第4話 なんでダメなのかな?

SIDE A.やっぱり

奈美と一緒に家までの道を歩いていると、いきなり目の前に弟の大が飛び込んできた。

まさる、お前がなんでこんなところにいるんだ?」

「なんでって、奈美を迎えに来たに決まってるじゃん! バカなの?」

俺の質問に対し『なに言ってるの?』って感じで返す大。我が弟ながら奈美に対する愛情が間違った方向に行ってるんじゃないかとお兄ちゃんは心配だよ。


「まあいい。言いたいことはいっぱいあるが、まずは『奈美』じゃない。『奈美さん』か『奈美姉ちゃん』だろ?」

「なんでだよ! 兄ちゃんは『奈美』って呼んでるじゃないか! なら、俺だっていいだろ!」

「あのな、奈美と俺は同級生。で、お前は小学六年生。学校で歳上には『さん』をつけなさいって習っただろう?」

「……習った」

「なら、俺が言っていることも分かるだろ?」

「イヤだ!」

「はぁ? 俺が言っていることは分かったんだよな?」

「それは分かる。でも、俺は奈美って呼びたい! なあ、奈美。奈美は構わないよな?」

「う~ん、どっちかと言えば……」

「「言えば?」」

「嫌かな」


奈美からの意外とハッキリとした拒絶にびっくりする大。

「な、なんでだよ! 俺が奈美って呼び捨てにするのはダメで。兄ちゃんはいいのかよ!」

「だって、まー君は同級生だし。ずっと前から『奈美』って呼んでくれるから」

「なら、俺だっていいじゃないか!」

「でも、大君は年下でしょ?」

「ぐっ。確かに俺は年下だよ」

「そうね、しかも四つも下でしょ?」

「あぁ」


奈美が大に対し諭すように語り掛ける。

「ねえ、大君の四つ下の子から『大』って呼び捨てにされたら、どう思う?」

「それは怒る!」

「なら、私も怒っていいよね?」

「それは話が違う!」

「なんで? 大くんも年下の子から呼び捨てにされるのは嫌なんでしょ? 私の名前を呼び捨てにするのはよくて、大くんはダメなの?」

「だって、それは……だから」

「ん? なにかな? よく聞こえなかったけど?」

「それは、俺が奈美を好きだから! だから、いいんだ!」

「そうなの?」

大が顔を赤らめて、奈美をまっすぐに見つめて正直な気持ちを告白するが、奈美はあっさりと受け流す。まあ、告白は初めてじゃないしな。大も会う度に告白しているから、奈美にとっては挨拶代わりくらいにしか思ってないんだろうな。


