閑話 何時かこの手が届く範囲に



 俺が超人に成った事を切欠に、日本政府が遂に俺が『世界で初めての男性探索者』に成った事を明かし、正式に俺と契約を結んだ事を記者会見で世間に公表する事になった。


 なので俺は事前に山口さんを通じて日本政府に『先に両親に報告しておきたい』と告げると、直ぐに『了承』の返事が来た。


 夕方頃から超人化した俺の身体能力を調べる作業が行われるが、それまでの空いた時間を利用し、両親に話しておかないといけない、そう思ったのだ。


 そうでもしないと、母さん達が混乱し過ぎて大変な事になる。


 幸いにもまた今日も日曜だったらしく、両親は二人とも家に居たので直ぐに通話は繋がった。


 今回だけは山口さんにお願いしてスマホを入り口側に向けて固定させ、席を外して貰っている。


 何時もなら家族の会話を聞かれても良かったのだが、今回は少しばかり事情が違うからな。



『久しぶり、ヒトリ! 調子はどう……?』


『ちゃんと食べてるか?』



 そして何時も通りに通話を開始すると、即座に両親が憔悴し切ってる事が理解できた。


 母さんはアレだけ美容に気を使っていたのに肌が荒れ、髪の毛も整えてない。


 父さんは目の下に隈が出来ており、小太り気味の体型だったのに、今は少し痩せた様に見える。


 俺が奥多摩ダンジョンに閉じ込められてから結構な時間が経過している。


 その間、二人も俺以上の苦労を味わっていたのだ。


 俺は政府の力によってから守られていたが、それは俺が此処から動けないと言う前提条件があったからである。


 けれど普通に街中で日常を過ごす二人はそうはいかない。

 きっと、想像以上の日々を過ごし、多くの不安を抱えていたのだろう……。


 そう理解すると目頭が熱くなった。

 けど、日本政府からの発表があれば少しは状況が改善される筈。


 俺はそんな期待を込め、口を開いた。



「あのね、母さん、父さん。実は俺……――」



 此処に来てからの思い出を振り返りながら、俺は超人化するまでの日々を語る。


 詳細は機密だから詳しい所までは話せないのだが、それでも二人は熱心に聞いてくれた。


 自衛隊の人達に受けた訓練、ミルキーさんと言うアドバイザーの存在、黒岩薙獲……の事は流石に口にできなかったけど。


 そして苦労の末に俺が今日遂に超人化を果たした事を知ると、二人は大きく安堵して表情を緩める。



『そう……頑張ったのね、ヒトリ!』


『……オレはお前を誇りに思うよ。あぁ、まさか自分の息子がこんな苦難を乗り越えたとはなぁ……ッ』



 言って、父さんは目頭を抑えた。

 父親の涙を見たのはコレが初めてだったので、俺も思わず泣きそうになる。


 だが、その前にこの後に起きる出来事を伝えて置かないといけないのだ。



「それでさ、日本政府が公式に俺が探索者になった事と、ある種の契約を結んだ事を今日の記者会見で発表するんだ。だから……恐らくまたマスコミとかの取材を申し込まれたり、家に押し掛けられるかもしれない。勿論、政府が事前に警備を増強してくれるんだけど、そうなる前に二人にこうして先に伝えておこうと思ったんだ」


『日本政府が声明を出すのか?! なら、名実共にお前は本物の探索者か!! はは、やったなぁ!!』



 父さんはそう言って愉快そうに笑う。

 だが、母さんは少し不安気な表情を浮かべており、俺はそれが気になった。



「母さん、大丈夫? マスコミの事や世間の目は気にしなくて良い。今後は政府の後ろ盾があるんだから、堂々としてたらいいんだよ?」


『そうね、それはそうなんだけど……。正式な探索者に成ったなら、まだヒトリはダンジョンに潜り続けるの? 奥多摩の完成を待って?』



 其処で俺は母親の愛情の深さを思い知らされた。

 こんな状況になっても、まだ母さんを俺の事を第一に想い、心配してくれている。


 だからこそ……俺も嘘を吐く事はしたくない。


 故に、俺は前々から思っていた推測を口にする。



「母さん。最悪の展開として言うけど……きっと奥多摩ダンジョンが完成しても俺は外へ出られない」


『な……何を言ってるの!? そんなの貴方に分かる訳ないじゃない!!』


「そうだね。けど、俺は楽観視してないんだ。実はもう奥多摩周辺での地震活動が減少してるんだ。つまり、此処の完成が近い。そっちでも既にニュースとかで知ってるかもしれないけど」


