第8話

「あなたたち、そろそろ目を休めたら?」

 鋭い声が突き刺さった。

「…!」

 舞佳の体が一瞬だけ震えた。

 後ろには、いつも窓の外を見ている社会人くらいの女性…”和花”が立っていた。

「あー、ごめんなさい。面白いから、見飽きなくて」

 楚世歌がスマホの画面を見せる。

 千太郎は、「すんません」と言いながら体を起こした。

「もう何時間も経っているし、面白くて見続けちゃうのは分かるけど…ブルーライトは侮れないの。あっという間に、目が悪くなって眼鏡生活よ?」

 そう言った和花を前に、楚世歌は

「眼鏡か…私も眼鏡かけたら、モテるかな?」

 なんて、妄想し出した。

 和花は呆れたようにため息をつく。

「この先、おばあちゃんになるまで何十年も目を使わないといけないのに視力が落ちるなんて」

 和花は、また窓の外を見る。

「私は眼鏡が似合わなかったから、コンタクトレンズに変えたけど、お金もお手入れも大変よ」

 楚世歌がつぶやく。

「私、先生は、眼鏡の方が似合うと思います」

 和花は驚いて目を見開いた。

 舞佳も同時に驚く。

「先生は、縁が細いパステルカラーの眼鏡が似合うと思うんですよね」

 スマホで眼鏡の画像検索を始める楚世歌に、舞佳は驚きの理由を尋ねた。

「和花さんは、先生だったんですか…?」

 楚世歌は、思い出したような顔をした。

「あ…そうか、舞佳ちゃんは記憶喪失だったね…」

 急いでスマホを操作し、ある写真を見せる。

「ほら、去年の写真。和花先生だよ、私たちの担任の。ここに写ってる」

 楚世歌の指差した場所に、黒い縁の眼鏡をかけた和花がいた。

 その隣には、楚世歌。そして、そのまま横に視線をずらすと…

 舞佳自身が写っていた。

 黒板には、『高校へようこそ!入学おめでとう!!!』と書かれている。

「この眼鏡は…似合ってないっ!」

 笑った楚世歌に、和花は少し怒った顔で返す。

「そんなに言い切ること無いじゃない…でも、似合ってるって言ってくれた子もいるのよ」

 ため息をついた和花は顔を覆い、楚世歌はまた笑った。

「先生と私は顔見知りで、入学した時から仲が良かったの。舞佳ちゃんとは、この時はまだ話したことは無かったね」

 舞佳は写真を見つめた。

 和花、楚世歌、自分…と、順に見比べる。

 皆、笑顔だ…眩しいくらいに、とびっきり笑っている。

 だが……

 …その中で、自分は笑っていないように見えた。

 みんなと同じように笑っているのに…


「…!」

 急に、怖くなって、写真から顔を遠ざけた舞佳。

 が、すぐに思い直したように、写真に顔を近づける。

「これは何…?」

 恐る恐る楚世歌に訊く。

「どうかした?」

 楚世歌が写真を見る。

「お化けでも写っちゃったとか?」

「私…」

「舞佳ちゃんが…どうしたの?」

 不思議そうな顔をする楚世歌に、舞佳は怯えて言った。

「私…笑ってなかった?」

「う、うん…笑ってるよ。すごく、笑ってるけど…」

 もう一度、写真を見る。

 写真に写る自分は、ニッコリと笑っている。

「あれ、本当だ…」

「ど、どうしたの?舞佳ちゃん」

 心配する楚世歌に、舞佳は上手く話すことが出来なかった。


 笑っていたはずの自分の顔が、急に助けを求めるような顔になっていたなんて…




 そして、気づいてしまった…。


 楚世歌は、高校生で舞佳のクラスメイト。

 和花は、まだ楚世歌と舞佳の担任教師…。

 だが…




 だが…舞佳は。


 今、ここに居る、生きている舞佳は…


 休学中の大学生だ。

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