第28話

「舞佳」

 スズの声がした。

「……」

 舞佳は黙ったまま、震えている。

「ダメな子…」

 また、サチがため息をついている。

「舞佳、離れなさい。その…クズ教師から」

 スズは和花を指差して……はいない。

 指の代わりに…錐を向けている。

「舞佳…良い子にして」

 スズが近づいて来ているのがわかった。

 …別室にはまだ人がいる。

 今、灯真はリビングにいないようだが…このままでは、あの子たちが危ない。

 もちろん、自分の命も…

 それは、舞佳も和花も分かっていた。

 だが…動けなかった。




「舞佳」


「私は…舞佳を迎えに来たのよ?」


「あなたを…あの誘拐犯の洗脳から…解放するために」


 違う。


 まりかは誘拐犯なんかじゃない。


 洗脳なんかされていない。


 みんなは、優しくて大切な”友達”だ…。




 涙がまた溢れた。

 錐を持っている相手に、どう立ち向かえば良い?

 千太郎を外に置いてきてしまった。怪我をしているかもしれないのに。

 和花の姿も消えかかっていた…

「和花さん…消えないで…」

「和花さん、和花さん、いなくならないで…」

 そう呟いた。

 その時だった。


 ドン!

 ドン!


 鈍い音が、二回、響いた。


「舞佳さん…!」

 絞り出すような声が、舞佳に届いた。

「やめて!離して!」

「離しなさい…!」

 スズとサチが取り押さえられている…。

「せ、千太郎さん…!」


 千太郎が二人を押さえつけていた。


「うっ…!」


 一瞬、千太郎がうずくまった。

 錐を持つスズの右手が、千太郎に隠れている…。

「舞佳さん…行って…あぐ…!」

 聞くだけでも、千太郎の辛さは伝わってきた。

 千太郎を助けないと!千太郎へ向かって動き出そうとする舞佳の…その手を誰かが掴んだ。


 それは、半透明になった和花の手だった。

「和花さん、舞佳さんを連れて早く…!!」

 千太郎の声に応えるかのように、和花は舞佳を連れて、走り出した。

 今度は絶対に失敗しない。

「待ちなさい…!」

 サチの声など、当然無視して、開け放たれた玄関を駆け抜けて、二人は飛び出した。





 そんな和花と舞佳の姿を見た千太郎は、最後の力を振り絞り、スズとサチを押さえていたが、ついに力尽きてしまった。

 スズとサチへの力強い拘束が、解かれる。

「このやろう!どけっ!」

「どいて!」

 二人の、ドアすら破壊するほどのキック力を、千太郎は真正面から受けた。

「ぐっ…!」


 ドン!


 床に打ち付けられ千太郎を、仕上げとでも言うかのように、二人はさらに踏みつけた。

「うっ…!うっ…!」

 これ以上は動けなくなった千太郎を確認すると、二人は舞佳と和花を追いかけて家を出ていった。




「……」

 しばらく、千太郎は玄関から吹く風に打たれていた。

 俺、少しは役に立ったかな。

 舞佳と和花がうまく逃げ切れていることを祈り続けた。

「あ、せんたろうおにいちゃん、たおれてる!」

 可愛らしい声が玄関から聞こえた。その声は千太郎に安らぎを与えた。


 タンタンタン…!


 灯真を先頭に、皆が戻ってくる。

「せんたろうおにいちゃん!しっかりして!」

「千太郎さん!」

「救急箱、用意して!」

「誰か病院に…運転できる人いる?」

「ダメ…先生もまりかさんもいないとなると…」

「とにかく、できることをしましょう…!」

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