第3話 想いは人それぞれで

SIDE A.俺だって

放課後になっても昼に口にしたハンバーグもどきがまだ、口の中で存在感を放っている。由美もあれさえなければ、どこに出しても……? 本当にそうかな?

下駄箱で靴に履き替え、校舎の外に出ると部活で柔道部の連中と走っていた太に会う。

「よう、ブル! もう帰るのか?」

太が立ち止まり、俺に話しかけて来る。

「ああ、部活にも入ってない帰宅部だからな」

「なあ、お前も陸上部に入れよ。それで帰りにまた買い食いとか一緒にしようぜ。なあ?」

「そりゃ、俺だって陸上がイヤになった訳でもないからな。でも、俺の学力がそれを許してくれないんだって!」

「そうか。まあ、俺も勉強のことについては大きなことは言えないからな。そうだ! なら、幸にでもみて貰えばいいんじゃないか? あいつも帰宅部で、暇していると思ったが」

「あいつは新聞部で忙しそうにしていたぞ。あいつは確かに勉強は出来るが、性格的には遠慮したいな」

「まあ、無理ならしょうがないか。じゃあな、また明日な」

そう言って、こちらに手を振るとランニングに戻っていく太を見送る。


「さあて、帰るとするか」

時間は四時前、まだ日が暮れるには早いが、周りを見ると俺と同じように校舎から出て家路を急ぐ者、部活へと急ぐ者、友人達と遊びへと出かける者、いろいろである。中には人目を憚ることなく異性とイチャつきながら、帰る者もいる。

俺だって、男子高校生として彼女を欲しいと思ったこともある。だが、誘い方が分からない。第一、どうやって声を掛ければいいんだ?

それに俺を見て避ける人が多いのも問題だ。なぜなんだ? いつだったか、俺の前の女性が物を落としたのに気付き、拾って声を掛けて渡したまではよかったが、俺の顔をみた瞬間に『ヒィッ』って言って逃げていった。俺がなにかをした訳でもないのに周りの目がキツかったのを覚えている。

そういや、由美や奈美も目を逸らす時があるな。やっぱり、俺の見た目が悪いのか? いつだったか、太にそういうことを聞いた時に「嫌味か?」って言われたこともあったな。あれは、どういう意味だったんだろうか。


「まあ、今は考えてもしょうがない。家に帰ってゆっくりするか」

とりあえず、考えるのを止めて駅までの道を歩き出す。


そう言えば、小さい頃に仲良くしてくれた子がいたな~

名前はなんだったけかな? 確か「あーちゃん」と俺は呼んでたような気がする。それで、相手は俺のことを「まーくん」と。

見た目は大きな目に短髪で、やたらと元気で、一緒にパンツ一丁で川に飛び込んだり、山を走り回っていたっけ。あいつも確か俺と同じ歳だった筈だ。父さんはなにか知らないのかな? 今日の晩にでも聞いてみようかな。


駅に着き改札を抜けて、ホームへと上がる。そこへタイミングよく電車が滑り込んで来たので、目の前の開いた扉へ飛び込む。

「なんか、今日は運がいい気がする。いや、運は良くないな。痴漢に間違われて、昼には妙な物を食べさせられたし。これは気をつけないとまた、なにかあるかもしれない」

そう言って、誰にも悟られないように気を引き締める。


電車が最寄駅のホームへと滑り込むとホーム側のドアが開いたので、車両に乗り込んでくる人に気をつけながら降りる。

「さて、もう少しだな」

駅から出て、家までの道を歩いていると後ろから俺を呼ぶ声がする。

「まー君!」

「奈美! なんだ一緒の電車だったんなら、話掛けてくれればよかったのに」

少し顔を赤らめた中学の同級生であり、由美の双子の姉でもある奈美が声を掛けてくる。


「ゴメン、友達と一緒だったから」

「そうか、ならしょうがないな。なあ、もし俺がこんな顔じゃなかったら紹介してくれたりする?」

「え? まー君、なに言ってんの?」

「え? そんなに変か?」

「変よ! だって、今までそんなこと言ったことないじゃない。どうしたの?」

さっき学校を出る時に思ったことを奈美に聞いてみたが、反応は違ったものだった。まるで正気? と言わんばかりの顔をしていた。そんなに変なことを聞いたつもりはなかったんだけどな。


