはずっと続く。永遠に。お仕置きには十分かしらね」
スズが冷たく、しかし、怒りと嫉妬に満ちた感情のある瞳が、舞佳を睨い続けていた。
「ゴホッゴホッ…」
和花が苦しそうに咳き込み始めた。
「和花さん…!」
また、消えてしまうかもしれない…舞佳は思った。
なんとかして和花のそばへ行かなくては、そう思った時、和花が口を開いた。
「スズさん…やめてください。そんなの…舞佳さんのためになんか…なっていない。あなた自身のためにも」
和花の咳き込みは激しくなり、このままでは本当に和花が消えてしまうかもしれない。
「黙りなさい!クズ教師!」
「お前が、お前が…お前なんかに何が分かる!」
スズは激昂し、持っている錐を和花に向けて振り上げた。
「やめてーーーー!!」
舞佳の叫びに、スズの振り上げた手がピタっと止まった。
「なんでも…言うことを聞きます…だから、やめてください!!」
ゆっくり振り向いたスズの顔は、気持ち悪いほど高悦した表情で
口角がゆっくり持ち上がった。
「舞佳、もう逃げたりしないでね」
サチが舞佳の腕を強く引っ張る。スズは錐を舞佳に向けていた。
「わ、和花さんは…和花さんを…」
助けて、と言おうとしたが、その声はスズとサチの威圧的な睨みと、錐の鋭い刃によってかき消された。舞佳は自動車に乗せられ、連れて行かれてしまった。
…残された和花は、とても悔しそうに、遠のく意識の中で舞佳の身だけを案じていた。
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