『それは……確かに言ってたわ』



 俺は此処で起きた事を色々と思い返し、母さんに語り掛ける。



「母さん、このダンジョンは他所とは全く違う。出るモンスターは新種だけだし、他にも……今は話せないけど色々と不自然な部分が目立つんだ」



 新規の殺し場の情報や、第一層から限定種が出た話はまだ話せない。


 けれど、このダンジョンは本当に未知で溢れている。


 そうした要素を見ると、俺が一人で此処へ閉じ込められたのは"偶然"なのかどうかと感じる時もあるのだ。


 それは俺を此処に閉じ込めた黒岩剛に何らかの思惑があったとか、そういう話ではない。


 もっと別の何か……それこそ奇妙な要素が絡んだ気がしてならないのだ。


 何せダンジョンと言う存在は明らかに『何者かの意思』で構成されている場所である。


 女性しか入れないと言う設定、安全地帯である階段、階でキッチリと区切られた生息域、殺し場の生態系維持システム、探索者が階段に逃げると敵が逃げると言うモンスターの設定。


 こんな奇妙な設定が多々見受けられる場所であり、キッチリとそれ等が噛み合い、ダンジョンと言う存在を維持しているのだ。


 なのに俺と言う『バグ』は放置され続けている。


 ダンジョンへ入れるのは女性だけだった筈なのに、男の俺が足を踏み入れて数ヶ月も活動し続けられている。こんなの明らかな異常だ。


 そしてその異常が起きたのは新種のモンスターが出るダンジョンで、新規の殺し場があり、そうした殺し場を利用した限定種が出現するギミックさえあった。


 そうした新要素が追加されたダンジョンに、本来はダンジョンに入れない筈の男の俺が入り込んでしまった。これがどうも偶然だとは思えないのだ。


 俺は別に『多田独理』と言う存在が何かに選ばれた、とかそういう事は思ってない。だが、『男の侵入者』として偶々俺がそうなってしまったのではと疑っている。


 つまりはこの異常事態と思える出来事は、全てダンジョンを創造をした何者かの意思により、行われていると考えている。


 もしそうだとすれば『ダンジョンが完成した』と言う状況で解決できる気がしないのである。


 仮にそうじゃなかったとしても、何かを作る時に途中でミスったり、余計な部品を交えてそのまま組み立てても、それが最後には設計通りだったなんて例は無いだろう。


 故に、俺はこの事態が『ダンジョンが完成した』と言う話で終わる気がしない。


 無論、ダンジョンが完成して出られるならそれでいい。


 俺の考えすぎだったと笑い飛ばし、日常に戻るだけだ。


 けれど、下手に希望を抱くとそれが砕かれた時のダメージがデカイ。だから俺は最悪の事態を想定している。


 この俺の考えを全て話すつもりはないが、出来るだけ穏便な口調で両親に俺が今後行う事を伝えておく。



「このダンジョンが完成しても、俺が外に出られないままだった場合……俺は最下層を目指すよ」


『んな!? ば、馬鹿を言うな!! お前一人でそんな無茶できるわけもないだろう!!』



 これには流石の父さんも声を荒げた。


 それはそうだ。最下層の制覇はそれこそ『』最高峰の探索者チームでしか成せない『偉業』だからである。


 その存在は等しく限られており、GD9各国全てを合わせても数えられる程のチームしか居ない。


 日本の場合は黒岩薙獲が属していた『百合籠』が代表的なソレだ。


 百合籠は黒岩薙獲がチームを離れてからも補充メンバーを加えて存続しており、今でも世界中で活躍している。


 そんな凄腕チームが行っている偉業を俺が成そうと言うのだから、父さんの驚きは当然だ。


 けれども俺は既に覚悟を決めており、その意思を曲げるつもりも無かった。



「俺が超人化を果たす事だって、本来なら無茶な事だった筈だろ? けど、俺は一人でそれを成し遂げた。なら、次の無茶だって果たせるかもしれない」