「学校から、出る時にさ。結構、いちゃついている連中が多くてな。なんかそれを見てたら、俺は一人で、なにをしているんだろうなって思ってな。それで彼女でも作れたらと思ったんだけどさ、なぜか俺を見ると逃げ出したり怯える子が多いから、俺から声をかけるのも躊躇われてな。由美や奈美だって、いつも俺から目を逸らすだろ?」

「そ、それは……」

そう言って奈美の顔を覗き込むように見ると、やっぱり目を逸らされる。


「な? だからさ、一般的な男子高校生としてはだ。奈美に友達を紹介してもらって、ここらで一発彼女でも作って、青春を謳歌してみようかなと思っていたんだけどな」

「どうしたの?」

「俺の学力がそれを許してくれなかったのを思い出した……はぁ」

「ぷっあははは、それは残念だったわね。まー君」


「俺は、とりあえず学力が上がるまではお預けだ。で、そっちはどうなんだ? 共学じゃなく女子校だもんな。俺よりよっぽど不運なんじゃないのか?」

「ご心配いただきどうも! でも、それは共学に通っている由美も同じでしょ」

「それがな、今日クラスのヤツに由美を紹介してくれって言われたんだよ。どう思う?」

「紹介するの?」

一瞬、奈美の顔が『マジか、こいつ』って顔になる。


「いや、由美の行動パターンを話したら、ナシになった」

「行動パターン? ああ、例の歩き回って走り回ってってヤツね」

「そう、それ!」

「それはダメね」

「だろ? そこはお姉さんとして、いつまでもそんなんじゃダメだぞ! って、言ってやれよ」

「私が? 私だって、そんな言えるほど立派なもんじゃないわよ」


奈美はそう言うが、世間一般の男性からみたら、十人中十人が彼女にしたいと思う女性であることは間違いない。

主張が強い胸にゆるふわなセミロングに大きめのリボンに丸眼鏡。世間では美少女の類だろうな。

でも、それを言うと不機嫌になるから、別口の褒め言葉を探して、探してやっと出すことが出来た。

「そうか、少なくとも由美より飯は美味いだろ。あんなん出されたら、そこら辺のはK.Oノックアウトだよ」

「ホント! まー君もそう思う?」

「ああ、思う思う」

「なんか、あまり言葉に重みがない」

「そうか、まあ自信持っていいよ。なんなら、その辺のを捕まえて食わせりゃいいし」

「それ、本気で言ってる?」

「まあ、それくらい奈美の作る飯は美味いってことだよ」

「そう、それなら許してあげる」

「そりゃどうも」


奈美の機嫌もなんとか持ち直し、家までもうすぐというところで、新たな闖入者が俺と奈美の前に現れる。

「兄ちゃん! それ以上はダメだ! 俺が許さない!」



SIDE B.もしかしてだけど

放課後になっても奈美の妹さんからの報告は聞けなかった。

「なんだ~期待してたのにな~」

「亜美、私がちゃんと聞いてくるから、ね?」

「うん、わかった。お願いね」

奈美と二人で学校を出て、駅へと向かう。


「もし、同じ部活とかしてなかったら、この電車で会えるかもしれないんだよね?」

「まあ、そんなうまくいくとは思えないけどね。ん? あ!(まー君だ!)」

奈美が隣の車両をじっと見ている。もしかして、片思いの彼でもいるのかな? ちょっと覗いてみようかな?

「亜美、どうしたの?」

「どうしたのって、いるんでしょ? 例の『まー君』が。私にも見せてよ」

「ダメ! まー君はダメなの!」

「もう、目つきが怖いよ? 分かったから、もうなにもしないから」

『まもなく……』

「あ~着いちゃった。残念、いつかまー君、紹介してね」

「う、うん。いつかね。バイバイ」

「バイバイ!」


電車から下りて、今なら前の車両に回り込めばまー君分かるのかな? いや、止めとこう。今は奈美を怒らせるだけだと思う。奈美が紹介してくれるのを待つしかないか。あ~あ残念。


