第18話 私だけが知っている

SIDE A.やっぱり、そうなんだ!


風呂から出て、バスタオルで頭を拭きながら食堂に入り、母さんが用意してくれた昼食を食べる。隣の部屋では母さんが久々の山田姉妹の来訪に喜び話を弾ませている。その場に父さんがいるのは不思議だが。


昼食を食べ終わり使った食器を流しへと運んでから、母さん達がいる隣の部屋へと向かう。

「大は呼んでないの?」

「あら、もう食べたの。じゃ、呼んで来てちょうだい」

「分かったよ」


大の部屋の前に立ちドアの前で大を呼ぶが返事がない。

「開けるぞ?」

そう言って、ドアを開けるが大の姿が見えない。いや、よく見るとベッドの上の布団が異様に盛り上がっている。

「それで隠れているつもりか?」

布団を剥がすと大が腹ばいになり蹲るような体勢になっている。

「どうした? どこか具合でも悪いのか?」

「行きたくない!」

「なんでだ? お前の為に奈美も来てるんだぞ。会いたくないのか?」

「ぐっ……なんで兄ちゃんばかり……」

「いいから、下にいくぞ」

嫌がる大の腕を取り、ベッドから下ろす。

「離せよ! 俺が言うことなんてなにもないから!」

「お前がじゃなくて、お前に言うために集まっているんだからな。いいから、来いよ」

「イヤだ!」

「分かった。じゃ、このまま連れて行くからな」

布団にしがみ付き必死に抵抗する大を布団ごと纏めて持ち上げたまま、母さん達の待つ部屋へと連れて行く。

「なにすんだよ! 離せよ! このままじゃ奈美に見られるじゃないか!」

「まだ、呼び捨てか。なら、このまま連れて行くだけだな」

「なんでだよ! 止めろよ! 兄ちゃんには武士の情けってもんはないのか!」

「多分、持っていると思うが、今のお前には必要ないな」

「鬼!」

「鬼じゃなくて、お兄ちゃんな」


母さんと父さんの間の椅子に大を布団にくるんだ形で座らせる。

「大? 寒いの?」

「……」

「大君? どうしたの?」

「奈美……」

大が奈美を呼び捨てにするのを聞いて、母さんが暴走する。

「大! あんたはまだ分かってないのね。いいわ。例え奈美ちゃんが許しても私は絶対にあなたを許さないからね!」

「母さん、落ち着いて!」

「いいえ。コレが落ち着いていられますか! 奈美ちゃん、いい? ここでちゃんと拒絶しておかないと後で大変なことになるからね。こういう自分の意見をゴリ押しするようなヤツは絶対に直らないから!」

「母さん、どうしたの? 父さん、大は母さんのトラウマを刺激するようなことをしたの?」

母さんが暴走し、大はその変わりように怯え、父さんはポカ~ンとしている。

「父さん!」

「あ、ああ、すまん。母さんも落ち着いて。ほら、奈美ちゃん達も困っているから」

なんとか宥めようとする父さんを母さんが睨み付ける。

「あなたは忘れたの? 私が何気なく言った一言で友人からストーカーに格上げした男のことを! 私はアイツのせいで一気に十キロ以上も痩せたんだからね」

「そう、そうだったね。急に窶れてどうしたものかと思ったけど、あの頃の母さんは凄く綺麗だったよね」

「……あなた」

大を挟んで座っているのを忘れたかのように立ち上がり、今にも抱き合おうとする両親に少し大きめの声で話しかける。

「母さん! 父さんも! 大のことを忘れていない? それに奈美達もいるんだから、公然といちゃつくのは止めてね」

「「はい……」」

母さんが落ち着いたので大を見ると、凄く落ち込んでいた。母さんに言われたことがよほどショックだったのかも知れない。

「大、今はよく分からないかも知れないが自分が抱く好意を相手も同じ様に思っているはずだと思い込むのはよくないということは分かって欲しい」

「……」

「あのな俺は今日、警察に連れて行かれた」

「!」

大が少しだけ驚いた顔になる。

「なにも俺がなにかをした訳じゃないけどな。奈美の友達にストーカーしていたのが俺の同級生でな。さっき見かけたから、少し気になって話しかけたら、襲われ掛けた。多分、もう少し警察の人が来るのが遅れていたら……今頃、俺は病院のベッドの上だろうな」

「……」

「そのストーカーもな。奈美の友達を呼び捨てにして、好意を押し付けていたそうなんだ。でも、奈美の友達には相手にしてもらえずに、どうにか自分を見て欲しいということから、そういう行動に走ったんじゃないかと思っている」