『それはそうだが……!! 何も、そんな大事な事を直ぐに決めなく「決めなきゃいけないんだよ、父さん」……どういう事だ?』



 俺が途中で話を遮ると、父さんは訝しげに問う。



「俺が超人化を果たした所で、結局奥多摩は俺個人でしか使用できない。俺の超人化の事実は暫く世間を賑わせるだろうが、直ぐに世間は『』をも知りたがる筈なんだ」



 結局の所、俺が日本に存在する貴重なダンジョンを独り占めしている事実は変わらない。


 故に日本に所属している探索者達の多くにも迷惑を掛け、経済活動にも影響が出ているだろう。


 世間はそうした俺の存在を容易に許す訳にもいかないだろうし、俺だってそうなるとは思っていないのだ。


 ――だが、俺が最下層を目指すと言うなら話は別になる。


 今回の事で俺は世界的に有名になってしまう。

 それは今までもそうだったろうが、今回は『探索者』として有名になるのだ。


 俺は幸か不幸か今回の超人化で『』をした。


 身体能力が向上すると同時に自己再生の異能に目覚め、黒岩薙獲やミルキーさんですら驚かせているのである。


 ならば、俺が今後もそうした異常な成長を続け、単独で奥多摩を制覇する。そんな可能性は決して夢物語ではない筈だ。


 今回の記者会見はあくまで『俺が探索者に成った事』と『日本政府と契約を結んだ』と言う内容を発表する場である。


 だが、いずれ世間は『多田独理の次の行動を』探りに来る筈なのだ。


 その時に俺は堂々と日本政府を通して『奥多摩の制覇』を発表し、世間の度肝を抜く。


 無茶だと笑いたければ笑えばいいし、無謀だと蔑むならそれでいい。だが、俺は決して無理だとは思わない。


 此処で過ごしてきた体験、そして恐怖、そんなの世間に理解して貰う必要は無い。


 俺に必要なのは……両親であるだ。


 二人にだけはどうか『無謀』だとか『無茶』だなんて言葉で否定して欲しくは無い。


 どんな結果になろうと、両親が味方であったなら俺はきっと後悔はしないから。



「だから……二人には応援して欲しいんだ。これまでと同じ様に、



 俺がそう語り終えると、両親は沈黙を保ったままだった。


 そのまま数分が過ぎ、ようやくと母さんが口を開く。



『……あんなに小さかったヒトリが……まるで大人ね。驚いたわ』


「はは……そんじょそこ等の大人じゃ体験できない経験をしたからね。けど、超人化したからこれからそんなに見た目は変わらない筈だよ」


『馬鹿ね! 雰囲気が変わったって言ってるの!! 本当に……立派になったわぁ』



 言って、母さんは静かに涙を零した。


 けれどもそれは悲痛な涙ではなく、歓喜の涙だと直ぐに分かった。だって、こんなに優しく微笑んでいる母さんの姿は見慣れた姿だったから。



『母さんが了承したんじゃ、俺の意見は通らんな。分かったよ、好きに暴れて来い!』



 そう言って父さんは大らかに笑った。

 俺も釣られて笑い、それに同意する。



「ウチじゃ、母さんの決めた事が全てだったからね。そりゃ逆らえないよ」


『ハハハ!! 本当になぁ!! 夕食何を食べたいだのと向こうから聞いてきておいて、素直に食いたい物を言っても、結局は何時も母さんが食いたい物が作られてるしな!!』


「あーあるある!! 朝にカレー頼んで学校から帰ってきたら、おでんが大鍋で煮込まれてた時は我が目を疑ったね!! あの時なんか他所の家と間違えたのかと思ったよ、マジで」


『し、仕方ないじゃない!! どうせ作るのは私だしぃ? だったら好きな物を作ってもいいじゃない!!』



 気付けば、そんな風に家族で思い出話をしていた。


 この空気が何処までも懐かしく、そしてかけがえの無いモノである事をその時初めて気付く。


 何時か……何時かこの手が届く範囲にソレを取り戻す。


 俺は心の中でそう誓い、気持ちの良い笑みを浮かべていた。



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