第2話

 ガチャ…


「ただいまー…」


 自宅のドアを開けて、中に入った。

 中には…もちろん、誰もいない。

 舞佳の声だけが木霊するだけだった。




 ギィ…


 リビングのドアの蝶番から調子の悪そうな音がした。

 油を注せば、音はしなくなるのだろうか…。


 …そんなことばかり、気にしていたときだった。

 ふと、顔を上げた。


「…え」


 舞佳の手から、するりするりとバックが落ちていく。

 彼女の瞳に映ったのは。






「おかえり」


 薄暗い部屋の中。

 リビングの机を囲んで、何人もの人がいた。


 自分と同じ、大学生くらいの女性。

 小学生くらいの男子。

 鋭い視線で何かを睨みつけている人。

 ずっとニコニコ笑っている人。

 外の景色を眺めて、ため息ばかりついている人。

 座り込んでスマホをいじる人。

 …など。


 遊びに来た友達、家族では…ない。

 全員、知らない人だ。


 何故、知らない人が自分の家に…?

 …何が起こっているのだろう…




「なんで、怖いもの見るような顔してるのよ」

 ふと、誰かが舞佳の横に立った。

「きゃ…!」

 怖くなり、ぎゅっと体を丸める。

 横に立った”誰か”を見ることは出来なかった。

 その代わり、顔を下に向けて、絶対に相手の顔を見ないようにする。

「…誰ですか…?」

 舞佳の絞り出した声を聞いた”誰か”は、

「あはははははははは…!」

 と、笑い出した。

「やだなぁ…忘れちゃったの?」

「…え?」

 舞佳は、そっと顔を上げて、恐る恐る相手の顔を見てみた。

 ”誰か”は、ショートカットの女性だった。

 大学生くらいの人のようだ。年齢も自分と同じように見える。

 ”誰か”は、舞佳の肩をがっちり掴んだ。

「私だよ、私!”まりか”だよ!」

 まりか…まりか…。

 …いや、知らない人だ。少なくとも、覚えてはいない。


 この人たちは何?

 どうして家の中にいるの?

 何が起こっているの?


 舞佳は混乱した。


 しかし、こうやってはっきりと言われると、「自分が覚えていないだけで、会ったことがある人なのではないか」と思い始めた。

 オーディションに気を取られて、この人たちと会う約束を忘れてしまったのだろうか?まりかは…小学校や中学校のクラスメイトだったかもしれない。


 混乱と焦りと恐怖の中でやっと言えた言葉は


「あ、ああ…まりかさん…」


「まりかさん、この人たちは…?」

 舞佳は両手を広げて、リビングの机を囲む人たちを指した。



「あーらら…全員、忘れちゃった?」

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