「……俺は違う!」

「なにが違う? 好意を押し付けて、嫌がっているのに呼び捨てにしているのは同じだろ?」

「でも……」

大は自分は吉田とは違うと言いたいのだろうけど、反論することも出来ず、奈美の顔を見ることも出来ないようだ。


「大君。まー君の言う通りだよ。私から見れば大君も、友達のストーカーも大して違いはないよ。やっていることも殆ど同じだし」

「奈美は……奈美は俺が幸せにするんだ! だから、呼び捨てにするくらいいいだろ! なんでダメなんだよ!」

「うわぁ……言い切っちゃったよ。どうする奈美?」

「由美、いいから」

奈美は一旦、「すぅ~」と大きく深呼吸すると大の目をジッと見て話し始める。

「大君。大君は私のことを幸せにするって言うけど、私の幸せってなに?」

「それは……」

「まさか、大君と一緒にいることとか言わないよね? それは大君に取っての幸せで私の幸せじゃないよ。それは分かる? 分からないよね。分からないからそんなことが言えるんだよね。自分が好きだから相手も自分のことが好きなはず。だから、なにをしてもいいってのはストーカーの人が言うことだよ。だから、私のことを好きな気持ちはうれしいけど、これ以上の好意は受け取れません。ごめんなさい」

「えっ……奈美……どういうこと?」

「大、止めなさい! あなたは今ここでハッキリと振られたの!」

「え? でも、俺は奈美のことが……」

大はまだ振られた事実を受け入られずに奈美の方を見るが、奈美が大に向ける目つきは好意からではなかったことに気付く。

「そうか……奈美は俺のことは好きじゃないんだね」

「やっと、分かったの。そうよ、奈美ちゃんから見たらあなたは友達である、まー君の弟ってだけだから。あなたはそれを自分に対する好意と勘違いしたのよ」

「そうなの? 奈美……さん?」

「うん。ごめんね。もっと早く言っておけばよかったね」

「なに言ってんの奈美。そんなのいつも言ってたじゃん。ねえ、まー君」

「ああ、そうだな。それを聞かなかったのは大だ」

大の頬を涙が伝う。

「でも……兄ちゃんは奈美……さんを呼び捨てにしているし、奈美……さんもそれをなにも言わないのは……なんでだよ!」

「だから、俺は幼馴染みで「さっきは、同級生のヤツが呼び捨てにしたら嫌がってたって言ったじゃないか!」……お前、それは違う話だろ」

「違わない! 俺から見たら同じだ! やっぱり、奈美……さんは兄ちゃんのことが好きなんだろ!」

「お前な~よく見てからものを言え! 今まで幼馴染みとしてず~っと一緒にいたんだぞ。そんな訳ないだろうが! なあ、奈美」

「……」

「奈美?」

「あ~もう、ほら。大、とりあえず奈美ちゃん達のことは、さっきみたいに『さん』付けで呼ぶように。まー君は大を部屋に連れてって、しばらく様子を見ていなさい。なにもないとは思うけど、念の為にね」

「わかったよ。ほら、大行くぞ」

「俺はまだ返事を聞いていない」

「いいから、立てって」

大を抱えて二階へと上がって行く途中で母さんが奈美達に謝っているのが聞こえてきた。

ごめんな、こんな弟で。


「行ったわね」

階段を上がりきったのを見て、奈美ちゃん達に謝る。

「ごめんなさいね。問題の多い息子達で。本当にごめんなさい」

「「おばさま、顔を上げて下さい」」

「僕からも謝るよ。大だけでなくまー君があそこまで朴念仁だとは思わなかったよ」

「あら、まー君は若い頃のあなたにそっくりよ。だから、あなた達も苦労するわよ」

「なら、おばさまは対抗策も知っているってことですよね?」

「あら? 奈美ちゃんはあれでいいの?」

「ずるい! 私もちゃんと知りたいです!」

「由美ちゃんまで……分かったわ。話してあげる! いい? ああいうタイプはね……」


SIDE B.マー君がまー君で。まー君はマー君

「まったくお兄ちゃんがここまでバカだとは思わなかったわよ。こんなポンコツのせいでまー君が警察のお世話になったなんて」

「おいおい、なにも悪いことをしたわけじゃないんだし、そこまで言わなくても……」

「だって……このお兄ちゃんのせいでまー君は警察署で話を聞かれた訳でしょ! 普通の高校生が警察署で話を聞かれるなんてことはないわよ!」

「でも、そのお陰でマー君がまー君だと分かったんだろ?」

「それはそうだけど……」

お父さんにそう言われると確かにそうなんだけどと納得しそうになるが出来れば知りたくなかった。だって、奈美達の片想いの相手を私は婚約者だと言ってしまったんだから。


「ん? なんだ、なんか面白そうな感じがするな……」

「お兄ちゃんはいいの!」

「なんだよ! 父さん、亜美が俺を邪険にする!」

「お前は少し黙ってろ!」

「父さんまで……」


少しだけ重い雰囲気のまま食事と後片付けを済ませて自分の部屋へと戻る。

「まー君がマー君だった。それも奈美と由美の片想いの相手だったなんて……」

ベッドの上に寝転がりそんな言葉の後にはぁ~っとため息が出る。


「なんで、まー君かな~」

痴漢だと勘違いしたのは私だけど、それを知っても攻めることなく許してくれた。由美と一緒にいるところを見たときに羨ましい、格好良いと思ってしまった。そして、私を『お前』と呼んで、軽口を言い合って楽しかった。

偶然だけど吉田からも助けてくれた。それも二回も。


「なんだか、胸の奥がドキドキする。これってもしかして……」


そんなときスマホからメッセージアプリの着信音が鳴る。

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