「じゃあさ、大くんを好きな年下の子なら呼び捨てにしてもいいってこと?」

「それは、ダメ!」

「大くん、それはダメだよ。自分はよくて他はダメってのはダメだよ」

「なら、兄ちゃんも呼び捨てにするのをやめろよ!」

「お、いきなりこっちに飛んで来たね。そうだな、じゃあ、俺も『奈美さん』って呼ぼうかな。でも、あまりにも他人行儀だから『奈美ちゃん』でいこうかな」

「うん、それで「ダメ! まー君は『奈美』って、呼び捨てにしていいの!」……ダメみたい。なんでだよ! 奈美のバカ!」

大の提案に乗って、奈美への呼び捨てを止めようとなったところで、奈美本人からの『待った!』がかかる。

そして、それを聞いた大が、納得出来ずに走り去ってしまった。

そんな大の背中を奈美と二人で見ながら呟く。

「行っちゃったな」

「行っちゃったね」


しばらく大の背中を見続けていたが、漸くどちらともなく歩き出す。

「ごめんな、面倒臭い弟で」

「そんなことはないよ。大くん可愛いじゃない。少し生意気なところとか」

「それ、あいつに言うと舞い上がるぞ。今でも半ストーカーみたいになっているのに」

「ふふふ、正直言うとね。気持ちがまっすぐ過ぎて、断りにくいところもあるけれどね。でも、私を好きだっていう気持ちが嬉しいのも事実なのよ」

「まあ、分からんでもないがな。兄としては、いいところで諦めさせてもらえればいいと思っているんだがな」

「う~ん、そうよね。どこかで気持ちをはっきりさせないといけないのよね」

「でも、ふる方が辛いよな。俺はそういった経験がないから分からないけどさ」

「へ~学校でもモテてるって、由美から聞いてるわよ?」

「それは奈美が揶揄われているだけじゃないのか? 俺には、そういった話は全然来ないぞ」

由美は俺のどこを見て、そんな話を奈美にしてるんだか。今度、問い詰めてみるかな。中山がいないところで。


「そうか、まー君はそういう経験がないんだね」

「ああ、全くだな」


「話を戻すけどさ、大君のことを思うと、気持ちもないのにはっきりしないのはダメなんだろうけど。ついつい、伸ばしちゃうよね」

「あいつ、まっすぐだもんな。まあ、ああやって素直に言えるのは、羨ましくもあるがな」

「まー君は、好きな人とか気になる人はいないの?」

「俺か? 俺は……いないな。いたら、あんな相談を奈美にはしないだろ」

「そうか。いないんだ、残念」


少し残念そうに俯き呟く奈美だが、俺はうまく聞き取ることが出来なかった。

「奈美、なにか言ったか?」

「ううん、なんでも。 あ、じゃあ私はここで。大君には謝っといて」


互いの家へと別れる曲がり角で、奈美と別れの挨拶をする。

「ああ、うまく言っとくから。気にするな」

「それは無理だよ。気持ち知っちゃってるから」

「ふぅ、いろいろ大変だな。好きになるのも、好きになってもらうのも」

「そうよ、人を好きになるのも大変なんだからね」


奈美の口から意外にも『私には好きな人がいるんです』という雰囲気の言葉が飛び出す。

「ほう。ってことは、奈美には好きな人がいるんだな?」

「な、なんのことかな?」

「ははは、いいからいいから、分かった。大にも奈美には好きな人がいるから、止めとけって言っとくから」

「あ、まー君。違う! 違うから!」

「なにが違うんだ?」

「好きな人は……あの……その……」

「まあ、気にするなって。ちゃんと大には言っとくからさ。じゃあな、由美の料理の面倒も見てやれよ」

「もう、バカ……」

「誰がバカだよ!」

奈美は俺にこれ以上話しても、話が通じないと思ったらしく、少しプリプリしながら帰っていくのを見送る。



SIDE B.いつの話?

お兄ちゃんと一緒に家に帰り玄関に入る。

「さっきは本当にありがとうね、助かったよ」

「ああ、いつでも頼ってくれ」

靴を脱ぎながら、お兄ちゃんに、さっきのお礼を言うと、お兄ちゃんはリビングへと向かう。私は階段を上がって自分の部屋に入り、部屋着に着替える。制服をハンガーに掛け、脱いだものを持って洗面所に向かい手に持っていたものを洗濯カゴに放り込み、手洗いうがいを済ませるとリビングへと向かう。


リビングでお兄ちゃんはソファに座りテレビを見ていたので、私も台所にあるテーブルの上からお菓子を適当に手に取るとお兄ちゃんの横に座る。

「なあ、さっき亜美が言ってた『マー君』ってのは誰なんだ?」

「ああ、それ? 私の婚約者」

「ぶっ!」

お兄ちゃんが飲んでいたお茶を盛大に吹き出し口からも漏れているが、それを気にすることなくこちらを向き問い詰めてくる。


「こ、婚約者だと? 俺は聞いてないぞ!」

「もう汚いな。ちゃんと拭いてよ」

お兄ちゃんは側にあったティッシュを数枚抜き取ると、自分の顔を拭ってから、テーブルや床のお茶を拭き取る。

それが終わると「さあ続きだ」という風に私の方を向く。


「亜美。さあ、話しなさい。いつ、婚約したってんだ!」

「う~ん、だいぶ昔のことだから、ハッキリとは分からないの。だって、私も今日思い出したんだもの」


そんな私の話を聞いたお兄ちゃんが尋問の様に問い詰めてくる。

「はぁ? お前、なにを言ってるんだ? それで、相手の名前は? 歳は? 住んでるところは? 家族構成は?」

「もう、そんなに言われても分かんないよ! 私だって、今日思い出したばかりなんだし。そもそも婚約したのも多分、二、三歳の頃の話なんだし。だから、今晩にでもお父さん達に聞こうと思っていたのよ」

「なんだよ。亜美の勘違いか」

「そうでもないと思うわよ。だって、ハッキリと婚約していたのを覚えていたんだし」

「でも、それも亜美だけなんだろ? 相手は、そんな小さい頃の話なんて覚えていないだろうよ」


お兄ちゃんにそう言われて気付く。確かに相手が覚えているかどうかも分からないし。もし覚えていたとしても私がどこに住んでいるかまでは分からないだろう。もし分かっていたのなら、今頃はキャッキャウフフしているはずだし。

「そうかもしれないけど、でもね、なんかね、これって運命の相手だと思うの。多分、私の婚約者の子も近くにいるのよ。だから、今日思い出したと思うんだ。ね、これって運命の人でしょ?」