電車が走り出すのを見送るとホームから改札を抜け、駅から出ると家路を少しだけ急ぐ。

「まーくん? マー君、あれ? 私が昔、遊んでいたのも確か『マー君』だ。もしかして……いやいやいや、まさかだよね。だって、あんな田舎だし。ここから結構離れているもんね。でも、お父さんなら、なにか知っているかもしれないし。う~ん、まあ聞いてみればいいか。知ってればいいな」


「よお、亜美! 今、帰りか?」

「げっ吉田!」

「なんだよ。まだ、『吉田』呼びかよ。俺とお前の仲じゃないか」

「なにそれ? 単なる同中おなちゅうってだけじゃない」

家に帰っているだけなのに鬱陶しいヤツ『吉田 一太』に捕まってしまう。


「なあ、亜美。俺達ってさぁ~」

「もう、『亜美』って呼ばないでよ! 呼び捨てにしないでよ! 普通に『土田さん』って呼んでって、いつも言ってるじゃん! もう、本当に嫌だ!」

「なんだよ、俺と亜美の仲じゃないか」

「だから、なんなのよ! その仲ってのは! 言っとくけど、私には一ミリもそんなのはないからね! もう、本当に嫌だ! こんな時にマー君がいてくれたら、よかったのに!」

不意にマー君のことを思い出し、口に出る。


「誰だ? そいつは!」

「私の婚約者よ!」

「聞いてない!」

「言ってないもん! って言うか、吉田に言う必要あるの?」

「だって、俺は亜美と「だから、それはなにを根拠に言ってるのって聞いてんじゃん!」……それは……その……」

「ほら、なにもないんでしょ! もう、いいから帰ってよ。吉田の家はこっちじゃないでしょ?」

そう、私の記憶が確かなら、確か駅を挟んで、こことは反対側の位置になるはずだ。


「いや、でも亜美が心配だし……」

「だ~か~ら~こんな陽の高い時間になにが危ないって言うの! 田中が一番危ないじゃない!」

「いや、でも……「亜美、大丈夫か?」……え? 誰?」

「お前こそ、誰だよ? 亜美、なにかされたのか?」

「お兄ちゃん! 来てくれたんだ!」

私と吉田が言い合っているのを誰かがお兄ちゃんに連絡してくれたみたいだ。

お兄ちゃんは背が高くガッチリしているし、空手も中学から初めて大学でも続けている。

そんなお兄ちゃんに睨まれ、吉田は少しだけ後ろに下がる。


「ああ、亜美が変なヤツに絡まれてるって、連絡があってな。で、誰なんだ? お前は!」

「亜美のお兄さんでしたか」

「だから、『亜美』って呼び捨てにするなって、言ってんじゃん!」


「妹はこう言ってるが? それに俺も君に『お兄さん』と呼ばれる覚えはないが?」

「それは亜美が「まだ、妹を呼び捨てにするのか?」……あ、いえ。土田さんが……」


「お兄ちゃん、本当になんとかして! もう、吉田の家は駅と反対側なのに、わざわざこっちに来て待ち伏せしてんだよ。本当、信じられない!」

「なんだ、君は亜美のストーカー君か」


「いや、俺はただ亜美の「妹を呼び捨てにするなって言ったよな?」……僕は土田さんが心配で」

「なら、ここからは兄である俺がいるんだから、いいよな? じゃあな、吉田君。明日からは俺が迎えにいくからなにも心配することはないぞ。ほら、駅はあっちだから」


「あ、はあ。失礼します」

お兄ちゃんにここまで言われて、言い返すことも出来ずに吉田が、やっと諦めてくれたようだ。

駅の方向に向かって歩く吉田の背中が見えなくなって、やっと安心する。


「お兄ちゃん、本当に助かったよ」

「なあ、あいつは亜美と本当になにもないのか?」

「ないない、単に同中ってだけで、中学の時にはろくに話したこともないくらいだし。同じクラスだったかどうかも覚えてないくらいだもん。なにかあるはずがないよ」

「そうか。でも、あの手のタイプは逆恨みがすごいからな。俺も明日っから本当に迎えに行かないとダメだな」

「本当に! やった!」


お兄ちゃんと一緒に家に帰りながら、今日あったことを話す。

でも、痴漢にあったことを話すと、拳を握りしめながら呟く。

「よし、明日は俺も一緒に電車に乗ってやる!」

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