第2話 それぞれの思い

SIDE A.食べて欲しかっただけなのに

昼休みになったので、いつものように弁当箱を持ち、屋上へと向かう。

屋上への階段を上り、屋上へと通じるドアを開ける。するとフェンスの下に座っているある集団から声を掛けられる。

「まー君、こっちだよ~」

「おう! ブル、こっちだ」

「ハァ~やっぱりいるよな~」

いることは分かっていたんだ。しょうがないと思いつつ、呼ばれた方へと向かう。


「お前、さっき無視しようとしたな? 今朝のことといい、なにを考えているんだか」

「もう! 太くんもやめなよ! そうやって絡むから傷口が広がるんじゃないの?」

「ぐっ……」

「ねえ、なに? なんの話なの?」

「「お前はダメだ!」」

「え~私だけ、仲間外れにするつもりなの? それって、ひどくない?」

太達を無視しようとしたのは、本当のことだし下手に弁解すると、由美の言うように傷口を広げることになりかねない。それにこの場に口の軽い『#中山 幸__なかやま さち__#』がいるのも問題だ。

「なら、想像で書くけどいい?」

「お前、新聞部の立場を利用してなにをしようとしているんだ? 俺は了解してないからな」

そう言って弁当箱の包みを解き、蓋を開ける。


「うわぁ~相変わらず、お兄ちゃん大好き! って感じがアリアリだね。こりゃ、事情を知らない子は敬遠しちゃうね」

「そうか? まあ、折角妹が作ってくれた物に、いちゃもんつける気はしないがな」

「チッチッチッ! 甘いよ! まー君、この唐揚げくらい甘いよ!」

「あ! 由美、お前いつの間に! 返せよ!」

由美が俺の弁当箱の唐揚げを突き刺し奪っていく。


「もう、そんなに怒らなくてもいいじゃない。ほら、代わりに私のお弁当から好きなの持っていっていいから! ほら、遠慮せずに! ほら!」

「……ちなみに誰が作ったのか聞いてもいいか?」

「え~なにそれ! 微妙に傷つくんだけど……今日はお姉ちゃんだよ」

「そうか、奈美が作ったのなら大丈夫だな。どれ? よし、このミニバーグをもらうぞ」

「あっ!」

「なんだよ。お前が言い出したんだろ? 今更、文句言うのかよ」

「言わないけど……」

「なんだ、変なヤツだな。じゃ、いただきます」

『パクッ』とミニバーグを口に入れる。 入れる……が、飲み込むのを体が本能的に拒否している。奈美が失敗するとは思えないが食べ物を無駄にすることに抵抗があり、なんとか咀嚼しお茶で流し込む。