「バカな話だ」

「そうかな? 意外と近くにいるかも知れないわよ? 例えば隣の駅とかね」

「そうそう、都合良くいくものか」

自分でもお花畑な発言だと思っていたけど、それを聞いたお兄ちゃんに頭っからバカにされる。

かわいい妹が夢見て話しているんだから、少しは乗ってきてもいいじゃない。そういうところが……


「分からないじゃない。そもそもお兄ちゃんには彼女もいないんだし、私にモノをいうつもりなの? ふふん、この件に関しては私の方が上ね。だって婚約者がいるんだし」

「そ、そんなの架空の人物じゃないか!」

「それも、今晩にでもなればハッキリするわよ。残念でした!」

「ぐっ……」

妹の私に言い負かされなにも言えない状態のお兄ちゃん。ちょっと言いすぎたかな。


「なら、亜美が紹介してくれ」

「へ? なに?」

「お前の友達を俺に紹介してくれよ!」

「本気で言ってるの? 頭、だいじょうぶ?」

「ああ、本気だ! お前達の年頃なら大学生はモテるんだろ?」

「また、偏った知識を持ち出して」

「そんなに偏ってはないだろ? 現に俺が高校生の頃は『〇〇大の大学生と付き合ってんだ!』って、自慢しているヤツがクラスに数人はいたぞ」

「それはそうかも知れないけどさ、お兄ちゃんはお父さんの職業忘れてない?」

「親父か。確か警察官だったよな」

「なんで、自信持って言えないかな。まあ、思い出したみたいだからいいけどさ。で、もう一度聞くけど本気?」

「なんで親父の職業が関係あるのか分からないけど、俺は本気だぞ?」

なぜか、私の婚約者の話から、お兄ちゃんの彼女の話になり、なぜか紹介を迫られている。私の友達は皆未成年だと分かっているハズなのに。


「はぁ……いい、お兄ちゃんは、この間、成人式あげたよね? もう二十歳も超えているから、なにかあれば実名報道されるお歳ですよね?」

「まあ、一応な」

「ここまで言っても分からないの?」

「なんだよ。ハッキリ言えよ」

「もう。いい? お兄ちゃんは成人男性。私の友達は未成年。ここまではいい?」

「なんだ、そんな当たり前のこと」

「そんな、当たり前のことを説明させないで欲しいんだけど……まあ、いいけど。話を続けるね」

「ああ、早くしてくれ」

「本当にもう。成人男性が未成年の女子に対して、なんらかの行為をすると警察沙汰になるよね?」

「まあ、見つかればな」

「見つかるよ」

「そんなことはないだろう」


『そんなことはないだろう』『そういうことはしないだろう』と思っていたのに晒されたりとか、いっぱい報道もされていると言うのに。我が兄ながらワキが甘い気がする。


「あのね、スマホを持っている子の九割以上はなんらかのSNS使っているからね。なにかあれば写真撮ってコメント付けてUPしてるからね。例えばデートなんかしたら、待ち合わせの前から上げてるからね」

「それは少し大袈裟じゃないのか?」

「全然、むしろ控え目に言ってるくらいだから! だから、SNS見たら一発でバレるからね。そうなったら、お父さんは警察やめなきゃいけないし、お兄ちゃんは実名報道されるから、私も転校しなきゃいけなくなるからね」

「そんな、大袈裟な」

「お兄ちゃん、もう一度言うね。成人男性が未成年の女子になにかしたら、捕まるから。淫行だから。犯罪者になるんだからね」

「そんなの、実際に付き合ってみないと分からないだろ? それに手を出さなきゃいいんだろ?」

「手を出さなきゃいいって、健全な成人男性が我慢出来るの?」

「お前、すごいこと言うな」

「お兄ちゃんが言わせてんでしょ!」

「我慢は……出来ないかな?」

ここまで言ってもお兄ちゃんには響かなかったみたいだ。そうだよね、健全な成人男性が女性と付き合えば、我慢なんて出来るはずないよ。それが分かっているから、未成年は止めてと言っているのに。


「じゃあ、ダメじゃない。でもね、仮に付き合えたとしても、まあ付き合っている時はいいわよ。でも、もし別れたら拡散されるからね。いろんな枝葉を付けられて拡散されるから。例えばいろんな施設に入ったこととかさ」

「そんな酷いのを紹介するのか?」

「だから、しないわよ! 自分でなんとかしてよ。同じ大学に通っている人とか選び放題じゃない」

「それが出来ないから頼んでいるんじゃないか」

ここまで私を頼ってくるのは、なにかあるんじゃないかと思ってはいるけど、なんなんだろうね。

まあ、一応聞いてみるんだけど。


「なんで?」

「だって、『付き合ってください』とか言うの恥ずかしいじゃないか!」

「ハァ~バカじゃない。じゃ彼女を諦めないとね」

「だから、そこをなんとか」

「なにも正面から、そう言わなくてもお茶とか、ご飯くらい付き合ってくれる友達レベルの女の人くらいいるんでしょ?」

「いない」

「え? 男ばっかりなの?」

「いや、ちゃんといるよ」

「なら、なんで?」

「そういうモテる子には男が何人も周りを固めているんだよ。俺なんかじゃとても……」

「なんで、最初っからそういうのにいくかな?」

「なんでって、タイプだから?」

「呆れた」

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