「どうだった?」

俺の様子を黙って見ていた由美が恐る恐ると言った感じで感想を求めてくる。

「なあ、正直に言ってくれな」

「う、うん。なにかな?」

「これは奈美が作ったやつじゃないな?」

「ど、どうだったかな~」

由美が他所を向いて音がしない口笛を吹いている。


「お前、もう少し奈美に手解き受けた方がいいぞ」

「なんで、そんなこと言うのさ。そりゃ私は料理が下手だよ。でも、これでも頑張っているんだから、たまには褒めてくれてもいいじゃん!」

あっ失敗した! そう思った時には由美の目尻には水滴が溜まっていた。


「あ~悪い。言い過ぎた。ごめん」

「ダメ! そんな心のこもってない謝罪はいらない!」

由美はぷいと横を向いて、俺の謝罪を受け入れてくれない。

「どれ? 俺にも食わせてみろ」

「私も!」

「あっ!」

由美が止めるのも間に合わず、太と中山が由美のミニバーグを口に入れる。

「ごめん、由美。これは私でもダメだわ。食べてくれた田中くんにお礼を言うべきね。怒るのは筋違いよ」

「えっ?」

「そうか? 俺はこれ一つで丼で何杯でもいけるぞ」

「それって、流し込むための丼飯でしょ」

「うっ……バレてる?」

「もう、皆して! なによ! どうせ、私は料理なんか出来ないわよ!」

「由美がスポーツ以外で不器用なのは皆知ってるわよ。で、どうして、作ってみたの?」

「言わない!」

「そう? まあ、大体、想像つくけどね。あと、由美は、お芝居下手すぎ! もう少し勉強してからにしないとダダ漏れよ」

「「「え?」」」

「なあ、中山。お芝居ってどう言うことだ?」

「あれ? 太には分からなかった? 私には結構、分かりやすかったんだけどね~ねえ、由美?」

「し、知らない! 私はお芝居なんてしてないもん!」

「まあ、なんでもいいが。さっさと食わないと昼休みが終わっちまうぞ」

「あら、ほんと。でもさ、田中くんってなんで、太から『ブル』って呼ばれているの? どっちかと言えば太が『ブル』っぽいのに」

「ああ、それな「それは、俺が教えてやろう!」……ちゃんと本当のこと言えよ」

「なら、教えてやろう。誰か紙とペンを貸してくれ!」

「ない!」

「ないわよ!」

「ないから!」

「へ? なんでないんだ?」

「太、お前も持ってないだろ? そもそも飯食いにここに来てんだから、弁当以外は教室に置きっぱなしだろう」

「いや、でも……幸! お前は新聞部なんだから、持っているだろう?」

「あ~残念! 少し前の私なら持ち歩いていたんだけどね~今はコレだから」

そう言って、中山が胸ポケットからボイスレコーダーを取り出す。

「「「うわぁ~」」」

「お前、今は切っとけよ!」

「あら? 田中君はイヤなの?」

「ああ、あまりいい気はしない」

「そう、なら切っとくわ。はい、これでいい?」

「まだ、他にも持っているんだろ? 他のも切っとけよ」

「あら、さすがね」

そう言ってスカートのポケットからもう一つのボイスレコーダーを出す。

「はい、これでいい?」

「もう一つはあるな。だろ?」

「もう田中君、いくら私でも「あるよな?」……はい」

もう片方のポケットからボイスレコーダーを出す。

「もう、これ以上は持ってないわよ」

「どうだかな。俺なら、あと二つは持つな。一つ目を出せば普通は安心するだろうな。でも疑り深いヤツなら二つ目を意識する。そこで二つ目を出せば、疑り深いヤツでも安心するだろうな。でも、用心深いやつはスペアのスペアを持つだろうから、三つ目もあると確信していた。だけど、中山はその上をいくだろうから、さらに二つは用意しているんだろうなと思っている。違うか?」

「ふ~なかなか鋭いわね。太の友達ってことで油断していたわ。でも、一つ間違いよ。ボイスレコーダーはもう持ってないわ。これは本当よ。ただ、スマホでいつも録音状態にしていて、リアルタイムで家のPCに保存するようにしているわ」

「「「怖えよ!」」」




SIDE B.返事を待っていたけれど

「ねえ、奈美.妹さんから返事は来た?」

「まだよ。多分、まだ見てないかもね」

「そうか。まあ、しょうがないわよね」

昼になり、奈美の机と向かい合わせにくっ付けて昼食をとっている時に、妹さんからの返事が来たかを確認してみたが、結果どころか『未読』のままだったらしい。


「そんなに気になるのなら、お隣の学校に行ってみれば?」

奈美がそんな提案をしてくるが、そこまで乗り気にはなれない。

「奈美も一緒に来てくれるの?」

「え~私はイヤよ」

「なんで~いいじゃない。ちょっと一緒に来てくれればいいだけだからさ~」

「(冗談じゃない。そんなところをまー君に見られたら、どんな勘違いをされたものか分からないじゃない)」

「奈美? どうしたの?」

「私は家に帰ってから、妹に聞くからいいわよ」

「え~私達、友達じゃないの?」

「いくら友達でも、何時間見張っているつもりなのよ? もし、すぐに下校してたら、それを知らずにずっと待つことになるのよ? イヤすぎるわ!」

「それもそうね。じゃ、妹さんがなにか分かったら教えてね。約束よ」

「う、うん。分かったから、少し抑えて。ね?」

気がついたら、机の上に身を乗り出して奈美を問い詰めるような形になっていた。

「あ、ごめん」


少し気を取り直して、椅子に座り直す。

でも、なんでこんなに気になるんだろう? それほど、すっごいイケメンでもなかったと思うんだけど。それにイケメンだからって一目惚れするようなことなんて、これまでもなかったし。どうしてだろう?

そんなことを考えていたら、小さい頃に一緒に遊んでいた男の子を思い出す。

多分、あの子も同じ歳だったはず。なら、今頃はどこかで高校生になっているんだろうな。

「そうか、あの子に雰囲気が似てたんだ。だから、気になっているのかも」

「亜美? なにか言った?」

「ううん、なんでもない。ちょっと昔のことを思い出していただけだから」

「昔って……私達って、そんなに生きてないわよ?」

「でも十年以上なら、十分昔でしょ?」

「あら、それは昔ね。で、なにがあったの?」

「うん、婚約したの」

「「「「「え~」」」」」


「え?」

目の前の奈美だけでなく、偶然にも『婚約』を耳にした周囲の同級生が騒ぎ出す。

「婚約ってなに?」

「亜美が婚約したの? それとも奈美?」

「亜美が婚約したのなら、あのお兄さんが黙っているはずはないわよね」

「なら、奈美の方なの? ず~っと片思いの例の彼とか?」


「片思い? なにそれ! 私、聞いてない!」

「そ、そんなの今はいいでしょ。それより、亜美の婚約の方が大事よ。もし、今朝の人に会ったら浮気になるんじゃないの!」

「う、浮気じゃないわよ。婚約も小さい子同士での約束だし。それに相手も、もう昔のことで忘れているわよ」

「どうかしらね。そういう子に限って、覚えていたりするものよ」

そう言いながら、奈美がメガネの位置を指でスッと直す。


すると奈美のスマホが震えてメッセージの着信を知らせる。

「奈美! もしかして!」

「慌てないの! 今、見るから」

そう言って奈美がスマホを持ち直し、アプリを起動させる。


「あれ? 今のって、もしかして……イヤ、そんなことはないよね。見間違いよね、きっと」

「もう、バカね。由美ってば……」

「どうしたの? 奈美」

「由美がね。あ、例の妹ね。その、由美がね、気がある男の子になんとか手作りのおかずを食べさせたんだけど、想像通りの酷評だったって愚痴だったわ」

「うわぁ~酷評って、男子だったら女子高生からの手作りおかずなんだから、ありがたがって食べてればいいのにね」

「そうもいかないのよ」

「あれ? 奈美は妹さんに同情しないの?」

「しないわよ! 私だって食べさせられたんだもの。あれを飲み込んでくれただけでも、拍手ものよ。さすがまー君ね」

「あ! そう言うことなのね。そこの辺りはさすがの双子と言うことかな?」

「な、なんのことよ?」

「それ、スマホの待ち受けにしている男子が『まー君』なんでしょ?」

「な、いつの間に!」

「さっき、チラッと見えたの。あれ、その反応ってことは、もしかして図星だった?」

「言わないで、ね? 誰にも言わないって約束して! お願い!」

いつも冷静な奈美の意外な反応に驚いたが、ちょっと微笑ましい。あの奈美がこんなに慌てるなんてね。私にもいつか紹介してくれるのかな? あれ? でも、なんで奈美はこっちに来たのかな?


「ねえ、奈美。ちょっと聞いていい?」

「なに? まー君のことはなにも言わないわよ」

「それはいいから。って言うかさ、そんなに気になるのなら、なんでこっちの高校に来たの? 妹さんは向こうなんでしょ?」

「行きたかったわよ! 私だって、行きたかったの! でも、足りなかったの。学力も運動能力も!」

「「「「「ああ~」」」」」

私だけでなく、周囲の同級生も納得のようだった。


「なによ! 皆して」

「奈美」

そういって、奈美の頭を撫でる。


「な、なによ。バカにしているの?」

「そうじゃないわよ。向こうの学校に行きたかったけど、ダメだったから、こっちに来た。でも、だから私は奈美に会えた。それでいいじゃない? ねえ」

「亜美……ダメなのよ! だって、まー君は難関大学を目指しているんだから!」

「「「「「うわぁ」」」」」

「ダメ、私なら別の手段を考えるわ」

「私も。別口を探す」

「あら、私なら既成事実で離れないようにするけどね」

「「「「「おぉ!」」」」」


奈美の周りで同級生が好き勝手に言っている。でも、既成事実はいいかもね。

そう思い奈美とは違いすぎる自分の平坦な胸元を見る。

ダメだ、こりゃ。

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